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追悼:鳥山明先生 希代の革命児が歩んだ進化の道のり

多根清史アニメライター/ゲームライター
Image:東映アニメーション/YouTube

『Dr.スランプ』や『ドラゴンボール』の原作者、そして『ドラゴンクエスト』シリーズに深く関わられた鳥山明先生が突然のご逝去。自分も、68歳という若さに衝撃を受け、X(Twitter)で見かけた「今後は鳥山先生がいない世界に生きていく」ことに深く共感している1人です。

鳥山先生に関しては以前から記事を何本か書かせて頂きましたが、そのうち最も情熱を込めた原稿「世界でいっとーイカした物語」をこちらに再公開いたします(初出:『昭和50年男 2022年3月号』)。

凄まじい完成度の『Dr.スランプ』からさらなる進化

鳥山明はマンガがウマい。なぜなら手塚治虫をして「やっと私の後継者がでてきた」「鳥山明にはかなわんです」といわしめたのだから。あの大友克洋に「僕は君の絵なら描ける」というほど嫉妬深かったマンガの神様が降参したぐらいだから間違いない。

ここで手塚が負けを認めたのは「やはり大当たりする鳥山明のパターンが漫画の姿なのか」ということ。鳥山がウマいのは「売れるマンガ」を描くこと全般というわけだ。もともと鳥山は画力がバツグンに高く、デビュー作の『ワンダーアイランド』でも多彩なキャラクターのほか飛行機や動物もシッカリと描かれ、プロとして完成の域に達していた。

そんなデビュー作は読者アンケートで最下位となり、画力と面白さはイコールではないことも証明。その反省から担当編集の鳥嶋と鳥山が試行錯誤を繰り返し、伝説の「500枚のボツ原稿」を積み上げた末に『Dr.スランプ』が誕生したのだった。

初期の『Dr.スランプ』は、ひとことで言えば「素晴らしいイラストの紙芝居」だった。デザイナー出身の鳥山は1枚1枚がイラストレーターレベルで上手かったが(そこまで緻密に描いてよく連載が成立したと呆れるが)「マンガ」としてはイマイチ。そこから連載を重ねてマンガ家の腕を上げた鳥山が『ドラゴンボール』でさらなる成長を遂げたのだから、同期のマンガ家達も悲鳴を上げたくなったかもしれない。

「話の面白さ」を支える「絵のうまさ」

鳥山は「絵は上手いけどつまらない話のマンガより、下手な絵でも話のおもしろいマンガのほうがレベルがたかいぞ!」と言う。それは一般論として正しいが、鳥山本人には当てはまらない。特に『ドラゴンボール』は絵のうまさこそが話の面白さを支えていると断言できるからだ。

ギャグ色が強かった序盤からバトル展開が増えていくにつれて、構図やコマ割りの上手さはますます磨きがかかっていった。鳥山の描く表紙や扉絵などの一枚絵には、複数のキャラクターがそれぞれの役割を持ち、ふとした動きに次の瞬間がかいま見え、そこに至るまでの時間さえ見えてくる……とストーリーが詰め込まれている感がある。それがコマとコマが有機的に繋がり、静止画のはずのマンガがあたかもアニメーションのように動いて見えるようになった。

たとえば悟空がチャパ王との戦い(其之115)。悟空が右から殴りかかり、チャパ王がよろけるシーンでは悟空が手前に着地。そして右から足払いを掛けた悟空は次のコマで左側にいて、チャパ王は右でどでっと倒れている。読者の視点を回転させて見やすく、かつスピード感あふれる演出だ。

ここで鳥山は、マンガ空間の中に立体的なカメラワークを持ち込んでいるわけだ。ロング・ミドル・アップ等のカメラを使い分けしているどころではなく、明らかに脳内に3Dの撮影スタジオが存在している。

鳥山がこれほどの空間把握能力を身につけたのは、おそらく趣味がプラモデル作成だったことと深い関係がある。プラモデル会社のタミヤは1/35スケールの兵士人形を使った「人形改造コンテスト」を行ってきたが(今もやっている)鳥山は何度も入賞している実力者だ。それもありもののパーツを組み合わせるのではなく、パーツそのものを自作するフルスクラッチと呼ばれるジャンルだ。

二足歩行の竜に騎乗したファンタジー世界の住人や、軍用バイクに乗った兵士らの表情やポーズは、まさに鳥山マンガから抜け出てきたかのよう。いや、こちらの立体的なイメージが、先に鳥山の中にあったのだろう。

鳥山は作品作りで大切にしていることとして「僕の場合は「コマのメリハリ」でしょうか。たとえば話し合いばかりが続くシーンなどでも、バストアップのコマばかりではなく、場所や人物の位置関係が再確認できるようにロングのコマを入れたり、ちょっと重要なセリフだとアップにしたりして変化を付け、退屈な画面にならないよう意識しています」(集英社 第94回手塚賞での応援メッセージ)と語っている。本人がやってるコマ割りは2次元を逸脱する奥行きもあって「メリハリ」どころではないのだが、ノウハウを言語化できなかったのか、ないしは「他人に言ってもマネできない」と割り切っていたのかもしれない。

「デフォルメかつリアル」というチート

鳥山のもう1つの天才性は「デフォルメ」と「デッサン力」にある。一方は絵の線を減らすととであり、もう一方は現実に近づけて描くことだ。これらは矛盾しているようだが、鳥山マンガでは切っても切り離せない。

それを的確に分析しているのが、最も鳥山の絵をたくさん描いてきたひとり・前田実だ。『Dr.スランプ』や『ドラゴンボール』のチーフアニメーターや作画監督を務めた人物である。

前田は、鳥山絵の特徴は「リアル」だという。「絵柄ではなく、絵の捉え方がリアルなんです。キャラクターの骨格や筋肉の付き方がシッカリしている。つまりデッサンがシッカリしているということですね」とのこと。デッサン力があるアニメーターでさえ練習が必要な、「実はすごく難しい絵」だと評している。

ジャンプ作家でさえ『ドラゴンボール』のキャラを描かせるとイマイチな理由が、実にここにある。「少ない線で表現しているから目や鼻、手足のバランスが難しくて位置関係が少し違うだけで別人になっちゃうんです」と歴戦のアニメーター、つまり他人の絵をマネる達人が言うぐらい、線を減らすことにセンスが溢れていて誤魔化しが利かない厄介な絵柄なのである。

どうやって前田が鳥山絵のコツをつかんだかといえば「アニメ版の途中から先生のペン入れ前の下書きの原稿を見せてもらえるようになったので、線の取り方の参考にしました」とのこと。ズルい!いや仕事のために必要なことではあるけれど。

『ドラゴンボール』は序盤の絵柄は丸く、ピッコロ大魔王編で本格バトルものになる辺りから線がシャープになったと言われる。が、最大の変化は「絵が白くなっていった」ことだろう。空にも雲がなくなり、スクリーントーンも貼らなくなった。スーパーサイヤ人の髪も白く(カラーでは金髪)になったのは「アシスタントの手間を減らすためです。アシスタントが悟空の髪のベタ塗りで時間がかかってしまうと、僕が消しゴムをかけなきゃいけない」(鳥山)と語られているが、そんな理由で超絶カッコよくなるのだから何かがおかしい。ちなみに2代目担当(近藤裕)は「黒から白に変わるのがもっともインパクトがあるから」と説明している。

線が減って絵が白くなったのは、たぶん『Dr.スランプ』連載中に6日間で20分しか寝なかったことに懲りたことが大きかったのだろう。『ドラゴンボール』では徹夜しなかったというから狙い通りだったようだが、その絵柄が読者の目にかかる負担を減らし、ますます読みやすくなる効果があったのはチートという他ない。

革命児でありながら後継者がいない

鳥山がマンガの神様・手塚の心を折った最大の要因は、魅力あふれるキャラクター造形の見事さもあったのかもしれない。それは『ドラゴンボール』読者よりも、『ドラゴンクエスト』のファンがミニ染みってわかっているはずだ。なにしろ堀井雄二が描いたボロ布のようなラフスケッチから、あの愛らしいスライムを生み出したのだから。

本人は「(キャラの)デザインのコンセプトを決めちゃうと面白くないから決めないようにしている」「手順としてはまず性格があって、顔を決めて…顔が決まれば服装も決まる感じ」とアバウトに語っているが、そんな行き当たりばったりで悟空やピッコロ、ベジータやセル、魔人ブウなど1つとして被らない名キャラクターが産みだしたとしたら逆に途轍もなさすぎる。

山室直儀(『ドラゴンボールZ』キャラクターデザイン)は「先生の引き出しの多さには本当に驚きますね。劇場版で言うとボージャック一味(『ドラゴンボールZ 銀河ギリギリ!!ぶっちぎりの凄い奴』の敵キャラクター)の鳥山先生のデザイン画も、普通なら未来的なコスチュームになるかと思うんですがいきなり海賊風でしたから」と驚きを振り返っている。思いつきの前提として、膨大な元ネタのライブラリが脳内にインプットされているのだろう。

鳥山明はマンガの絵柄に革命を起こした一方で、「鳥山の後継者」もいないと言われる。それは「3Dプラモデルやイラストの達人がマンガを描き始めた」という原点が、「マンガを模写してマンガを描き始めた」作家達とあまりにかけ離れているからだろう。地球人に「強くなりたい」と憧れを植え付け、しかし絶対に追いつけない高みにいる鳥山は、悟空に最も近い存在といえそうだ。

アニメライター/ゲームライター

京都大学法学部大学院修士課程卒。著書に『宇宙政治の政治経済学』(宝島社)、『ガンダムと日本人』(文春新書)、『教養としてのゲーム史』(ちくま新書)、『PS3はなぜ失敗したのか』(晋遊舎)、共著に『超クソゲー2』『超アーケード』『超ファミコン』『PCエンジン大全』(以上、太田出版)、『ゲーム制作 現場の新戦略 企画と運営のノウハウ』(MdN)など。現在はGadget GateやGet Navi Web、TechnoEdgeで記事を執筆中。

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