「年収1075万円以上」の陰で拡大が懸念される営業職の残業代ゼロ
今日の新聞各紙に以下のような報道がでました。
一番重要な部分を引用すると、
企画業務型は現場の営業職は対象外だったが、厚労省は金融やITといった業種で、単に既製品を販売するのではなく、顧客のニーズを個別に聞いて商品を開発、販売する「提案型営業」については、各労働者の裁量が大きいと判断した。
と書いてあります。
残業代ゼロ制度は過労死への一里塚
現在、政府は「年収1075万円以上」の「専門職」について、週40時間労働制の規制を撤廃する(=残業代を払わなくてよい)ホワイトカラー・エグゼンプション制度の導入を目指しており、通常国会に法案が提出される予定です。これについては様々な観点から批判されています。
嶋崎量「簡単!残業代ゼロ法が成果主義賃金とは無関係である理由」
実は、日本の公立小中高の先生は昔から残業代ゼロの職場ですが、ここ20年ほど、教育現場は忙しくなる一方であり、学校の先生の超長時間残業や過労死、メンタル疾患が続出しています。ついに厚生労働省が労働時間調査に乗り出すことになりました。
残業代は、単に労働者が補償を受けるだけでなく、企業に制裁を科して、労働時間を抑制する手段です。所得が多ければ過労死してもよいということにはならないはずですが、民間職場に残業代ゼロ制度を導入すれば、日本は更なる過労死大国となる危険性があります。「年収1075万円以上」と聞いて、「何だ、自分には関係ないじゃん」と思う方は多いでしょう。しかし、制度が一度導入されれば、色々と口実をつけて、年収要件がどんどん下がっていくことは目に見えています。
さらに裁量労働制での「残業代ゼロ」の抜け道を狙う政府
そして、冒頭の東京新聞の記事は、まさに、この年収要件すらつけず、現行の「企画業務型裁量労働制」を拡大して、金融やIT関係の営業職に導入しようとするものです。裁量労働制は、労働時間を「みなす」制度ですが、半ば、残業代ゼロ制度と言ってよい制度です。IT系やデザイン系などでは企画業務型の裁量労働制が脱法的に適用されていると言われています。たとえば、システムエンジニアにしか導入できないのに、主にプログラミング業務をしている人に適用したり、してはならないのに業務遂行について事細かに指示したり、出社時間が決まっていたりするなどです。
プログラマーに企画業務型裁量労働制を脱法的に導入していた事例では、企業側が訴訟で敗訴し、高額の残業代を支払わされた例もあります。裁判所のホームページで判例を読めますので読んでみてください。
損害賠償請求事件 時間外手当等反訴請求事件 損害賠償等請求事件(通称 エーディーディー割増賃金請求)
今回拡大が狙われている「提案型営業」の範囲や、対象業務の範囲は、ニュース報道からだけでは分かりませんが、営業職の労働者について業務遂行の裁量が大きいなんて冗談に思えます。筆者も、日々、様々な営業職の方に接しますが、見積の説明のために、日曜日でも夜でも来ますからね。そして、いちど営業職に導入されることとなれば、様々な口実をつけて、本来は適用がないはずの営業職にも脱法的に制度が導入されることも、あり得ることでしょう。そして、脱法的な残業代ゼロ制度が社会に行き渡った時点で、時の政権が「制度の使い勝手が悪い」などといって、さらに適用範囲を拡大することも割と容易に想像が付きます。気がつけば、制度の適用があろうがなかろうが、脱法的な残業代ゼロが社会全体に蔓延し、誰も残業代を請求できない世の中になってしまうでしょう。実際、今でも、名ばかり管理職や、固定残業代による違法な残業代ゼロが横行していいて、そんな制度がなくても、残業代を請求できない雰囲気が蔓延し、長時間のサービス残業が横行しているのです。
そして、政府が今のタイミングで裁量労働制の拡大を打ち出すこと自体に、ホワイトカラーエグゼンプションの未来が暗示されているのです。
まとめて葬り去ろう
過労死が発生する職場は残業代がまともに払われていないことが非常に多いです。今の日本に必要なのは、屁理屈をつけて、裁量も権限もない労働者に長時間労働や過労死を強いる制度ではなく、労働時間を規制して、仕事と家庭生活を両立できる社会を作ることでしょう。政府がやろうとしていることは全く反対方向に行っているとしか思えません。しかし、思い返せば、第一次安倍政権が2007年に国会に提出しようとしたホワイトカラーエグゼンプション制度は、「残業代ゼロ」「過労死促進」と国民の批判を浴びて国会に提出すらできませんでした。政治のあり方を決めるのは国会の議席の数だけではありません。批判の声を上げることが重要です。