Yahoo!ニュース

日露首脳会談の壮大な無駄。そもそも「第二次世界大戦の結果ロシアの領土になった」は大嘘である!

山田順作家、ジャーナリスト
25回も会って結局、握手しただけなのか?(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 予想どおり、モスクワに出かけた安倍首相はプーチン大統領に軽くあしらわれて、25回目の北方領土返還・平和条約締結交渉はまたも大失敗に終わった。今後も「交渉を継続することで合意した」そうだが、もういい加減、無駄な時間を積み上げるのはやめたらどうだろうか? また、メディアも政権寄りの期待をもたせる報道をやめ、もっと冷静にこの問題を考えたらどうだろうか?

『平和条約交渉、本格化を確認…日露首脳会談』(読売新聞)『日露首脳、平和条約前進で一致 領土「解決は可能」』(産経新聞)などという見出しをつけるのをやめ、「このままでは北方領土は永遠に帰ってこない」と、事実容認の報道をしてほしい。

 なぜ、北方領土は永遠に帰ってこないのだろうか? その理由はあまりにも単純である。交渉相手がロシアだからだ。ロシアは、旧ソ連から都合のいい部分だけを継承した「国際ルール無視」国家だからだ。

 これは、今回の首脳会談前のラブロフ外相の発言で明らかだ。ラブロフ外相は次の2点を強調した。

「第二次大戦の結果、南クリール諸島がロシア領になったことを日本が認めない限り、領土交渉の進展は期待できない」「日本の国内法で『北方領土』と規定されるのは受け入れられない」

 これは、簡単に言うと、「戦争(という武力)で分捕ったのだからもうオレたちのものだ。そもそも、領土交渉などありえない」と言っているということだ。

 では、このロシアの主張は、正しいのだろうか?

 国際的なルールが曖昧で、力による外交が世界を支配していた19世紀までは、ある程度正しかったかもしれない。しかし、20世紀以降、とくに戦争が禁忌され、国際法を各国が守って国際平和と秩序が守られる時代のいまは、完全に間違っている。

 そもそも、北方領土は第二次大戦の結果でロシア領になったわけではない。なぜなら、日本はソ連と第二次大戦を戦ったことなどないからだ。

 

 朝日新聞の記事『北方領土問題そもそも解説 70年余もつれた懸案を整理』(1月22日)でさえ、次のように書いている。

《江戸時代末期から明治期の日露戦争に至るまでの50年間、両国が結んだ日露通好条約、樺太千島交換条約、ポーツマス条約の三つの国際条約によって、千島・樺太の領有権は揺れ動いた。しかし、北方四島は一貫して日本領だった。

 転機は第2次世界大戦だ。日本は米英両国との開戦前にドイツ、イタリアと三国同盟を結び、ソ連との間では中立条約を結んだ。日本の敗色が濃厚となっていた1945年2月、ソ連のスターリンは米英両首脳とのヤルタ会談で、対日参戦の見返りに千島列島をソ連領とする協定(密約)を結んだ。

 ソ連は、日ソ中立条約の不延長を日本に通告したうえで、条約の期限が切れる前の同年8月9日に参戦。日本がポツダム宣言を受諾した14日以降も侵攻を続けた。日本が降伏文書に署名した9月2日を過ぎても攻撃は止まらず、同5日までに北方四島を占領した。

 ソ連はヤルタ協定を根拠に、第2次大戦の結果、「合法的」に編入したと主張する。しかし日本はヤルタ協定には参加しておらず、ソ連が中立条約を無視して参戦したうえ、日本の降伏後にも侵攻を続けた結果による北方領土の占拠は「法的根拠がない」との立場をとってきた。》

 この記述は大筋間違っていないが、いくつかの点をさらに補足しないと、歴史を読み違える。まず、ヤルタ会談だが、これは国際的に通用する協定でもなければ、米ソ間の国際的な取り決めでもない。完全な密約で、ルーズベルトとスターリンが勝手に決めたものだ。なぜなら、ルーズベルトは議会に諮らずに「対日参戦するなら、満州、南樺太、千島はもらうぞ」というスターリンの要求を受け入れたにすぎないからだ。しかも、この協定は議会に破棄されている。

 当時の日本政府は、このような密約をまったく知らず、ソ連を通して連合国との和平交渉をしていたのだから、お人好しすぎる。じつは、諜報活動で「ヤルタ密約」によるソ連の対日参戦は東京に報告されていた。しかし、政府はこれを無視してしまったのである。

 ソ連が《日本がポツダム宣言を受諾した14日以降も侵攻を続けた》という記述だが、これは侵攻ではなく、「侵略」であり、第二次世界大戦の延長戦ではない。

 日本はポツダム宣言を受諾する旨の通知を14日にスウェーデン政府経由でソ連に送った。しかし、スターリンはこれを無視し、ソ連軍はすでに武器を放棄した日本軍と民間人に対して殺戮、暴行、強姦、略奪を繰り返した。ほかの連合国は15日以降軍事行動を即座に停止したのに、ソ連だけが勝手に戦争を続けたのだ。当時、満州にいた私の父は、それによりソ連軍に捕まり、シベリア行きの列車に乗せられた。

 ソ連は日本が降伏文書に正式に署名した9月2日以降も侵略をやめず、同5日までに北方四島を占領した。

 このような経緯を見れば、日本が《北方領土の占拠は「法的根拠がない」との立場をとってきた》という記述もおかしい。これは「立場」という話でもなければ、日本政府の主張でもない。国際法的な事実であり、不法占拠以外のなにものでもない。

 太平洋憲章にしてもポツダム宣言にしても、各国の固有の権利(領土保全、政権選択、貿易の自由など)を認めている。したがって、日本は敗戦で「戦争で奪った領土」を返還することはあっても、固有の領土まで失うことはありえなかった。

 

 つまり、ソ連は略奪国家だった。スターリンは、ルーズベルト・アメリカの援助がなければ、第二次大戦で独ソ戦に勝てなかったのに、戦争が終わっても嵩にかかって東欧諸国を支配下に置いた。ブルガリアとルーマニアは真っ先にその犠牲になった。1945年12月、ソ連とアメリカの外交交渉で、ソ連は日本占領に関してアメリカの優越的な地位認める代わりに、この2国を支配する権利を得たのである。

 私はこれまで、自著などで第二次大戦の戦勝国は、アメリカや英国などの連合国ではないと、たびたび述べてきた。なぜなら、アメリカも英国も大戦以前に持っていた領土、植民地を失ったからである。

 しかし、ソ連だけは領土を拡張し、1度も日本に勝ったことがない中国(中華人民共和国)は中国全土を支配することになった。つまり、アメリカや英国は「敗戦国」であり、ソ連、中国が実質的な「戦勝国」なのである。ここに、北朝鮮、韓国を加えてもいい。彼らは戦前は国でさえなかったからだ。

 しかし、戦勝国だからといって、なにをやってもいいわけではない。

 

 第二次世界大戦の終結を最終的に決めたのは、サンフランシスコ平和条約である。この条約締結にソ連も中国も参加していない。日本はこの条約によって、南樺太と千島列島を放棄させられた。しかし、それらをソ連に与えるとはどこにも書かれていないし、国際社会はそれを認めていない。現在においても、アメリカは、ソ連を自分と同等の第二次大戦の戦勝国としては認めていない。

 しかも、ソ連が崩壊した以上、現在のロシアは、ソ連とは別の国(政権)である。

 以上のことをふまえて、日本政府もメディアも、もっとこのことを主張すべきではないだろうか? 交渉が後戻りして、ロシア側が「第二次世界大戦の結果」などと言い出したのだから、日本もそこまでさかのぼって、彼らのデタラメを指摘していかなければならない。

 いったい、どこの世界に「無条件で平和条約を結ぶ」国があるだろうか? 領土(主権が及ぶ範囲)が確定していない国際条約などあるはずがない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

山田順の最近の記事