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<ガンバ大阪・定期便44>「走れるようになったら世界が変わった」。山本悠樹が手に入れた走る力。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
FC東京戦以来、先発のピッチで輝きを見せている。 写真提供/ガンバ大阪

■ジュビロ磐田戦で決めた狙い通りのアシスト。

 普段は冷静でクールな山本悠樹が、喜びを爆発させたのがJ1リーグ33節・ジュビロ磐田戦での先制シーンだ。66分。相手DFの間にポジションを取り、黒川圭介からのパスを受けると、トラップで少し時間を作ってバイタルエリアにパスを通す。イメージ通りの強さ、軌道の『アシスト』で食野亮太郎のゴールを生み出した。

「まず、あのシーンの前にアラーノ(ファン)がスプリントで仕掛けてくれて時間を作れていたのが1つと、起点となった弦太くん(三浦)がカウンターを仕掛けるにあたって、前線の意図を感じてくれて、圭介までボールを飛ばしてくれたのも結構デカかった。あと個人的には貴史(宇佐美)くんがサイドに広がった時に追い越していく動きを意識していたのでいいポジションが取れたのと、トラップをしながら『誰かがそこにいてくれたらいいな』と思っていたところに亮太郎(食野)がいてくれた。そんないろんな流れが組み合わさってゴールに繋げられたんだと思います」

 会心の笑顔にも理由があった。

「最近はまずは攻守にしっかり走って、大事なところに『いる』ことを当たり前にしたいと考えているというか。楔のパスを通してやろうとか、決定的なパスを出したいという思いもあるけど、それよりもまずはちゃんと走って攻守に大事なところに『いる』ことに軸を置いている。今日もそれをベースにボールを奪ってからの仕事をしようと思っていた中でチームとして意図的にボールを動かし、的確に僕も求められる仕事を遂行できてゴールまで持っていくことができた。ああいうシーンが増えてくると、バイタルエリアでフリーになれる選手も出てくるし、怖い攻撃も仕掛けられる。もっとも、前半はその奪ってからの仕事のところでパスが何本かズレてしまい…それは反省点として残ったけど後半、自分に求めている『走ること』をベースに必要な仕事ができたのは自信にしていいのかな、と。欲を言えば、ゴールが取れたら理想でしたが、パト(パトリック)に邪魔されたのでまた次の機会を待ちます(笑)」

ゴールを決めた食野亮太郎と喜びを爆発させた。 写真提供/ガンバ大阪
ゴールを決めた食野亮太郎と喜びを爆発させた。 写真提供/ガンバ大阪

 実は試合の2週間前に取材をした際、「そろそろ僕のところにもボールがこぼれてきて、点が取れたらいいなって思っています」と話していた。29節・FC東京戦以降、チーム内でもトップ3に入る走行距離を叩き出していることについて尋ねた時のことだ。その『走力』についての話は後述するが、「これだけ走っていたら何か、いいことがありそう」と笑っていた。

 そのチャンスが訪れたのが、90分だ。自陣でセカンドボールを味方に繋げた上でゴール前まで一気に駆け上がった山本悠に、右サイドのファン・アラーノから絶妙なパスが送り込まれる。だが、ペナルティエリア内でパトリックと衝突しシュートは打てなかった。

「絶対に決められる展開でしたね(笑)。アラーノも、きっとパトが相手DFを引きつけたところにマイナスのパスを出すイメージだったはずだし、どう見ても僕に合わせてくれたのに、パトがこっちに来ちゃってビックリしました(笑)。終わってからパトにツッコんだら、本人は『聞こえないよ』と。『いやいや、そこは感じてよ』と返しました(笑)。ま、大事な追加点を決めてくれたのでいいんですけど、せっかくなら僕も取りたかったな」

■ケガから復帰後、示し続けている進化の理由。

 明らかに進化している。

ピッチに立つ山本悠に、そんな印象を抱き始めたのは先にも書いたJ1リーグ29節・FC東京戦だ。この試合で約5ヶ月ぶりに先発を預かった彼は、以前から定評がある攻撃センス、アイデアを存分に発揮しながらチームを加速させる。結果的にゴールはこじ開けられず、スコアレスドローに終わったが、圧巻の運動量で攻守に顔を出しながら、ほとんどミスなくボールを配り、効果的に前線に絡み続けた。チーム最多の走行距離(11.850km)もさることながら、彼が自分に課していた「ビルドアップの出口になる」シーンが数多く見られたのも印象に残った。

「相手がどこでボールを奪いたいのか、逆にどこが空いているのかを、試合前に頭に叩き込んでいた。その1つがアダイウトン選手の背後だったのでそこをいかに使えるかを常に考えて、視界に捉えていたし、あそこで受ける人がいないとこれまでと同じような展開になると思っていたので、そこは思い切って、仮にミスが出たとしても臆さずにやろうと思っていました」

 その『進化』が確信に変わったのが、さらに試合を重ねた10月8日のJ1リーグ32節・横浜F・マリノス戦だ。この試合で彼が走った距離は、両チーム合わせても最多の12.039km。本人は「試合内容的には、その前の柏レイソル戦(10.807km)の方がめちゃめちゃきつかった」と振り返ったが、同時に手応えも口にした。

「マリノス戦は正直、相手がほぼボールを持っていて、攻撃できなかったので走る質としてはそんなにキツくはなかったです。ただ、数値にも表れている通り、ここ最近の試合では走れている実感はあります。それが自分のプレーの幅を広げることにも繋がっているんじゃないかということもなんとなく感じています。それこそ、マリノス戦の終盤、左から理仁(山本)にクロスを上げたシーンとか、ああいうところに出ていけるようになっているのはそれを示していると思うし、そういう意味では今、すごく成長を感じながらサッカーができています」

 その横浜FM戦後、彼に思いあたる進化の理由がないか、尋ねてみる。可能性の1つとして「怪我からの復帰後、定期的に取り入れている個別トレーニングの効果かも」と教えてくれた。

「以前から、もっと走れる選手にならなければいけないということは何となく思っていて。めちゃめちゃ速く走れるようになるのは無理でも、70〜80%でずっと走り続けられるようにはならなくちゃいけないな、と。いや、試合によってはなんとなくそれが出来ることもあるんですよ。でも、90分を通してとか、長い距離を走れていたわけではなかったし、僕にはずば抜けた才能がないからこそ高い強度で走れる能力はずっと必要だと思っていました。で、何か走れる力を備えられるトレーニングはないかなと探していたら、高地トレーニングというか、低酸素環境で走るトレーニングに出会って。試しに週1回のペースで取り入れてみたら、次第に高強度で長い距離を走れるようになった。と言っても、低酸素なのでそんなに長い時間、取り組んでいるわけではないし、それだけが理由なのかはわからないです(笑)。でも、例えば以前なら守備で『ああ、しんど〜』となっていたところで、ちゃんと走り切れるとか、ビルドアップのところでも休まずに走れることが増え、めちゃめちゃ強度の高い試合でも『なんか、走れるな〜』と感じられるようになった。しかも、走れるようになったらこんなに世界が変わるんや、みたいな感覚も得られるようになり…それが嬉しくて今も続けています」

 しかも、走る力を備えられたことは、ボランチを預かる彼にとって不可欠な『ポジショニング』に絶大な効果をもたらした。

「どのプレーでも後手を踏むとしんどいというか。例えば守備で、相手に先に動かれて『ついていかなアカン』ってマインドになると、どうしてもしんどくなるじゃないですか? でも、自分が走れるようになれば、常に優位に立ってプレーできるというか。予測して先にポジションを取って動ければ、必ず自分の方が先に触れるし、ボールも受けられる。相手に細部のところでプレーを変えられたとしても、あっちにいかないと、こっちを閉めないと、みたいに振り回されている感がないのはプレーしていてもすごく楽。もちろんそこには的確な判断が不可欠ですけど、その判断のもと早く動けてポジションを取れれば、結果的にプレーしている時間も長く作れますしね。気持ち的にも先に自分が動くことで、相手についてこられたところで触れないでしょ、的な心の余裕も生まれる。それはすごく意味があるなって思います」

■ジュビロ磐田・遠藤保仁と対峙して感じたこと。

 その言葉を聞いて頭に浮かんだのが、遠藤保仁(磐田)だ。以前、彼も走ることとポジショニングの親和性について、今回の山本と似たような話をしていたことを思い出し、山本悠に伝えると「今の僕なら、めちゃめちゃそれがわかります!」と返ってきた。

「ヤットさんって見た目、ゆっくり、ゆっくり動いているように見えて、走行距離で見るとチーム内でも上位だったりする。それはきっと、先に予測して走って動いて、ポジションを取っているから。つまり、走っていないようでいて、誰よりも走っているということなんじゃないかと思います」

 ところで、その事実は冒頭に書いた先日の磐田戦で、確認できたのだろうか。試合後、敵として向き合った遠藤について尋ねてみる。この日の試合前日、「ヤットさんから前向きに出されるパスはいやらしい。可能な限り出させないように、ボランチが厳しくいかないと」と話していた山本悠は、公式戦で対峙した遠藤にどんなことを感じたのか。

「とにかく、嫌なところにいるな、というのが第一印象です。ワンタッチ、ツータッチでパスをさばくのがヤットさんのスタイルだと理解しながらも、ポジショニングが的確なのと、常に目線を外されていてどこを見ているかわからないから、簡単には飛び込んでいけない。あそこで奪うことができれば、チャンスになるのもわかっているから取りにいきたいんですけど、実際、飛び込んでいくと自分の背後を使われるし、逆に奪いにいかなければ出て来られるし、ここに出すんだろうなという雰囲気を漂わせながらボールを後ろに戻したり、ターンするかもなと匂わせておいてパスを出したり。そういう瞬間、瞬間のギリギリの判断に澱みがないし、こっちの出方に応じて瞬時に判断を変えてくるプレーがすごく嫌で、特に前半はなかなかボールを取りにいけなかった。やっぱり素晴らしい選手だと思ったし、学ぶことも多かった」

今シーズンは右膝軟骨損傷で長期離脱を強いられ、約4ヶ月間戦列を離れた。写真提供/ガンバ大阪
今シーズンは右膝軟骨損傷で長期離脱を強いられ、約4ヶ月間戦列を離れた。写真提供/ガンバ大阪

 そして、その遠藤を感じながら、この日も彼はチームで2番目に多い11.543kmを走り抜いた。

「最近は走ることが当たり前になってきているからか、いい状態でボールを触れることも多いし、もともとボールをたくさん触りたいタイプだからこそ、試合が進むにつれて自分が乗っていける感じもする。今日もその感覚は持ちながらプレーできました。なのに、もうシーズンが終わってしまうというのが…自分がケガで離脱していたから仕方ないんですけど、残念というか。まだまだ試合を戦いたいのにもう終わっちゃうの? 的な感覚はあります(笑)。ただラスト1つ、本当に大事な試合が残っているので。今日の勝ち点3を無駄にしないためにも、次の鹿島アントラーズ戦がすごく大事になるし、鹿島に勝ってこそ今日の勝ちが意味を持つ。個人的にもそれを実現して初めて何かを成し遂げられた気持ちになる気がしているので、とにかくあと1つ、気を引き締めて、でもサッカーを楽しみたいです。そのために『まずは今日もしっかり走りましょう』と自分に求めて頑張ります」

 高強度で走れるという自信を、サッカーを楽しみ、自分らしく戦うことに繋げて。鹿島戦も、山本悠樹は更なる進化を求めて、ピッチを駆ける。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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