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なぜ現役議員がノーベル平和賞受賞者を決定するべきではないのか 「これはノルウェーの賞ではない」

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ノーベル委員会は政治的に独立と主張するノルウェーだが? Photo: Abumi

ノーベル平和賞の受賞者を決めるノルウェー・ノーベル委員会。「世界で最も権威ある賞のひとつ」といわれる賞の受賞者を決定するのは5人のノルウェー人だ。

現役バリバリで活躍する政治家カール・ハーゲン氏が、委員会の新メンバーになる可能性が濃厚となっている。

同氏は移民・難民の受け入れ、気候変動対策などに懐疑的な右翼ポピュリスト政党「進歩党」の有名な元党首だ。

現在はオスロ市議会で自治体議員として活動。同時に、今年の国政選挙の結果により、国会議員が休んだ時に代理で業務を務める「代理議員」にもなった。

「事実上は国会議員と変わりはない。現役の政治家がノーベル委員会に座れば、国際的にも評判が悪くなり、委員会が政治的に独立した機関だという説明が困難になる」。そう他党や現地メディアは反対している。

詳細「"ノーベル平和賞は政治的に独立" ノルウェーの矛盾 現役議員が委員会に?」

ノルウェーのノーベル委員会は、その年の平和賞受賞者以外については、関係者は必要以上の発言は避ける傾向にある。

しかし、ノルウェーの政界で最も物議を醸す政治家のひとりとされるハーゲン氏の名前が浮上したことで、16日、委員会の秘書が国営放送局NRKに反対する立場を表明した。

これは異例の事態といえる。委員会の世話役である秘書は影の権力者でもあるが、このように意見を述べることは珍しい。

ノーベル委員会の中立性を維持したいのであれば、現役の国会議員は委員会の席に座るべきではありません。委員会にいる期間中に、国会に立つ可能性のある代理議員を例外として認めてしまえば困難が生じます。

国会とノルウェー政府は独立した機関だと他国に説明することが難しくなります。ありえないことです。

ノーベル委員会メンバーの選出において、国会議員と代理議員を「別々」と判断することは不自然です。

このような人をメンバーとして推薦する進歩党には、ノーベル委員会の活動に対しての敬意の念と理解が不足しています。

出典:ノルウェー・ノーベル委員会 ニョルスタッド秘書が国営放送局NRKに語る

同じ日、右派産業紙であるDN紙や、最大手アフテンポステン紙も反対する社説を掲載した。

進歩党の推薦は、どうしようもないとしかいいようがない。

ハーゲンは国際政治にこれまで興味を示してこなかった男だ。「長い間、党に貢献してきたから」というご褒美として推薦したと思われても仕方がないだろう。

中国政府と劉暁波氏の一件で、ノルウェー国会とノーベル委員会の距離感を他国に説明することがどれだけ難しいか体験したはずだ。委員会に国会関係者が座るなど、ありえない。委員会の評判と中立性を賭けてゲームしているようなものだ。

他党は進歩党に、国会の外から他の候補者を探すように、はっきりと伝えるべきだ。

国際情勢よりも、自分のことばかり考えているような国会議員を選ぶほど、バカげたアイデアはない。

出典:DN紙社説

ハーゲンは国会に強いつながりを持つ男だ。

「私たちノルウェー人は、元政治家ばかりのノーベル委員会にもう慣れている。だから国会議員と委員会メンバーの違いが分かる」、という言い分はもはや通用しない。

ノーベル平和賞は、ノルウェーで授与される国際的な賞だ。ノーベルのロゴがついた、ノルウェーの賞ではない。

活動的な政治家とのつながりが強くなれば強くなるほど、中立性を世界に理解してもらうことは難しくなる。平和賞がどれだけノルウェー政治に影響を与えるかということが主要な議論になってしまえば、それはノルウェー政府にとっても委員会にとっても不都合でしかない。

国会は党からの推薦人をそのまま承認するのが、これまでの伝統だった。しかし、今回ばかりは国会はこの伝統を破るべきだ。

出典:Aftenposten紙社説

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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