Yahoo!ニュース

<ガンバ大阪・定期便63>覚醒の予感。山本悠樹がもたらした変化。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
ケガから復帰後、インテリオールで存在感を示している。 写真提供/ガンバ大阪

 山本悠樹にとって先発復帰2試合目となったJ1リーグ16節・アビスパ福岡戦。アシストこそつかなかったが、2本の『らしい』プレーでゴールをお膳立てした。

 1本目は、0-1で迎えた24分。右サイドでボールを受けた山本は、ゴール前中央にポジションを取った倉田秋に絶妙なスルーパスを送り込む。それをワンタッチで倉田がはたいてイッサム・ジェバリへ繋げると、そのシュートのこぼれ球にファン・アラーノが詰めてゴールネットを揺らした。

「1点目のシーンはボールを持った瞬間の選択肢がアラーノ、秋くん、ジェバリと3つあって。まずはチームとしてそれがすごくいい状況だったのと、順番としてはアラーノを最初に見つけて背後に流そうかなと思ったところで、ジェバリが視界に入ったのでそこまで飛ばそうかなと思ったら、秋くんを見つけてあのパスになったって感じです。ジェバリだとその後がないかもな、アラーノだとカバーされるかもな、でも、秋くんのところなら何かが起きそうだなと思っていました。正直、秋くんからジェバリという想像はしていなかったけど(笑)、立ち位置的にアラーノが絡んでいけるかも、とはイメージしていました。秋くんのワンタッチが素晴らしかったと思います」

 そして2本目は、1-1で迎えた32分の直接フリーキックのシーン。右タッチライン際で得たFKはゴールまで約40メートルとやや距離があったものの、一番遠いファーサイドにボールを送り込むとダワンがヘディングで落とし、それを三浦弦太がダイレクトで左足を振り抜いて逆転に成功した。

「アビスパがセットプレーからほぼ失点していないことは和道さん(高木コーチ)にも聞いていて、ニアかフォアにはっきり蹴った方がいいと話していたんです。あのシーンでは距離があったので最初はニアに蹴るつもりでした。そしたら将太くん(福岡)に『速いボール!』って言われてムズいな、と(笑)。でもそのおかげでライナー的なボールを選択し、ニアで誰かが触れたらいいし、触れなくても流れた先のフォアで誰かが触れられたらいいなというボールを蹴ったら、フォアに抜けてダワンが頭で合わせてくれた。正直、アビスパはセットプレーに強いチームだったとはいえ、こっちも弦太くん(三浦)、瑶大(佐藤)、ダワン、ジェバリですから。それだけターゲットがあれば誰かは合わせられるやろ、とも思っていました」

 三浦も「正直、狙ってはいなかった」としながらも「勝ちたい気持ちがボールに乗った」と振り返った。声を出しすぎて喉を潰したのか、珍しくガラガラ声で。

「実は、試合前日は大雨でセットプレーの練習ができなかったんですけど、競り合いに強いメンツも多かったし、なんとなく溢れてくるかもなと思っていたら、本当に溢れてきました(笑)。利き足の右に持ち替えていたら思い切り蹴れ過ぎて逆に決まらなかったかも。左足だったので欲張らず、ミートすることだけ考えたのが良かったのかもしれないです。運もあったけど決まって良かった。個人的に(J1リーグ戦での先発は)5試合ぶりでしたけど、シンプルに結果が出せていなかったと考えれば、ダニ(ポヤトス監督)がいろんな模索をするのも当然で…。自分は気持ちと体を切らさないことと、とにかくチームが勝ってくれ、ということだけを考えていました。もちろん、(試合に)出たらやれる自信はありましたけど、それはピッチで示さなければ意味がないので、アビスパ戦はとにかく勝ちたかった。勝てて良かったです(三浦)」

■山本悠樹が鮮烈復帰に際して、描いていたこと。

 ここ2試合、キャプテンマークを巻いてピッチに立つにあたり、山本が強くリマインドしていたことがある。

「勝つために、走り切ること」

 先発に復帰した15節・アルビレックス新潟戦前に話を聞いた際、左膝のケガで約1ヶ月半、離脱している間に自分がすべきことが改めて整理できたと話していた。

「上から試合を観ていたら、チームの戦い方がどうこうという以前に、単純に走れていないという印象があって。特に前線は動きが少なく、ボールだけが動いているというか。もちろん、ダニのサッカーでは、ボールに寄るのではなく、スペースにポジションを取ってボールを引き出すことが約束事の1つにあるんですけど、そこに囚われすぎて変化を起こせずにいるなと感じていました。実際、背後に走る選手もほぼいなかったし、それぞれが自分の持ち場で1〜2メートル動くだけに終始してしまっていて…でもそれじゃあ、ボールは動いてもゴール前まで進んでいかないな、と。特に最近の試合は顕著に誰かを動かすために走る、スペースを作り出すために走るといった、いわゆる『無駄走り』をできる人が極端に少ないと感じていたので、とりあえず自分がピッチに立ったら背後にボール入れるとか大きく動くとか、とにかく動き回ろう、走り回ろう、と思っています。もともと僕は『誰がどう走って、そこに違う誰かがついてきて、結果、どこが空いてくる』みたいなことを瞬間的に捉える力には長けている方だと自負しているので、そこもしっかりやろうと思っています」

 シーズンが進むにつれて、序盤よりも相手がガンバ対策を講じてきている試合が増えたからこそ、なおさらその必要性を感じていたという。

「キャンプでの練習試合とか開幕してしばらくは正直、そんなにめちゃくちゃ頑張って背後に抜ける、とかしなくても、味方同士のちょっとした関係性だけでゴール前までいけたシーンもあったし、ボールから離れてスペースでボールを引き出すシーンも多く作れていたと思います。ただ、試合を重ねることで相手も僕たちの戦い方、サッカーに対策してきた中ではだんだん手詰まりになってきたというか。これは自分たちのサッカーがまだそこまで熟成されていないのもあると思うんですけど、相手に対応された時にそのままのやり方で精度を求めることばかりに執着して、それが自分たちの首を絞めるような状態になっていた。であればこそ、まずはその状況を大きく変えることが必要だなと思い、走ろうと。これはシーズンの序盤に試合をしていても僕自身、全然パワーを使っていないなと感じていたのもあります。で、なんでだ? って考えたら去年の終盤に比べて走ることが極端に減っていると気がついた。もちろん、去年とは全く違う戦い方をしているのも理由なんですど、ただ時にはボールを待っているばかりではなく、動き出さないといけないし、走らなければ状況を打開できない。…ってことを4月5日のルヴァンカップ3節のFC東京戦で再確認できたし、ちょうどコンディション的にもめちゃ良くなってきていたのでここからは…と思っていたら、その試合でケガをして離脱しちゃったというオチでした(苦笑)」

 5月頭に部分合流し、同16日から完全合流するまでの過程では、ケガのリハビリはもちろん、走力も意識してコンディションづくりに取り組んだという。

「FC東京戦で負った右膝の怪我は、足のつき方が悪かったというか。ジャンプしたあとボールが視界に入り、触れる! と思ったらそこに足をつくしかなくて。膝が伸び切った状態で着地した格好になったんですけど、メディカルスタッフによれば、僕じゃなくても、同じようなつき方をすると誰でもケガは避けられないだろう…というケガだったんです。そういう意味ではアクシデント的すぎて予防は難しいんですけど、ただ膝で踏ん張ろうとする体の使い方のところは改善の余地があると言われたので、そこに取り組みながら痛みが引くのを待っていました。結果、1ヶ月強の離脱になり…さっきも言った通りコンディションが良くなっていた時だったのでもったいないな、って思いはあったけど、昨年ほどの大事に至らなかったのでホッとしました」

 特に膝の状態が良くなってからは、昨年から取り入れている低酸素環境で走るトレーニングも復活させたと聞く。そういえば、先週水曜日にクラブハウスで顔を合わせた際も練習後「これから自主トレ行ってきます!」と目を輝かせていた。

「走れるようになったら世界が変わった」

 昨年、取材した際に聞いた言葉を、今も変わらずに感じ続けているということだろう。(https://news.yahoo.co.jp/byline/takamuramisa/20221101-00322129

 そしてその『走る力』を携えて山本がピッチに戻ってきたことと新潟戦、福岡戦での2連勝は決して偶然ではないはずだ。事実、直近の福岡戦も、前半の走行距離はチームで最も多い5.5キロ。チームでも運動量の多さで知られるファン・アラーノの5.4キロをも上回った。仲間にも勇気をもらっているという。

「福岡戦も後半は交代になってしまいましたけど、前半は個人的にはそこまで走った、疲れたという記憶はなくて。続けて先発した流れもあったからか、めちゃ体が楽やなって思いながらプレーしていたんです。でも結果的に走れていたということは、コンディションが確実に上がってきたんだと思います。また、チームとしても福岡戦の1点目のシーンもそうですが、ジェバリがしっかり(ボールを)収めてくれている中で、ゴール前に人が湧き出ていくような攻撃ができるシーンが増えているのも良い変化だと感じています。それは僕に限らずアラーノや秋くん、新潟戦ならヒデくん(石毛秀樹)とか、インテリオールの二人が単純に走れているから。仮にかわされて逆襲を食らっても頑張って戻れば良い、っていう走力とメンタリティで戦う選手がピッチに増えたことがお互いの勇気になっていい相乗効果が生まれている気もします。実際、攻撃にかかった際にあれだけ人数を割ければ選択肢は増えるし、得点も獲れ始めるだろうな、と。あとは、勝ちですね。当たり前のことながら戦い方以前に勝つことの効果は絶大で…新潟戦は内容としては理想からは遠かったですけど、攻守にみんながしっかり走っていたし、自分自身も誰かが空けてしまったスペースをきちんと埋めにいくとか、そういう地道な作業を切らさずにやりきろうと思っていた中で結果が出た事実が、みんなの気持ちを相当軽くしたんじゃないかなと思います。それもあって福岡戦でまたしてもセットプレーで失点した後も…あれは本当に改善しないといけないですけど、そこまでガクッとはこなかったですしね。ピッチにも『大丈夫、大丈夫』みたいな雰囲気はあったし、後半は押し込まれましたけど、悲壮感なく戦えている感じはしました」

いろんなタスクは頭に入れながらも、「楽しんで」プレーすることも山本らしさだ。写真提供/ガンバ大阪
いろんなタスクは頭に入れながらも、「楽しんで」プレーすることも山本らしさだ。写真提供/ガンバ大阪

 そしてもう1つ。山本が離脱前に比べて好感触を得ているのは、試合中、仲間と目の合う回数が増えたこと。それはチームの成熟を意味するものでもある。

「僕が離脱している間、負け続けている中でもなんとかみんながダニのサッカーを形にしようと取り組んできたことが、少しずつ『チーム』になってきたのかなと。それぞれが頭で考えなくても体で反応できるようになってきたせいか、試合中にいろんな選手と目が合うようになってきました。前線の選手はもちろん、センターバックがこっちを見ているなとか、そういうシーンが増えたのも良いことだと思います。ただ、まだまだ極められることはたくさんあるし、この2試合もそれぞれが出し切った中での勝利だと思うので。引き続き、それぞれが出し切ることをサボらずにやり続ければ、必然的に白星の数も増えていくんじゃないかと思っています」

 走って、戦うというベースの上に、足元の技術を光らせて。山本悠樹の戦列復帰は今、確実に勝利につながる道筋を作り出している。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

高村美砂の最近の記事