<ガンバ大阪・定期便120>坂本一彩。自信を積み上げながら、21歳で達成した『二桁』の軌跡。
J1リーグ第38節・サンフレッチェ広島戦。2-0で迎えた89分。坂本一彩が今シーズンの目標の1つに据えてきた『二桁』に乗せる、この日2点目のゴールを叩き込むと、中谷進之介や福岡将太、福田湧矢らチームメイトは両手を使って「10」の文字を作り、祝福した。
「みんなが喜んでくれて、めちゃくちゃ嬉しかったです。ダニ(ポヤトス監督)にも、この間の新潟戦で1対1を外したあとも『次、次、次があるよ』と言ってもらえていたので、決めたいという気持ちはすごくありました」
と言っても、試合が始まるまではそこまで強く『二桁』を意識していたわけではなかったが、13分という早い時間帯に1点目を決められたことで「いけるぞ」という気持ちになったという。
「試合前は2点決められるとは全然思っていなかったです。でも1点取って…しかも時間帯も早かったので、いけるな、って思いました。シンくん(中谷)が2点目を決めてくれて、チームにも自分にも余裕ができたこともすごく大きかったったです」
左サイドのウェルトンから流し込まれたボールにあわせてワンタッチで左足を振り抜いた先制点も、2-0のリードを奪う状況下、「溢れてくる予感」を感じて走り込んだ2点目も、坂本の技術とストライカーとしての嗅覚が詰まった『らしさ』満開のゴールだった。
■時間がかかったシーズン初ゴール。浦和レッズ戦で決めた「チームを勝たせる」ゴールが自信に。
ファジアーノ岡山への期限付き移籍から復帰した今シーズン。彼にとってのプロ3年目は、決して自信満々にスタートしたわけではなかった。沖縄キャンプで話を聞いた時も、むしろ不安を口にしていたほどだ。
「僕がいない間に監督も、サッカーも大きく変わったので。去年、岡山でやっていたサッカーとも全然違うし、僕は他の選手のようにダニのサッカーに対する去年からの積み上げもない。そこは正直、一番不安です。自分がどう適応していけるのかもそうだし、正直、点を取るイメージも描けていないです(苦笑)。ただ、J1リーグでプレーしたプロ1年目も僕なりにやれるなって思えたところもあったので。その感覚を信じて、難しく考えず、まずはチーム戦術を理解することを心掛けながらプレーしていこうと思います」
時間の経過の中で確かな自信を掴んだのは4月の後半あたりだったか。開幕戦からコンスタントにメンバー入りを果たしてはいたものの、明確な結果を残せずにいた中で、第7節・北海道コンサドーレ札幌戦で今シーズン2度目のスターティングメンバーに名を連ねると、パナソニックスタジアム吹田で戦った第8節・サガン鳥栖戦で復帰後初ゴールを決める。
「久しぶりに『ガンバで点を決められた』のがすごく嬉しい。ここ数試合、先発で使ってもらっていながら結果を残せず…歯痒いというか、自分では物足りないんじゃないか、と思ったこともあっただけに、こうして結果を残せたのはすごく自信になる。ここからまたチームの力になっていけるように頑張っていきたいです」
続く浦和戦では、4万人を超える真っ赤に染まった埼玉スタジアム2002で、チームを勝利に導く決勝ゴールを叩き込む。このゴールは彼にとって大きな『きっかけ』になった。
「点が取れない時に『焦ったらアカン』というのは岡山時代に気づいたこと。なので、結果が出なくても普段の練習から自分のやるべきことをしっかりやろうと集中できていたことが良かったのかもしれないです。あと、そろそろ取らなきゃと思う反面『入らない時は、入らない』と開き直るくらいのマインドになれていたことで肩の力も抜けたのかも。…とか言いながら鳥栖戦で決められて、翌週の練習に行ったらめちゃめちゃスッキリしたような感覚があったから、たぶん意識しないところで力みはあったんだと思います。その力みが鳥栖戦のゴールで取り除けて、浦和戦はいい意味で、より楽な気持ちで試合に向かえたし、立ち上がりから相手にボールは握られましたけど、慌てずに戦えた。準備してきたこともしっかり出せました。ゴールシーンについては、あまりよく覚えてないですけど、とりあえずゴール前だったから足を振り抜いたら枠に飛んでくれました」
さらに第10節・鹿島アントラーズ戦でもゴールを決めて『3試合連続得点』と勢いを見せた坂本だったが、5〜6月は取れずに苦しんだ。もちろんそれ以外での仕事――ボールを収めて前線の起点になる、効果的なポジショニングで攻守の繋ぎ役になって攻撃を前に進めるといった存在感は確かに示していて、だから先発のピッチを任されていたはずだが、7月はアウェイでの第23節・サガン鳥栖戦の1得点、8月は第28節・アビスパ福岡戦の1得点に留まる。
「僕は熊本出身ですが、プロになって九州の地でゴールを決めたことがなかったので、初めて九州でゴールを決められたのは嬉しかった」
その時期は、イッサム・ジェバリのケガによる戦線離脱もあり、後半途中から流れを変える切り札としての起用が増えたことも影響したはずだが、福岡戦以降は再び、2ヶ月近くゴールから遠ざかった。
ただ、そうした状況に置かれても、大きく調子を落とすことはなかったのは特筆すべきだろう。事実、限られた時間の中で、ゴールはなくとも、確実に『爪痕』を残した試合は多く、例えば、第27節・ヴィッセル神戸戦で90+5分に生まれた中谷のゴールは坂本のパスがアシストに。さらに、第32節・東京ヴェルディ戦で74分にダワンが決めたゴールも、坂本の正確無比なワンタッチでの落としからチャンスを見出している。それらに代表されるプレーはすべて、この期間に坂本が今一度取り戻した『原点』がきっかけになった。
「先発で出ていた時は体の疲労も考慮して、シュート練習をしない日も作っていたんですけど、ベンチスタートが増え始めてからは、毎日シュート練習をするようになったんです。実際、あの時期は、自分で打てる場面でもパスを出してしまっていたので、練習でシュートを打つことで足を振る意識をもう一回取り戻そうと思っていました。というのも、僕は結構、遠慮がちな性格なので(笑)。ゴール前に行ったら自然と足が振れる状態を作っておかないと、打てるシーンでもパスを選んじゃう気がして…。っていうのもあってシュートをたくさん打って、足を振るってことを体に染み付かせておけば、試合でも勝手に足が動くかなと。その感覚を取り戻せたのは、自分にとって大きかったかも知れない」
それを証明したのが、第35節・名古屋グランパス戦で決めた、自身初の複数得点だ。相手に先手を取られる展開になったものの、ガンバは21分、28分に坂本が決めたゴールで逆転に成功。その後、再び同点に追いつかれはしたものの、78分に福田湧矢のゴールで突き放し、勝利に繋げた。
「1点目は目の前に来たから蹴るだけでしたし、2点目は前を向くつもりはなかったんですけど、ファーストタッチが前にずれたことで前を向けて、シュートを打ったら運良く入った。イメージとしては内側にトラップして、ダワンとか、自分より後ろにいる選手に1回つけようかなと思ったんですけど、思ったよりトラップが内側に入ったから『あ、前を向ける!』と思ってシュートを選びました。ただハットトリックのチャンスもあったし、なんならあと2本くらいビッグチャンスがあったので悔しいですね。後半の(70分の)シーンとかはもうちょっと強引に行ってもよかったかも知れない。おかげでヒーローの座も湧矢くんに持って行かれてしまいました(笑)」
■「宇佐美さんにいつまでも頼ってばかりではダメ」。点を重ねるごとに備えるようになった自覚と覚悟。
以降の覚醒は特筆するまでもないだろう。続く天皇杯準決勝・横浜F・マリノス戦では延長にもつれ込む激闘になった中で、120+5分にドリブルで前線に抜け出した坂本は、足を攣りかけながら左足を振り抜いて決勝ゴールを奪う。再びJ1リーグの戦いに戻った第36節・ジュビロ磐田戦でも、後半アディショナルタイムに同点に追いつかれる展開の中、再び90+3分に相手を突き放すゴールをぶち込んだ。
「点が取れるようになってきて、周りにも認めてもらえるようになったというか。試合中、仮にチャンスで決められなくても周りから『いいよ、次、次!』みたいに言ってもらえる分、気持ちがより楽になった気がするし、実際にその後もパスが出てくるというか。シーズン当初に比べたら断然、周りからの信頼も感じます。いや…前からそんな言葉は掛けてもらっていたと思うので、きっと僕の気持ちの問題ですね(笑)。ゴールを取れているという自信が、自分をより強気にしてくれたんだと思います。あとは、チームが戦術的に成熟してきたのもあるかも知れないです。どこに動けば、どこが空くといった連係が深まったことでよりゴールに近づけるようになった」
これで8ゴール。
「ここまできたら、二桁を狙いたい」
力強い宣言に漂わせた自信は、冒頭に書いた最終節・広島戦で現実となる。天皇杯決勝で敗れた悔しさと、キャプテン・宇佐美貴史不在の試合で無得点に終わった責任を自分に向けて試合を迎えていたのも印象的だった。
「ここまで宇佐美さんに助けられた部分もたくさんあったし、いいアシストもしてもらっていたのは事実ですけど、宇佐美さんがいなくても結果を出せるようにならなくちゃいけない。いつまでも頼ってばかりではダメだって思いもあります。決勝もチームとして良い流れの時間帯もあったので、そういう場面でもっとシュートを打つなり、自分で運んでいくなり、できることはあったはずで、結局勝負を分けたのも、前線の決定力の差だったと考えても悔しいです。直前の磐田戦で最後の最後で点を取れたから、ダニは神戸戦も僕を信じて最後までピッチに残してくれたと思うし、だからこそ、点を決めるとか、チャンスを作らなきゃって思っていたけどなかなかそういう流れには持っていけなかった。だけど、試合はもう戻ってこないので。この経験を無駄にしないためにも、残りJ1リーグの試合をただの消化試合にしたくない。自分が達成したい『二桁』に届くチャンスもあるから、しっかりチームとしても勝って、自分も結果を残してまた来年に繋げたいと思っています」
その言葉に照らし合わせても、十二分に来年につながる『二桁』になったといっていい。シーズン序盤、最初の1点目が生まれなかった時期から事あるごとに「いつ取るんだ? あれ、決められただろ?!」と坂本にハッパをかけ続けていた中谷も、試合後、坂本の『10得点』を自分のことのように喜んだ。
「いやぁ、嬉しかったですね。やっぱり一彩は、すごいです。こぼれ球に反応できたのも、あれを狙って動いている選手にしか決められないゴールだと思うし、あそこで反応できる選手で、ストライカーで、しかも若くて、ファーストタッチも巧くって…ってもう絶賛ですけど(笑)、本当に素晴らしい選手だなと思います。『二桁』取るって言って成し遂げたのも本当にすごい!(中谷)」
ちなみにプロ3年目にして37試合出場10得点は、坂本がガンバ大阪ユース時代にFWとしての極意を学んだアカデミーストライカーコーチで、アカデミーの大先輩でもある大黒将志をも凌ぐ数字だ。大黒は現役時代、プロ5年目に『二桁』を達成したことと比べても、だ。
ただし、その翌年に大黒は一気にその数を倍の『20』に増やし、クラブ史上初のJ1リーグ制覇を実現した05年にも16得点を挙げる活躍を見せるなど、3年連続の『二桁』を実現している。
「FWをしていたら、まぐれで二桁取れるシーズンはきっとあるんです。でも、FWとしてプロの世界でほんまに生き残っていこうと思ったら、点を取り続けないとアカン(大黒)」
かつて、大黒が語った覚悟は、間違いなく坂本のDNAにも刷り込まれている。今シーズンの結果に微塵も満足した様子がないのも、その証拠だ。
「去年の岡山では、J2リーグでも4点しか取れなかったし、今年もシーズンが始まる前はそんなにたくさん試合に出られるとか、思っていなかったので。何点取れるかなって不安の方が大きかったことを考えると、よく取れたなって思う自分もいます。けど、周りの選手に取らせてもらったゴールもたくさんあったし、まだまだ決められるチャンスもあったので。それに、今シーズンは、点を取れたことで自分に自信が持てるようになって成長できたと考えても、まだまだ取って、まだまだ大きな選手になりたいです」
シュートの感覚をその身に染み込ませながら、着実に数字を重ねることで膨らませ続けた自信は、来シーズン、きっと、もっと大きな驚きを生む。