「お笑いのある世界に生まれてきてよかった」空気階段の『キングオブコント』優勝までの軌跡
いよいよ本日10月8日、TBS『お笑いの日』内で『キングオブコント2022』の決勝戦が行われる。岡野陽一と吉住による「最高の人間」がユニットで初めて決勝進出を果たすなど大きな話題となった今年、優勝するのはどのグループになるのか注目が集まる。
昨年の大会は、「史上最高レベル」「神回」などと称された。その中でも頭一つ抜けて歴代最高点も獲得し優勝したのが空気階段だった。
今年の『キングオブコント』を前に今一度、空気階段の優勝までの軌跡を振り返ってみる。
吉本のコントを復活させる
「お笑いのある世界に生まれてきてよかったです」
2019年、空気階段は初めて『キングオブコント』の決勝に進出した。9位に終わったこの大会でファイナルステージ進出の道が絶たれた瞬間、水川かたまりはそれでも満足気にそうコメントして会場を沸かせた。
2011年、吉本の養成所・NSC東京17期生として出会った水川かたまりと鈴木もぐらは、在学中それぞれ別々のコンビで活動していた。かたまりは「デデ」、もぐらは「マージナルマン」だ。
「お笑い氷河期といわれる時代に、なんでこんなところに来てるの?」(※1)
NSCの講師からはそんな言葉を投げかけられたこともあった。漫才はともかく、コントを披露する場は皆無に近かった。
それでも、もぐらはコントがやりたいと思っていた。だから「暗い奴」という第一印象だったが「コントが好きそう」だと感じたかたまりに声をかけることにした。事実、かたまりはNSC時代、漫才をした時に講師に厳しい指摘をされもう漫才はやりたくないと思っていた。
板橋本町のベローチェにかたまりを呼び出したもぐらは、熱く語りだした。
「今、現状、東京吉本のコントに勢いがない。俺とお前が組めば化学反応が起きる。絶対に吉本のコントを復活させることができる!」(※2)
最初は断ろうと思っていたかたまりだが、話を聞いていくうちに気持ちが揺らいできた。
「多額の借金があり、大阪芸大を半年で除籍になった」といった経歴を聞いたからだ。実はその経歴は父親とまったく同じだったのだ。
「そんなことあるんだ!」
かたまりはその偶然に惹かれた。まだちゃんとデビューする前、「とりあえず」の気持ちでコンビを組むようになった。
共通点は他にもあった。「もぐら」という芸名は前述のとおり母親から「おまえ、もぐらに似てんな」と言われたことに由来するが、「かたまり」の名も母親由来のものだ。母に芸名を相談した際、「あなたはよく固まっているから”かたまり”がいいんじゃない?」と言われたからだ。
ドキュメンタリーラジオ
2017年4月7日、空気階段の冠レギュラー番組『空気階段の踊り場』(TBSラジオ)が始まった。当時はまだほとんど無名の存在。異例のことだった。
「マイナビラフターナイト第2回チャンピオンLIVE」の優勝特典として放送された『空気階段のRADIO ESCALATOR』が好評だったためだ。
しかし、仕事もお金もない時期。普通の芸人のラジオならば、仕事の裏話などをすればいいが、仕事がなかったため、自分の私生活や恋愛の部分も出さざるを得なかった。
それが結果的に「ドキュメンタリーラジオ」などと評され人気を得ていくこととなった。
もぐらは「ラジオで公開告白」→「付き合う」→「結婚」→「子供が産まれる」→「第二子誕生」
かたまりは「同棲してた彼女にフラれる」→「ヨリを戻そうとする」→「号泣プロポーズ」→「フラれる」→「内緒で復縁」→「イベントでプロポーズ」→「結婚」→「離婚」→「3ヶ月で新しい彼女ができる」
などという人生の岐路がラジオで一部始終語られていった。
そんな一覧を見たかたまりは「全部説明したらバカみたい」と苦笑する(※3)。
もぐらといえば、「クズ芸人」としても注目を浴びた。
借金が550万以上あるだとか、その借金もギャンブルや風俗通いで作ったものだとか、遅刻癖もひどく、10分や20分のレベルではなく数時間遅刻することもザラにあるという。
金がなく衛生状態が悪い部屋に住んでいたため「ネズミしかかからない病気にかかった」だとか「19歳の頃、実家に中国の窃盗団に入られた」とか「通常は一生もつはずの股関節の軟骨を32歳で使いきってしまったため、寒い日や季節の変わり目には激痛が走る」など通常ではありえないようなエピソードも数多く持ち、トーク番組でも強力な武器となっていた。
自分の踊り方
空気階段の出囃子は、暗黒大陸じゃがたらの「タンゴ」だ。
吉本の劇場のライブは各芸人が出囃子を選ぶものと、全組共通の出囃子を使うものとふたつあるが、前者は一度選ぶと簡単には変えられない。
結成1年目でライブに出る際、出囃子を決めなくてはならず、もぐらが何曲か候補を持っていき、2人で決めたものだ。
「自分の踊り方で踊ればいいんだよ」
じゃがたらのボーカルの江戸アケミのそんな言葉がある。俺たちも俺たちのやり方でお客さんを笑わせるしかない。舞台袖で「タンゴ」を聴くたびに、もぐらはそういう気持ちになるという(※4)。
空気階段のコントには「変なおじさん」が出てくるコントが多い。
しかし、もぐらはそう言われること自体が「不思議」だという。
「街にはたくさんいるじゃないですか。そういうおじさん」(※5)と。
もぐらは20歳の頃からずっと夜の街でバイトしていたし、ギャンブルも好きで競馬場や競艇場、パチンコ店などに日常的に出入りしている。
だからそういう人との遭遇は日常茶飯事だった。
「みなさんが変なおじさんをいないことにしてるだけなんですよ! 僕からしたらコンビニの店員さんと同じくらい当たり前の存在ですよ。酔っ払いの人が道端にいるのと同じような感覚ですね」(※5)
もぐらはどこか自分と同じ匂いのする彼らに共感を寄せているのだろう。そしてそんなもぐらと誰よりも時間を共有したかたまりもこう語る。
「自分達の中で、どっか共感できたり、そうだよなっていう感覚があるからネタにしてます。まあヤバい人はヤバい人ではあるんですけど、完全に受け取る側をシャットダウンさせるような感じではないのかなと。もしも、こういう人がいたら、こういう対応をしてしまうのかなという感覚を描いてます」(※6)
彼らのラジオがドキュメンタリーだと言われるのと同じように、空気階段のコントもまた彼らの人生が反映されたドキュメントの側面が色濃い。だからこそ、唯一無二なのだ。
『キングオブコント2021』で優勝したコントもそんなコントだった。
「ちょっと、あの、生まれてきた意味がありますね」
歴代最高得点を獲得したかたまりは興奮気味にそう言った。
2人はもう賞レースには出ないと断言する。その理由をもぐらはこう説明する。
「自分たちが作ったネタって、俺たちが一番面白いんだよ、ってアピールするためのものじゃなくて、俺たちは俺たちの道を行ってるんだよ、だと思うんです」(※7)
そう、「自分の踊り方で踊ればいい」のだ。
「サイコゥ!サイコゥ!サイコゥ!」
かたまりは優勝が決まると、ラジオリスナーにはお馴染みのフレーズを絶叫して喜びを爆発させた。
もぐらは優勝翌日の無限大ホールのステージ中、うんこを漏らした。
(引用元)
※1 「週プレニュース」2021年6月12日
※2 『ジンギス談』(HBC北海道放送)2021年7月16日
※3 『ゴッドタン』(テレビ東京)2021年8月14日
※4 「耳マン」2020年8月26日
※5 「テレ東プラス」2019年10月12日
※6 「TOKION」2021年5月11日
※7 『anan』2021年11月24日号
(参考)
・『空気階段の踊り場』(TBSラジオ)
・『OWARAI AND READ』(シンコーミュージック)