新型コロナ「4月は最も残酷な月」「使い捨てられたお年寄りの生命」ミラノ日記(下)
[ロンドン発]イタリア北部ロンバルディア州ミラノで暮らすイタリア人女性セレーナ・ボルピさんが5月4日に迫るロックダウン(都市封鎖)緩和に向けて綴った日記の続きです。
4月22日、水曜日「使い捨てのお年寄りの生命」
「四月は最も残酷な月」とイギリスの詩人T.S.エリオットは「荒地」で書きました。残酷さとは春によってもたらされた不可能な美と幸福の約束です。だからこそ逆に私たちの不安をさらに大きくさせるだろうと書いています。
死者の埋葬
四月は最も残酷な月、
死んでいた土地からライラックの花を咲かせ、
記憶と渇望をないまぜに、
ぼんやりとしていた根っこを
春の雨がよみがえらせる。
(T.S.エリオット「荒地」、筆者仮訳)
4月が最も残酷な月であるかどうか私には分かりませんが、これは私のお気に入りの一節です。確かなことは、特別養護老人ホームの内外でお年寄りの生活は普段より非常に困難な状況に置かれているということです。
私の両親も他の70歳以上の人々と同様に、ほぼ2カ月間、自宅にこもっています。両親はロックダウンが緩和される5月4日以降に外出を許されるだろうという希望を抱いていません。
両親はこの状況に十分に対処しているにもかかわらず、夏の間もずっと閉じ込められるという見通しを嫌っているのは明らかです。
この非常事態の前は、父をミラノにある歴史的な養護施設の1つ、ドン・ニョッキによく連れて行きました。そこには軽度の認知障害や記憶喪失の初期の兆候を示すお年寄りや心理学者を含むセラピーのグループがいます。
しかしながら、ドン・ニョッキやピオ・アルベルゴ・トリヴルツィオ(ミラノ最大の特別養護老人ホーム)や他のあまり知られていない高齢者向け住宅では新型コロナウイルスの感染が広がりました。
ピオ・アルベルゴ・トリヴルツィオでは入所者約190人が死亡、ドン・ニョッキでも入所者約140人が犠牲になったため、近い将来、父をドン・ニョッキの集まりに参加させることはないでしょう。
一部のスタッフと入所者が経営陣を告訴した後、司法調査が行われています。
どうやら経営陣はスタッフの感染を隠し、入所者に不安を与えないようにという口実でスタッフと家族の両方に防護具を着用しないように依頼するとともに、状況を非難したスタッフを停職にしました。
イタリアでは、年齢や健康状態に関係なく生命は貴重であるという前提に基づいているため終末期に関する法律はありません。こうした見解は一般に政治的または宗教的な理由で促進されています。
にもかかわらず、施設で働くスタッフにはお年寄りの生命は使い捨てのように感じられたそうです。
4月23日、木曜日「コロナ後の仕事はあるのか」
私は語学教師であり研究者です。在宅勤務を続けてきました。実際にはこの期間はいつもより忙しかったです。全ての授業を短時間でオンラインに転換する必要があったからです。
私はトスカーナ州の州都フィレンツェで働いている国際機関の講義の録画と課題を採点する一方で、語学クラスをオンラインで週に4回開催しています。
ここからフィレンツェへの移動は不可能です。夏休みはロンバルディア州で過ごすことになりそうです。ロンバルディア州は海に面していないので今年、ミラノ市民にとって海辺はありません。最寄りの海辺はジェノバのあるリグーリア州にあり、ミラノから車で1時間半ほどです。
ミラノ市民の何人かがそこに別邸を持っています。1960年代の経済ブームの時に高齢者世代が購入した2つ目の家です。一部の人は祖父母から財産を相続しました。私の家族もトスカーナ州の祖母が亡くなった時に住宅を相続しました。
しかし一般的に言えば、家の購入は非常に手頃な価格でした。経済的な見通しもとても良かったため、イタリアの中産階級の大部分が住宅を購入できました。
そして夏休み、通常は8月を過ごすために海辺や山に別邸を買う余裕もありました。一部の人々は今回のコロナ禍で他の地域にある別邸に避難して、そこで“自宅待機”しようとしました。
警察は主要道路をパトロールしていますが、別邸にたどり着いた運の強い人もいると思います。罰金は400〜3000ユーロ(4万6000~34万7600円)。運転中または2度逮捕されると罰金は重くなります。
私は別邸に“疎開”する彼らの行動を正当化するつもりはありません。私は検疫の間ずっと家にいます。彼らがそのように行動する理由は、今年の夏休みはないことが分かっているからだと思います。
現実的には主な関心事は、これからもまだ仕事があるのかどうかです。私の語学クラスは7月まであるかもしれません。しかし生徒は自由な時間に英語を学ぶ大人なので来年は何人参加してくれるか分かりません。
フィレンツェでの人類学の講師の仕事はどうなるか分かりません。研究所が受け入れているのはほとんどがアメリカ人の学生です。彼らはすぐに旅行することを許可されないので来年、その仕事はなくなってしまいそうです。
私はいくつかのアメリカの大学が2021年1月まで閉鎖されたままだというニュースを聞きました。
みな「全て大丈夫」と言い続けていますが、貯蓄がなく、仕事の見通しがすでに十分に不安定な私たちのような世代や若い人たちにとって金銭面や仕事に関する懸念は全セクターに及びます。
イタリアとイギリスで働く他の多くの講師たちと同じようにキャリアの最初のステップの私も学期ごとに雇われています。30代と40代の人々はみな失業と低賃金に苦しんでおり、今、第二次世界大戦以来最悪の危機と定義される状況に突入しています。
現在、在宅勤務できないほとんどの人は余剰解雇計画プログラムの対象です。政府支援が終了し、企業が活動を再開する時、雇用主の収入が新型コロナウイルスの流行以前の状態に戻らない場合、労働者を解雇することができます。そして、多くの人がそのような状況に陥りそうです。
4月24日、金曜日「助け合えなければ欧州は欧州ではない」
私の心配事は両親の年齢を考えた時の経済的、個人的なものや、次の数カ月で体調が悪くなって医療の手助けが必要になった場合、どうなるのかということに留まりません。
アイデンティティー、特にイタリアと欧州の両方であるという理想につながるアイデンティティーに関連しています。欧州連合(EU)は最近、特にイギリスの離脱によって不安定化していますが、北部と南部、または西部と東部の分断が気掛かりなのは確かです。
現在の非常事態下では、北部は支援を提供する準備ができていないか、意思がありません。しかし世界で競争力を発揮できるようにEUの貿易市場は統合されています。欧州は、EUがトラブルと収益のバランスを取れることを示す道筋を見つけるべきです。
新型コロナウイルスは欧州の全ての国を同じように襲っているわけではありません。いわゆる「復興基金」がイタリアのように致死率の高い国を支援するために、ついに導入されました。約3000億ユーロ(約34兆7600億円)の一時的な基金が6月初旬には配分され始めるはずです。
イタリアの国内総生産(GDP)は少なくとも8%低下し、失業率は11%に達すると予測されています。これでも楽観的すぎると思います。こうしたことから被害が深刻な国への支援は非常に待ち望まれています。
一方で、北部の国々の態度は時に私たちを被保護国のような感覚におとしめる可能性があり、競争とナショナリズムに基づく歴史を思い起こさせます。これは欧州と欧州の若い世代が必要としているものではありません。
これは反移民、反EUの右派政党・同盟のようなポピュリズム政党が悪用する恐れのある反欧州感情を醸し出します。
最近発行された2018年のイタリアの納税申告書を見ると、イタリアの人口の半分は年間の稼ぎが1万5000ユーロ(約173万円)もありません。5万ユーロ(約580万円)以上を稼いでいるのはわずか6%のイタリア人に過ぎません。
未曾有の危機を前に、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は「お互いに助け合う準備ができていなければ欧州は欧州ではありません」と財政同盟に前向きな発言を行ったのも、こうした事情があるからでしょう。今こそ欧州の結束が求められています。
4月25日、土曜日「栄光の大地に眠る戦士たち」
今日はナチスとファシストからの解放75周年をお祝いする日です。行進と集会は禁止されています。ロックダウンが少しだけ緩められるフェーズ2に移行してもそれは変わりません。おそらくワクチンが開発されるまで解放を祝う記念行事は行われないでしょう。
去年の同じ日、私はミラノのムゾッコ墓地にある「栄光の大地」として知られるカンポ64を訪れました。この場所にはパルチザンの戦士が埋葬されています。
この日、参列者は墓に献花し、わが国を解放するために戦ってくれたことをパルチザンの戦士たちに感謝します。行事はイタリア・パルチザン戦士協会によって組織されています。
数日前に、ミラノのジュゼッペ・サラ市長がカンポ64を訪れ、戦士たちに敬意を表して「ミラノはまだ戦っている」と述べました。今回の敵はウイルスです。市長はウイルスによってお亡くなりになり、同じ墓地に埋葬された人々も追悼しました。
独りぼっちで亡くなり、遺族によって確認されることのなかった遺体は墓碑銘のない墓に埋められています。
家族が周りにいても状況は寒々としています。感染者が病院に運ばれると家族は直接接触することができなくなります。亡くなると永遠に消えてしまうように感じられるのです。葬式は近親者の間でひっそり営まれ、棺は閉じたままにしておかなければなりません。
他の式典も中断されています。私は6月中旬に友人の結婚式に招待されていましたが、9月に延期されました。秋に状況がどう変わっているのかまだはっきりしません。
市長が述べたようにミラノは戦っていますが、人命が失われているため緊迫感に覆われています。
国家非常事態委員会のドメニコ・アルクリ氏は、ロンバルディア州では第二次世界大戦の空襲によって亡くなったミラノ市民の6倍以上の人が新型コロナウイルスの犠牲になったと報告しました。
1940年6月から1945年5月の間に2000人のミラノ市民が死亡したのに対し、新型コロナウイルスの死者はわずか数カ月の間にロンバルディア州全体で1万3269人に達しました。
今年、イタリア人が解放の日を記念してできる唯一のことは、家の窓から最も有名なパルチザンの歌「ベラ、チャオ!」を歌うことだけです。
イギリスの消防隊は、パンデミックの間にイタリアの消防士と一般市民と連帯して歌う動画をシェアしました。イギリスはもうEU加盟国ではありません。しかしこのような困難な時にこそ何らかの絆を見つけることが、欧州が必要とする精神です。
幸せな解放の日に!
4月26日、日曜日「ついに家族や恋人と会える」
ジュゼッペ・コンテ首相が夜に同じ州内の都市間移動や両親、恋人を含む家族と会うことは許されると発表しました。
(おわり)