雑居家族という住まいと暮らし
一歩足を踏み入れたとき、なつかしさが心にあふれてきた。その空間にはひとりの個性や一家庭の価値観がまったく反映されていない。むしろ、さまざまな人間が持ち運んだ「自分の暮らし」が同居している。汚れているわけでも、散らかっているわけでもないが、まとまりはない。しかし、そこには確かにひとが暮らしている匂いが色濃くある。
若者の自立支援とワークキャンプを提供するNPO法人good!は設立から18年目を迎え、国内外で開催されるワークキャンプ参加者も延べ3,000名を超えた。
good!の活動を知ってから10年ほど経ち、筆者は初めてその事務所および居所を訪れた。なつかしさがこみ上げたのは、筆者自身もここと同じような環境で育ったことに起因する。まさに血のつながらない家族、出入りのあるきょうだい、そして、整理整頓されない居心地のよい空間だ。
代表の磯田浩司氏は、学生時代に海外を放浪し、米国留学を経て、日本の不登校児童が多く通う学校に長期でかかわったことがきっかけだ。自分が想像もつかない価値観のなかでもまれることで、視界が開けた経験。そして、多様な価値観が認められず自宅にひきこもったり、生きづらさを感じている子どもや若者たちのため共同生活とワークキャンプの機会を提供するために起業した。
特徴は、不登校やひきこもり経験者だけが共同生活をしているわけではないことだ。一緒に暮らす家族には大学生もいれば、ビジネスパーソンもいる。ワークキャンプへの参加をきっかけに、他者と密度の高い空間で暮らすことが心地よく、そのまま寮に入ることもあれば、みんなで食べるご飯、自分が求めるときに集える空間を求めて、近いところに住まいを選ぶ若者もいるという。
それが雑居家族という形態を生み、また、柔軟に出入りできる空気はひとのぬくもりを感じたいときだけ足を運べる気楽さがある。代表の磯田氏だけでなく、職員にも家族がおり、子どもたちもまたgood!の空間に出入りしているため、子どもにとってもたくさんの大人とのコミュニケーションがとれ、また、大人にとっても子どもたちとかかわることのできる環境であることも魅力的だ。
筆者が訪れた日のランチはオムライスとカルパッチョ。食事は基本みんなで作るが、職員の佐藤氏がもともと料理人であったこともあり、本格的な料理を学び、食べることもできる。食べ終わればお茶が出てきて、そのまま好きな場所、好きな人間との語らいがここかしこで生まれる。もちろん、のんびり漫画を読んだり、テレビをみながらだべることもできる。コミュニケーションを強要されない場所でもあり、何となく自分から話かけるのが苦手な若者にとっては、誰もがつなぎやくとなるため自然と会話に入ることもできる。
そのような自立支援と共同生活を求めて、少なくない若者がgood!に出入りし、都合がつけば国内外のワークキャンプに参加している。ひとつのコミュニティー機能も担っているのがここの特徴だ。
このような空間は、人間関係の密度の高さもあって不登校やひきこもり状態の若者がすぐに足を運ぶのか疑問が浮かんだ。特に家庭訪問といったアウトリーチ活動をしていないgood!はどのように若者と接点を作っているのだろうか。
磯田氏:'''保護者からの問い合わせは多いです。「どうしたらいいのでしょうか?」というご相談も受けます。しかし、私たちは家庭訪問をしていませんので、まずはお話をお聞きする。そしてgood!の活動を伝えて、お子さんが関心を持つようであればご家族またはご本人だけで来られます。
ウチの活動が特殊なのは、自立支援的な側面を持ちながら、エンパワーというか活動に参加することで元気になることが併設されており、後者に関してはワークキャンプになりますが、これを見て、勇気をもって連絡してくれる若者もいます。'''
自立支援のなかで家庭訪問(アウトリーチ)を持たない団体は少ないが、それでもgood!を訪れる若者が多いのは、このワークキャンプというコンテンツを持っているからだろう。国内外にかかわらず、自らが知り得ない価値観や世界観のある場所に行ってみたい、ここではないどこかでチャレンジしてみたいという若者にとって、ワークキャンプは魅力的なのだという。
磯田氏:ワークキャンプは誰にとっても意味があると思っていますが、特に高校三年生くらいがいいと思っています。その前だと親に行かされたと感じる子どもがいるからです。18歳、23,24歳くらいで価値観を揺さぶられることで、刺激に対する変化が最大化するように思います。ただし、「変わりたい」と強く願って来てしまったり、周囲から「変わるよ!」という言葉を受けすぎると期待値があがってしまいます。確かに価値観が変わったり、自らの行動が変化したりしますが、むしろ、何年も後に振り返ったらワークキャンプがきっかけであった、ということが望ましいと思っています。
ただし、ワークキャンプのような宿泊を伴い、見知らぬひとたちと行動を共にするプログラムは結構あるが、それでもgood!が選ばれ、若者を惹きつけるには理由があると言う。
磯田氏:うちは圧倒的に面倒くさいかかわり方をちゃんとします参加者同士や地元の方や現地人とは放っておいても仲良くなります。しかし、それは学校やバイトで仲良くなるのとあまり変わらないレベルです。そういう表面的なコミュニケーションを越えて、何か一言いったら「で、そこはどうなの」「どうしてそう考えるの」と言葉を紡いでいきます。だから圧倒的に面倒くさいわけです。それでも、そういう面倒くささをどこかで求めている若者がおり、本音を出すこと、自分の思っていることを伝える経験によって、より強いつながりを持った仲間になっていくんです。
筆者は毎年大学で受け持つ講義のゲストに磯田氏を招いているが、少なくない生徒がワークキャンプに興味を持ち、そのなかで数名がワークキャンプに参加をする。旅行でもなく、留学でもない、ワークキャンプというコンテンツは学生にとって不思議な魅力をはらんだ機会に映るようだ。