カジノ誘致を巡る大阪の署名運動は大阪府に住民投票を直接請求。7月29日に臨時府議会
大阪府市が湾岸の人工島「夢洲」(大阪市此花区)に誘致を目指すIR(カジノを含む統合型リゾート)を巡り、カジノの是非を問う府民の住民投票を求める直接請求署名運動は、府内各選挙管理委員会の審査を経て有効署名数が確定した。住民投票を実施する条例制定を求めるのに必要な有権者の50分の1を超えたことから、署名運動の実施団体「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」(山川義保・事務局長)は7月21日、大阪府に条例制定を求める請求書を手渡した。
3月25日~5月25日までの署名運動期間に集まった署名は21万134筆。選挙人名簿と照合する選管の審査で有効とされたのは、うち19万2773筆。有権者の50分の1(14万6509筆)を4万6264筆上回った。署名が法定数を超えたことで、吉村洋文・府知事は住民投票実施の条例案を府議会に提出しなくてはならない。条例案を審議するため7月29日に臨時府議会が招集される。
約3万冊の署名簿が大阪府庁へ
今年の年明け早々から動き出した大阪府民による「直接請求」への取り組みは7月21日、ついに請求書を府側に手渡す最後の局面を迎えた。大阪城公園に隣接する大阪府本庁舎(大阪市中央区)前では、手交に先立って正午から「カジノ住民投票をもとめる大阪府民アクション」が行われた。約21万の署名が載る署名簿約3万冊を積んだトラックが横付けされ、署名活動に奔走した約600人が府内全域から集結した。
「もとめる会」共同代表の1人、作家の大垣さなゑさんはマイクを握り「今年の3月24日に府議会はデタラメな区域整備計画(大阪IRの具体的な事業計画)を可決した。あの時と今の状況は同じではない。これだけの署名に対し、府議会がどう判断するのか、問われているものの重みが違う」と府議会に住民投票実施を可決するよう迫った。
午後2時、署名簿が府庁新別館南館(大阪市中央区)に運び込まれ、約3万冊の署名簿の前で、「もとめる会」の共同代表の1人、西澤信善・神戸大名誉教授が条例制定請求書を府総務部法務課職員に手渡した。
吉村知事は「住民投票必要なし」の意向
IR誘致を進める吉村知事は署名の法定数超えが確実になった先月の段階で「住民投票は必要ない」との意向を示している。大阪IRは現在、「区域整備計画」を大阪府が国に申請済みで、国の審査を受ける段階。「地域における十分な合意形成」「地域における(IR事業者との)良好な関係」が審査項目にあり、住民投票が行われた結果「反対多数」になれば、国が大阪IRを認可するかどうかに影響する。吉村知事としては大阪IRがおじゃんになるような危険は冒したくないし、府議会は吉村知事が代表を務める「大阪維新の会」の府議が過半数を占めており、住民投票実施の条例案は否決される公算が大きい。
そのため「もとめる会」では、維新会派の府議と、維新に歩調を合わせている公明党会派の府議に対し、条例案に賛成するよう働きかける運動も行っているが、今のところ住民投票に前向きな回答は得られていないという。
住民投票の直接請求をしたこの日、「もとめる会」は吉村知事に面談を要望したがかなわなかった。また、カジノの賛否への府民の関心がこれ以上、高まらないようしたい吉村知事、IR推進派の府議の意向なのか、7月29日の臨時府議会は住民投票の条例案を即日採決する方針らしい。「もとめる会」の山川事務局長は「カジノ誘致計画はここ数年で内容が変遷し、府民に正しい情報が伝わっていない。約20万筆の署名には、カジノ反対だけではなく、府民の不安や疑問が込められている。府議会は議論を尽くしたうえで住民投票の是非を判断すべきだ」と即日採決に反発している。
大阪は横浜市の後に続くか
今回の直接請求署名運動の呼び掛け人の1人でもある平松邦夫・元大阪市長は、市長時代(2007~2011年)に「公共がギャンブルに手を出すべきでない」とカジノ誘致に関心を示さなかった。当時、逆にカジノに前のめりだったのは、橋下徹・大阪府知事(当時)だ。橋下知事は2010年4月に地域政党「大阪維新の会」を旗揚げして自身が代表におさまった後、知事を辞職して2011年11月の大阪市長選に出馬。現職の平松市長(当時)を破ったことから、大阪市の方針は180度転換した。廃棄物の処分場として埋め立てた湾岸の人工島「夢洲」がカジノを中心とするIRの建設場所となり、2025年の大阪・関西万博もここで開催される。
平松・元市長は「夢洲は大阪市にとって貴重な廃棄物処分場であり、廃棄物で埋め立てが完了した後は、国際戦略港湾の一部として大阪港の発展に寄与する計画だった。公共に求められているのは長期的に安定した施策であり、カジノで一か八かの一攫千金を狙うなど公共が最もやってはいけないことだ」と指摘する。
2011年11月の大阪府市首長ダブル選挙でどちらも維新候補が勝利して以降、大阪のIR・カジノ誘致は着々と進んでいく。まだ「埋め立て中」で住民が誰もいない夢洲は、開発に対し地元住民の反対運動が起こり得ない。そういう意味では行政が開発を進めやすい場所ではあるが、ここを万博やIRの会場にしたために、今、夢洲の「地面」を巡り問題が噴出している。
IR事業者の要請に応じて大阪市は液状化、土壌汚染などの対策に約790億円の公金を投入させられることになったのだ。これに加え、必ず発生するとされる「地盤沈下」の対策をどうするのか現段階では不透明だが、地盤沈下まで大阪市が責任を持つとなれば公費負担は青天井になる危険がある。2月15日にIR事業者と大阪府市の間で締結された「基本協定」に、夢洲の所有者である大阪市の負担は約790億円が限度だとは書かれておらず、大阪市の負担がこれでおさまる保障はない。
2011年末から大阪府知事と大阪市長のポストをぐるぐる回してきた維新の橋下・元府知事(元大阪市長)、吉村・府知事(前大阪市長)、松井一郎・大阪市長(前府知事)ら3人は、夢洲とIR事業者を甘く見ていたと言うほかない。過去10年の間に、維新首長らは「IRは民間投資であって税金は使わない。税金を使わずに何百億円もカジノ税が入ってくる」というおいしい話で府民に夢を見させてきたが、結果的にそれは空手形だったのだ。
7月29日の臨時府議会が住民投票実施を可決するにせよ否決するにせよ、「もとめる会」は、世論喚起の取り組みを続けるとともに、政府、国会議員に対し大阪のIR計画を認可しないよう要請する行動を展開する予定だ。西澤・神戸大名誉教授は「カジノを誘致しようとしていた横浜でも直接請求署名運動が行われ、市議会は住民投票の実施を否決した。しかし、横浜市民は市長選でカジノ反対の候補者を当選させることでカジノ誘致を止めた。大阪で横浜市を再現したい」と話している。