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朝ドラ『らんまん』が「AK制作・BK制作」というネットの偏見を覆した理由

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK

「今日の放送分で名作だと確信した」「今週放送分で名作だと確定」といったつぶやきが、SNS上で序盤から終盤まで幾度となく繰り返されてきたNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)『らんまん』。

通常は、子役から本役への交代時や、仕事の描き方が見えてきた段階で、ある程度視聴者一人一人が自分なりの評価を下すことが多いだろう。しかし、『らんまん』の場合、序盤から一貫して評価が高いにもかかわらず、終盤まで「名作を確信」といった声が出続けた。なぜなのか。

制作統括にも届いていた「AK制作、BK制作」云々の声

その理由の一つには、SNSの浸透により、朝ドラファンの間で強まっている、とある思い込みが影響していた気がする。

それは「AK(NHK東京)よりもBK(NHK大阪)には名作が多い」=「東低西高」という説。そもそも朝ドラ草創期にはAKとBKが交互に制作する体制もなかったが、長年放送される中で、それぞれの特徴をつかみ、比較する視聴者が徐々に生まれてきた。

以前はマスコミで取り上げられる機会はAK制作朝ドラのほうが多く、露出の少なさからBK朝ドラは「地味」と評されることも多かった。その一方、ネット掲示板では一部朝ドラマニアのような人々の間で「視聴率や注目度はAK>BK、クオリティや評価はAK<BK」説がしばしば語られてきた。

ところが、そうした朝ドラマニアたちのひそかなやりとりが、SNSにより表面化すると、一般視聴者層の間でも“定説”のようになり、近年はネットの大きな声のかたまりとして「BKアゲ、AKサゲ」の傾向が生まれてしまっていた。「AK制作」「BK制作」のくくりのみで放送開始前から作品を判断し、色眼鏡で見る向きが少なからずあったのだ。

実は、こうしたネット上の声は制作側にも届いていたようだ。『らんまん』制作統括の松川博敬さんは言う。

「視聴者の皆さんが『AK制作が~、BK制作が~』というのは、特にここ数年目立つ傾向の気がします。制作が大阪と東京と交互になっているものの、プロデューサーや演出家をはじめ技術スタッフ、美術スタッフを含めて、NHK職員は異動があるので、AK、BKどちらの朝ドラにも関わった経験のある人が多いんですよ。だから(チーフ演出の)渡邊良雄ともよく『同じスタッフが作っているのにね』と話していました(笑)」(松川博敬氏 以下同)

ところが、実際に放送が開始されると、評判は上々。「AKなのに面白い」といった驚きの声が次々にあがった。脚本・役者の良さに加え、物語の壮大さを「大河ドラマのよう」という声も多かった。幕末・明治維新から始まる時代設定に加え、スタッフに大河ドラマ制作経験者が何人もいることもあるのだろう。

画像協力/NHK
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『らんまん』が「大河ドラマっぽい」理由は撮影方法にあった

撮影方法も実は大河ドラマ的だったと言う。

「僕も『カーネーション』など、これまで6本くらい朝ドラに関わってきましたが、朝ドラはスケジュールが厳しく、枠組みも予算も決まっている中、『らんまん』はかなり規格外のことをやっている自覚がありました。映像にはかなりこだわっていますし、美術も演出も非常に力が入っています。通常の朝ドラは、コの字型のセットに、台に乗ったまま移動や昇降ができる『ペデスタル』という大きいカメラ機材を複数台駆使して、1シーンを1回戦で撮りきるのが基本なんですよ。そうしないと、撮るシーン数がすごく多いので、時間的に成立しないんです。でも、『らんまん』はそうした通常の朝ドラの撮影方法ではなく、スタジオいっぱいいっぱいに360度撮れるセットを建てて、セットの中に三脚を立てて撮るという大河ドラマと同じ撮り方をしていて、初期の頃は『これはもう大河だろう』『こんなやり方では全部撮りきれないよ』と怒られながらやっていました。でもその分、照明もこだわれるし、全体的な画作りがすごく贅沢でリッチなものになっています」

画像協力/NHK
画像協力/NHK

『らんまん』の世界観を支えた壮大な劇伴

通常の時代考証や、土佐・江戸それぞれのことば指導、所作指導だけでなく、植物監修、植物レプリカ制作、押し花制作、芸能指導、酒造指導、石版印刷指導、かるた指導、書道指導、ダンス指導、和菓子指導、マナー指導、植物画指導などなど、おそらく朝ドラ史上最多の「監修」「指導」も入った力の入れようだ。

さらに、繊細で優しくスケールの大きな物語に、壮大さと品の良さを与えていたのが、阿部海太郎氏の劇伴でもあった。

「阿部海太郎さんは脚本の長田育恵さんと舞台作品でよくご一緒されている方です。『らんまん』の作曲家を選ぶとき、最初から僕は『大きな世界観を描ける人にしてほしい』と言っていました。音響デザインチームからの提案で、実際に阿部さんの音源を聴いてみると、非常に品が良くてダイナミックで、満場一致で決まりました。実際、長田さんの脚本と阿部さんの音楽は相性がすごく良いんですよね。『らんまん』はよく『大河ドラマみたい』と言われますが、それは長田さんの脚本のダイナミックな世界観と、それに負けないぐらいの壮大さと品がある阿部さんの音楽が融合した結果だと思います。

また、曲作りに入る前に、長田さんと阿部さんと3人で高知に行き、いろいろな場所をまわりながら、ドラマの世界観も共有して作ってもらいました。作品の舞台となる現地に行っていただくことは他のドラマの場合でもよくすることで、その土地の空気を感じていただくという意味もあります。阿部さんは長田さんと舞台をやってこられたので、長田さんの欲しいイメージがわかっていることも良い作用となったのではないかと思います」

とはいえ、多少はある「AK制作・BK制作の違い」

ところで、「AK朝ドラ、BK朝ドラの違い」には視聴者の思い込みの部分も多々あるが、NHK大阪放送局近くで育ったある編集者はこんな話をしてくれたことがある。

「NHK大阪は、大阪城から近く、無料で見学できる施設で、公開収録も多いので、昔から近隣の人たちはよく通っていたんですよ。渋谷に比べて、BKは大阪の街に溶け込んでいる空気なんですよ。私の小学校の同級生にも、子役事務所に所属していて、エキストラとしてBKに通っていた子がいましたし。そういう物理的な近さ、親しみやすさみたいなものがBKのほうにあって、それが作品に反映されている気はします」

また、松川氏はこんな違いを語ってくれた。

「BK制作の場合、東京から役者さんに来てもらうと、撮影がない日もしばらくは大阪に滞在してもらうことになります。スタッフも家族を置いて単身赴任で来ている人が多いから、コロナ禍以前は一緒に毎晩飲みに行ったり、いわば合宿状態になったりすることが多かったんですよね。一緒にいる時間が多い分、アットホームな雰囲気は確かに作りやすい。AK制作の場合には他の仕事が合間に入るなど、人の出入りが忙しいのに比べて、BK制作だと例えば撮影がないときもなんとなく前室にいる人がいるとか、共有している時間が多いことはあるかと思います。そうしたときに、台本のことを話すような豊かな時間があるというのは、BK制作ならではかもしれないですね」

そういう意味では、『らんまん』はAK制作で、出演者も多忙な俳優ばかりで、長い人生を描いているだけに、舞台が替わることも、それに伴うキャストの入れ替わりも、ゲスト出演者も多い。にもかかわらず、不思議と一体感がある。

「そこは、いろいろな人達が集まる『広場』として作品の真ん中に存在する、神木さんの力も大きいと思います。神木さんのエネルギーの源は、本当に『好き』という気持ちなんでしょうね。撮影現場が好きだし、演じるのも好きだし、チームで作品を作っていくことも好き。モデルとなった牧野富太郎さんが植物好きなように、神木さんも俳優という仕事が好きで。それと同じくらい長田さんも書くことがとにかく好きな方なんだということはすごく感じます。周りの人間が『大変ですね』『すごいですね』と言っても、たぶんご本人たちは自覚なく、『だって楽しくやっているだけだから』と答えるんじゃないかなと思います。それが天才なのかな、と」

いよいよ明日が最終回。そして、10月2日からは趣里主演の『ブギウギ』がスタートする。

大評判だったAK制作の『らんまん』からBK制作『ブギウギ』へのバトンタッチにも期待したいところだ。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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