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コロナ「ばらまく」と来店の男、逮捕には「壁」も 捜査の焦点は?【追記あり】

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:アフロ)

 蒲郡市で新型コロナウイルスに感染した50代の男がパブを訪れ、店員1人の感染が確認された事件。すでに愛知県警は店の被害届を受理しており、捜査に乗り出す方針だという。今後の焦点は――。

威力業務妨害罪で立件か

 この男は、3月4日に感染が確認され、愛知県から自宅待機を要請されたにもかかわらず、これを無視し、家族に「今から駅前でコロナウイルスをばらまく」と言って外出したという。

 しかも、時節柄、どの飲食店も客が持ち込むウイルスに神経質となっている中、マスクなしで現場のパブを訪れた。

 現に接客を受け、至近距離でホステスらと会話をしたり、その身体を触ったり、店内で飲酒やカラオケに興じ、「自分は陽性だ」と述べている。

 これにより、防護服を着た警察官が駆けつける事態を招き、店やホステスらにも消毒や長期休業、自宅待機などを余儀なくさせた。今後の風評被害も予想される。

 もはや不謹慎という次元の話ではない。野放しのままだと模倣犯が登場するおそれもあるので、刑事事件として立件し、男に厳罰を科す必要がある。

 そうすると、警察は、まずは刑法の威力業務妨害罪の成立が固いと見て、これによる立件を目指した捜査を進めることだろう。最高刑は懲役3年だ。

 なお、軽犯罪法に「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」を処罰する規定があるので、これを使う手もあるが、刑罰は拘留(1日以上30日未満の身柄拘束)か科料(千円以上1万円未満の金銭罰)と格段に軽い。

傷害罪は因果関係がポイント

 では、最高刑が懲役15年である刑法の傷害罪はどうか。

 過去には、性病を感染させるおそれを認識した上で性行類似行為に及び、相手の女性に病毒を感染させたという事件で、傷害罪の成立が認められた例もある。

 その際、最高裁は、傷害罪について、他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上、その手段が何であるかを問わないのであり、暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立する、と明言している。

 ただ、その事件は、女性の性交渉の状況などから性病を感染させたのがその犯人以外にあり得ないというものだ。

 今回のケースの場合、感染が確認されたのは男を接客したホステスではなく、店内にいた別の女性店員だった。

 男が寝転んだソファーにあとから座っただけだったが、4日後の3月8日朝から発熱や喉の痛みが出て、10日に行政の相談窓口に行き、自宅療養をしながら検査結果を待っていたところ、12日に感染が判明したという。

 いずれ男の隣に座って接客していたホステスや、店内に居合わせたほかの客らの感染が確認されるかもしれないが、そうであっても、感染との因果関係が問題となる。

 すなわち、感染源がこの男以外にありえないという立証を要するわけだ。

 自宅待機となった女性店員が男以外の感染者と一切接触していなかったといった事実のほか、特に重要となるのは双方が感染しているウイルスの遺伝子鑑定だ。

 両者が同一で、しかも他人が感染しているウイルスと異なる共通の特徴を有しているといった点をどこまで確定できるかが決め手となる。

 それが困難であり、ほかに感染源がないということを詰めきれなければ、傷害罪による立件は見送られるのではないか。

逮捕には「壁」も

 とはいえ、男や店員が感染者なので、警察も彼らの事情聴取では担当の警察官らが感染しないように気を使う必要がある。

 警察の取調べ室は狭いし、相当の時間、至近距離で対面し、やり取りを行うからだ。顔につばが飛ぶことすらあるが、マスクだけで感染が防ぎきれるとは到底思えない。マスク姿だと、顔色や表情の変化も読み取りにくくなる。

 もし直ちに男を逮捕し、警察の留置施設に収容したら、換気不足や衛生状態、収容中の免疫力の低下などから、ほかの被疑者らにまで感染を広げるおそれもある。

 隔離を要するとなると、簡単には逮捕できないわけで、当面は入院中の男が快復するのを待ちつつ、在宅のまま捜査を行うのではないか。

 新型コロナの捜査や裁判に対する影響は、必ずしもこの事件に限った話ではない。裁判所も、裁判員裁判の期日を延期したり、傍聴席の数を減らすといった対応を行っているところだ。

 いずれにせよ、感染が分かりながら「ウイルスをばらまく」といった確信犯的な行動に出て、実際に他人に損害を与えたら、民事的な損害賠償を求められ、社会から激しいバッシングを受けるばかりか、捜査の対象にもなりかねない。

 今のところ感染者の外出を強制的に禁止する決まりはないが、自宅待機の要請を無視して安易に外出するといった軽率な行動は控えるべきだろう。(了)

(追記)

 男は愛知県内の病院に入院していましたが、意識不明の重体となり、3月18日午後1時ころに死亡が確認されました。当初の報道では感染と死亡との因果関係は不明でしたが、その後の愛知県の発表によると、感染前から肝細胞がんを患って免疫力が弱っていたもので、死因は新型コロナウイルス肺炎とのことです。

 今後ですが、店から被害届を受理しているので、警察としても一応の捜査を行うものの、もはや男の起訴がありえない以上、「被疑者死亡」のまま書類送検し、検察が不起訴処分にすることで、刑事手続は終結します。

 一方、民事ですが、店や店員らは男の相続人に対して損害賠償を請求できるものの、もしその相続人が相続放棄をしたら、これも不可能となります。

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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