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デジタル革新進める英フィナンシャル・タイムズ

小林恭子ジャーナリスト

(以下は「新聞通信調査会」が発行する「メディア展望」8月号に掲載された筆者の原稿に若干補足したものです。)

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去る6月9日から3日間にわたり、イタリア・トリノで世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)が主催する「第66回世界新聞大会・第21回世界編集者会議・第24回世界広告会議」が開催された。WAN-IFRA(本部、独ダルムシュタット、仏パリ)は世界の新聞社の国際的な組織で、報道の自由、ジャーナリズムの質の向上、メディアビジネスの活性化などを主たる活動内容とする。

毎年開催される新聞大会の最終日のセッションで紹介された「新聞界のイノベーション 世界リポート2014年」(英イノベーション・インターナショナル・メディア・コンサルティング・グループ作成)から、新聞社のデジタル戦略の成功例として頻繁に紹介される英フィナンシャル・タイムズ(FT)の事例を中心に見てみたい。

レポートの冒頭には英BBCの元経営陣トップで、現在は米ニューヨーク・タイムズの最高経営責任者(CEO)となったマーク・トンプソンのエッセー「質の高いジャーナリズムはスイスの時計のように機能する」が載っている。

高品質だが高価格の製品を生み出してきたスイスの時計業界は、安い時計が販売されるようになった1960年代以降、大きな経営課題に直面した。しかし、価格は低いがデザインに優れた「スワッチ」と高級腕時計の2つの流れを作ることで生き延びた。ネットで大量の情報が無料で手に入る現在も、ジャーナリズムに投資する伝統メディアには生き残る道がある、という主張である。「出所と説明責任、つまり原稿の背後には事実関係や報道について責任を持つ編者と発行人がいると知っていることが、以前にも増して重要になっている」。

最初に取り上げられた事例がFTだ。同紙は電子版・紙版を合わせた発行部数が今年上半期平均で65万2000部に達した。前年比8%増。購読者の63%が電子版の購読者だ。広告収入よりも購読による収入のほうが多い。ジョン・リディングCEOは「広告収入はすばらしいが、読者と直接的な関係を作る(=読者からの購読料で運営)」方向に舵を切ったことを明言している(サイト「メディア・ブリーフィング」今年3月)。

編集体勢も大きく変わっている。ライオネル・バーバー編集長は編集スタッフに向けて新編集方針をしたためるメールを複数回送っている。一部を抜粋すると、「紙版はグローバルな、1つの版のみを制作する」、速報よりも「文脈の中でニュースを出す」方向にシフトする、「電子版・日刊制作用の統合編集室の補完として紙版制作の小さな専従チームを位置付ける」、など。編集部全体の人員数を減らしながらも、電子版専従スタッフの比率を少しずつ増やしていった。

電子版購読者拡大のけん引役は07年に導入した、メーター制だ。一定の本数の記事は無料で読めるが、それ以上になると有料購読者にならないと読めない。ここで獲得した読者の閲覧傾向を30人のスタッフによるデータ分析チームが徹底検証した。その成果の1つが、独自の速報サービス「ファーストFT」。24時間、リアルタイムで短いニュースを発信する。世界各地にベースを置く、ベテランの書き手が専従で担当している。

デジタル化推進にはスタッフの頭の中を変える必要もあるということで、12年からは「デジタル学習ウイーク」と呼ぶトレーニング・セッションを継続して行っている。

最終的に紙版は消えるのだろうか?

バーバー編集長が米「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」誌(13年7月号)に語ったところによれば、「紙版には価値がある。それに、印刷された新聞を読む層が存在している」。どうやらしばらく継続しそうだ。「タブレットやデスクトップで読む場合と(紙版では)閲読感が異なる」とも語る。

レポートはこのほかに米ワシントン・ポスト紙を個人で買った米アマゾンのジェフ・ベゾスCEOの決断や欧州の新興ネットメディアを紹介し、300人以上の編集スタッフを一堂に集めるマルチメディアの編集室を新設したコスタリカのナシオン・グループの事例なども掲載している。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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