どん底の1%を救え グローバル経済が生んだ悲劇「野宿死」と「孤独」対策に取り組み始めた英国
野宿者は5年間で倍以上
[ロンドン発]英政府は13日、2027年までにイングランドの野宿者をゼロにする「野宿者対策」を発表しました。イングランドの野宿者は過去7年間増え続けており、昨年は4751人にのぼったと推計されています。
英紙ガーディアンによると、13年以降、路上で死亡した野宿者は合計で230人を超えました。
野宿者にはホステルやシェルター暮らし、友人や知人宅のソファで寝泊まりさせてもらっているカウチサーファーは含まれていません。野宿者の数は前年比で15%増、5年前に比べると倍以上という急増ぶりです。4751人のうち欧州連合(EU)域内から来た人は760人、EU域外からは193人でした。
野宿者は人目を避けて暮らしているため、実際の数はもっと多い可能性があります。
新たに140億円を投入
すでに10億ポンド(1400億円)を投じて野宿者対策に取り組んでいるテリーザ・メイ英首相はさらに1億ポンド(140億円)かけて野宿者の生活を改善していく方針です。
このうち3000万ポンド(42億円)はホームレス化を防ぐためのメンタルヘルス対策に使われ、違法ドラッグの常習者を支援するスタッフの育成に使われます。
13年には野宿者の死亡件数は31人でしたが、17年には倍以上の70人に増えたそうです(ガーディアン紙)。メイ政権は5000万ポンド(約70億円)をかけてロンドン郊外に野宿者用の住宅を用意するそうです。
筆者は今年5月、米人気女優メーガン妃(37)と英王位継承順位6位のヘンリー王子(33)の結婚式を、ロンドンから電車で約40分のウィンザーで取材した際、少なくとも4人のホームレスを見かけました。
そのうちの1人、ワインさん(42)は仕事を失い、1年前から路上で暮らすようになりました。ウィンザーは彼女と別れた場所だそうです。「シェルターに行かないの」と尋ねると、「ウィンザーにはシェルターがないんだ」という答えが返ってきました。
ロイヤルファミリーの栄華を象徴するウィンザー城で執り行われたメーガン妃とヘンリー王子の結婚と、野宿生活者は残酷な対比を浮かび上がらせているような気がしました。
どん底の1%
下のグラフは世界銀行首席エコノミストだったブランコ・ミラノビッチ氏と現エコノミストのクリストファー・ラクナー氏が作成した「エレファント(象の)カーブ」です。
右側が長い鼻で象のように見えるグラフは「この10年で最も影響力を持ったチャート」とも言われています。
縦軸は国民1人当たりの家計所得が1988年から2008年までの20年間でどれだけ伸びたのか、横軸は所得分布階層を100に分けてお金持ち(100、右端)から貧困層(0、左端)まで並べたものです。
世界トップ1%の超富裕層と百分位数で50~60位辺りに位置する中国の中産階級がグローバリゼーションの「勝ち組」となり、百分位数で80位前後の先進国の下層中産階級や労働者階級が「負け組」であることが一目瞭然です。
注意しなければならないのはどん底の1~3%の落ち込みが著しいことです。
新自由主義が残した負の側面
英国は1980年代、保守党のサッチャー政権下で市場の競争原理を最大限に活用する新自由主義に大きく舵を切ります。
この路線は資本主義でも社会主義でもない「第三の道」を唱えた労働党のブレア、ブラウン政権にも引き継がれ、2008年、未曾有の世界金融危機を引き起こしてしまいます。グローバル経済で「勝ち組」に転じた人もいれば、「負け組」に転落した人もいます。
世界金融危機でグローバルバンクを救済するため社会的弱者が切り捨てられ、成長力を取り戻すため、低生産性分野から高生産性分野への資本と人の移動が徹底的に行われます。
失業率は1975年以来、最低レベルの4.2%。しかしコスト削減を進めるため「アプレンティス」と呼ばれる実習生制度や「ゼロ時間(待機労働)契約」が拡大し、望まぬ就業を強いられる人が増えました。仕事もサービス産業の低賃金労働が多くなりました。
賃金の底上げを図るため法定生活賃金が導入されたものの、社会保障費が削られたため落ちこぼれる人が出てきてしまったのです。
メイ首相は今年1月、「孤独担当相」を新設し、デジタル・文化・メディア・スポーツ省で市民社会を担当するトレイシー・クラウチ政務次官を「孤独担当相」に任命。6月には2000万ポンド(2億8000万円)の支援金を投じることを発表しました。
コープ(生協)と英国赤十字の調査によると、同国では900万人が孤独を抱えています。絆のないコミュニティーは年に320億ポンド(約4兆4800億円)の負担を英国経済に強いる恐れがあるそうです。
ネオリベラリズム(新自由主義)の旗を振ってきた英国は今、大きなツケを払わされています。
(おわり)