歌舞伎を見る前に知っておきたい「隈取(くまどり)の意味」 〜5分で読める歌舞伎入門
こんにちは。堀越です。
歌舞伎の舞台で役者に掛かる「松嶋屋!播磨屋!」などの掛け声や、それをする常連客のことを大向うと呼びます。私が大向うを始めて25年余りですが、その経験を生かしながら歌舞伎の魅力や楽しみ方をわかりやすくお伝えしていきたいと思っています。
今回は歌舞伎といえば思い浮かぶあの化粧、隈取のお話をしていきます。
◆隈取はキャラクターや感情を誇張している
歌舞伎の化粧はかなり素顔に近いものから、隈取のように様式性が際立つものまでたくさんのバリエーションがある。ごく稀に誤解があるようだが、隈取は歌舞伎の中でも特別な化粧法で、どんな役でも隈取をするわけではない。
さて、隈取の特徴を一言で言うなら「その人物のキャラクター(性格)や、その時の感情を強く誇張する化粧法」だ。個々のキャラクターを一目でわからせる効果があり「あ、こりゃ悪いヤツだな」「これはみんなを助けに来たヒーローなんだな」ということが直感的に伝わる効果もある。
マンガでヒーローや悪役を「いかにもそれらしく」描き分けることがあるが、それに似ているかもしれない。
ちなみに、隈取と京劇(中国の伝統演劇)の化粧はよく比較されるが「似て非なるもの」とする説が有力だ。京劇の化粧は素顔を完全に隠す「仮面」に近いが、歌舞伎の隈取はその役者の顔を「強調する」ものだからだ。その証拠に、隈取は血管や筋肉の流れに沿って描くものだとされていて、役者自身の個性を生かすことが大切だと言われている。
◆赤は熱血漢、正義のヒーロー
一般に隈取のイメージが強いのは赤色だろう。赤は基本的に正義漢や熱血漢であること、強い怒りの感情を表している。
たとえば市川團十郎家の『歌舞伎十八番のうち暫(しばらく)』の主人公・鎌倉権五郎や『菅原伝授手習鑑 車引(くるまびき)』に登場する梅王丸というキャラクターの隈取は筋隈と呼ばれ、非常に強い正義の心が悪への怒りで爆発したものとなっている。
これらの役は髪の毛が逆立ち、一人では差せないような大太刀を腰にするなど、衣装も道具も非常に大きい。要は怒りによって超人化・巨大化しているのだ。変身ヒーローが怒りの段階や修行によってフォームチェンジする源流はここにあると考えても良いかもしれない。
筋隈以外にもシンプルな若々しい正義心と色気も感じさせる「剥き身(むきみ)」、やんちゃさがある「一本隈」、落ち着きと力強さを兼ね備えた「二本隈」などがある。
◆青は高貴な身分の悪人
青い隈取は「藍隈(あいぐま)」と呼ばれて、身分の高い公家などの悪人、それも国を簒奪(さんだつ)しようと企んだり、国家転覆などを狙ったりする巨悪を表している。
赤の怒りや正義心と真反対で、不気味さや人を人とも思わぬ恐ろしさを感じさせる効果がある。
なお、青を使う理由は、高貴な身分のものには一般人と違う青い血が流れている。あるいは心も凍るような冷たい血が流れていることを象徴すると言われる。
ちなみに、英語でも貴族は「Blue blood(ブルーブラッド)=青い血」と言う。洋の東西で同じ表現が選ばれたと思うとたいへん興味深い。
なお英語の語源は「貴族は日に当たることが少ないため肌がとても白く、青い血管が透けて見えるため」だそうだ。
◆茶は妖怪変化
「茶隈(ちゃぐま)」は呼び名はどこかかわいいようにも思うが、人ならぬ妖怪変化のたぐいを表している。
代表的な役としては『土蜘(つちぐも)』の主役である土蜘の精や、『紅葉狩(もみじがり)』の鬼女などで、茶色い隈取によってたいへん不気味な存在感を放つ。
赤・青に比べて、茶を使う理由について明確な説は定まらないが、得体の知れない妖しさを感じさせるためということなのだろう。
なお、人間でないものとして長唄舞踊『連獅子(れんじし)』の後半に登場する獅子の精があるが、こちらは赤い「剥き身」の隈取である。これは獅子が神性を宿した霊獣(れいじゅう)だからで、妖怪変化ではないからだ。
◆直感を信じよう
さて、隈取の基本をご案内してきたが、これらは基本の3色であって、タイトル画像にあるように他の色を使ったり、組み合わせたりと、役によってバリエーションが多くある。また、役者が新しい隈取を工夫することもある。
いずれにせよ隈取はその役のキャラクターや感情を誇張しているという原則がわかっていればよくて、パッと見の直感はほぼ正しいと思ってかまわない。
このような視点でいろいろな隈取のデザインに注目すれば、いっそう楽しく舞台を見ていただけると思う。
◆和菓子の老舗「とらや」でも!
最後に変わり種をご紹介しておこう。
和菓子の老舗「とらや」では、京都四條南座店限定で虎を隈取としてパッケージにデザインした「夜の梅(羊羹の定番商品)」を販売している。たいへん洗練されたデザインで、お土産にも喜ばれる一品だ。
なお、寅年の2022年に限り7月4日から12月26日までの期間は東京・歌舞伎座の売店でも取り扱ってくれるとのこと。歌舞伎座に行かれる方は、ぜひこの機会にチェックされてはいかがだろうか。