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名誉NHK杯選手権者・羽生善治九段、今期NHK杯ベスト4進出 準々決勝で中村太地八段に勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成、筆者)

 2月18日。第73回NHK杯将棋トーナメント準々決勝▲中村太地八段-△羽生善治九段戦が放映されました。棋譜は公式ページで公開されています。

 結果は104手で羽生九段が勝ち、ベスト4に進みました。次戦では決勝進出をかけ、前年度覇者・藤井聡太NHK杯選手権者(八冠)と対戦します。

名誉NHK杯選手権者登場

 羽生九段は過去にNHK杯11回優勝。将棋界でただ一人「名誉NHK杯選手権者」の資格を得ています。

 羽生九段は今期、渡辺和史六段、豊島将之九段、永瀬拓矢九段に勝ってベスト8に進みました。

羽生「非常にきわどい、険しい戦いが続きましたけれども。なんとかここまで来ることができたという感じです。中村八段はですね、非常に切れ味の鋭い棋風ですので。それにうまく対応していけるように、がんばっていきたいというふうに思っています」

 中村八段は今期、阿部光瑠七段、広瀬章人九段、菅井竜也八段に勝って、本棋戦で初めてベスト8に進んでいます。

中村「羽生九段は名誉NHK杯選手権ということで、NHK杯戦で当たれることを光栄に思っております。時間配分に気をつけて、自分のペースで戦えるようにせいいっぱいがんばりたいと思います」

 両者の通算対戦成績はここまで羽生11勝、中村6勝。タイトル戦では棋聖戦五番勝負で1度、王座戦五番勝負で2度ぶつかっています。

中村八段、研究手を放つ

 本局は中村八段先手。羽生九段がなかなか角筋を開かず、相居飛車の力戦になる可能性もありました。進むと、角換わりの定跡形に合流しています。

 中村八段が仕掛けて戦いが始まった45手目。中村八段は6筋の歩を突きます。これが中村八段がずっと温めていた研究手でした。

中村「角換わりになって一度やってみたい仕掛けをやってみたんですけれども」

 中村八段は自身のYouTubeチャンネルで、そのあたりの事情を詳しく語っています。

 解説の谷川浩司17世名人は次のように語っています。

谷川「これはでも、あんまり見たことがない手ですね。ここを先手から突くというのは」

 通常、この地点は後手から歩を突いてくるところです。同歩、同桂、同銀と、取り方は3通りあります。しかしそのどれも先手からは用意の手段がありました。羽生九段はここで手を止めて考慮に沈みます。

羽生「いや、全然知らない仕掛けをされてしまって。ちょっと対応に苦慮したというか。ちょっと対応を誤るとすぐつぶされそうな形なんで。ずっとなんていうか、危ない状況が続いたかなと思います。いや、全然考えたこと、一回もなかったんで。意表をかなり突かれました。でもかなりうるさいんで、ちょっと対応がわからなかったですね」

 羽生九段は考えた末に同歩を選択。中村八段は空いた空間に羽生玉をにらむ角を据えて、攻めの態勢を作りました。

中村八段、惜しまれる逸機

 50手目。羽生九段は飛車先、8筋の歩を突き捨てます。取り方は同角か、それとも同歩か。こんどは中村八段が考える場面でした。

谷川「ここだと同歩ということになりそうですので」

 谷川17世名人が語ったところで、中村八段の手が伸びます。選択は同角でした。

谷川「違いましたか(笑)」

 早い着手なので予定通りかと思いきや、そうではありませんでした。中村八段は局後にこの対応を深く悔やんでいます。

中村「後手の手に対しての対応を間違えてしまったところがあったかなというふうに思いました。△8六歩と突かれたときに、すぐに▲同角と取ってしまったんですけど。▲同歩と取っておいて、7三への利きを残しておくことが大事だったように思います。▲同角と取ってしまってからはちょっと先手の手が難しくなってしまったと思ったんで。ちょっとそこで将棋を壊してしまったのかなと思いました」

 ここは同歩と応じておけば、中村八段に有望な手段が多く残されていました。同角と引くのは手堅い一手ですが、羽生陣への利きが2方向から1方向へと減ってしまったため、攻めの手段が限られてしまいます。

 中村八段は指した直後にすぐ、自身の誤算に気づきます。高段者にしてこうしたミスが生じるので、将棋はおそろしい。

 羽生九段は的確に受けに回ります。中村八段はそこで時間を使って考えたものの、思わしい攻めは残されていませんでした。

羽生九段、ノーミスで制勝

 ペースをつかんでからの羽生九段の指し回しは、正確そのもの。なんとかして勝負のアヤを求めようとする中村八段に対して、スキを与えません。

 中村八段からの攻めをほぼ押し返したところで、羽生九段は満を持して反撃に転じます。

羽生「(72手目)△6六桂打って攻める形になったんで。そこで初めて、よくなったかなと思いました」

 羽生九段は中段に据えた角を基軸に、桂と歩で中村玉の上部から自然に攻めていきます。こうなっては中村八段も支えようがありません。

 中村玉を寄せながら、羽生九段の手はかすかに震えてきました。羽生九段が勝利を目前にした際に生じる現象です。中村八段は及ばずながら羽生玉の上部から迫って、形を作りました。

 104手目。羽生九段はしっかりした手つきで歩を打ち、中村玉に王手をかけます。以下は比較的容易な詰み。視聴者にわかりやすいところまで指し進め、中村八段は頭を下げ、投了しました。

 羽生九段と中村八段の対戦成績は、羽生12勝、中村6勝となりました。

準決勝でゴールデンカード実現

 羽生九段はこれでベスト4に進出。通算12回目の優勝まで、あと2勝としました。

 そして次戦準決勝では、藤井NHK杯とのゴールデンカードが実現しています。放映日は3月10日。将棋ファン必見の大一番といえるでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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