「2年間、毎日、誰かとご飯を食べていた」人生最大の危機に直面した編集者が語る「孤独との付き合い方」
社会の中で孤独を感じる人や孤立している人への支援を進める「孤独・孤立対策推進法」が4月1日、施行された。その直前の3月30日、「望まない孤独を解消するための処方箋〜自己責任社会からの脱却〜」と題したトークイベントが東京・世田谷で開かれ、NPOやメディアの関係者が「孤独」をめぐる問題について語り合った。
登壇者の一人、新潮社の出版部長・中瀬ゆかりさんは「人生最大の孤独」を感じたときのエピソードを披露しながら、「毎日、誰かとご飯を食べること」で危機を乗り切ったと振り返っていた。
「望まない孤独」を癒す文学と傾聴
イベントを主催したのは、「世の中から、孤独をなくす」をパーパス(存在意義)に掲げて1年前に創業したTanoBa。同社の進行のもと、中瀬さんとNPO法人「あなたのいばしょ」理事長の大空幸星さんが「望まない孤独」が生まれる背景や解決案について、それぞれの意見を述べた。
「文学と孤独は切っても切れない関係にある」
そう口にしたのは、出版社で文芸誌の編集などに携わってきた中瀬さんだ。孤独について深く考えさせられる小説として、西加奈子さんの『夜が明ける』を挙げながら、次のように話した。
「助けてとか、辛いということを誰にも言えない。そういうことは言ってはいけないと縛られている人に対して、『辛いって、声を出していいんだよ』と言う人が出てくるシーンがあって、私は涙なくして読めなかったんです。人間は自分が体験していないことでも、想像力や共感力で埋めていけるはず。文学や映画には、他者の立場になるヒントがあると思っています」
他者への共感は、孤独に対する処方箋になるのか。望まない孤独をなくすために、NPOによる「24時間チャット相談」に取り組む大空さんは、「傾聴」の重要性を語った。
「相談窓口で悩みを抱えている方に対して、何をするかといえば、アドバイスはしないんです。何も言わない。何をやるかといえば、傾聴。耳を傾けて聴くだけ。もちろん無言の時間がずっと続いても意味がないので、『どんな状態になるのが理想ですか』と、その人自身が考えるきっかけを作っていく。(相談する人は)何かを解決したいというよりも、話を聴いてくれる存在を求めているのかなという気がします」
「孤独は山になく、街にある」
トークイベントでは、「孤独」について言及した先人の言葉も紹介された。
「孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の『間』にあるのである」
哲学者・三木清の『人生論ノート』の一節だ。中瀬さんはこの指摘を取り上げながら、「群衆の中の孤独の怖さ」を語った。
「本当に誰もいないときは『自然の中で』みたいになるけれど、街で大勢の人がいるのに、誰も知った人がいなくて、誰も自分のことを構わないような群衆の中をかき分けていくときに、孤立や孤独が訪れたりするじゃないですか。ああいう感じがずっと絶え間なく押し寄せてきたときに、何か壊れていくものがあるんじゃないか」
この指摘に対して、大空さんも「個人的な体験から、すごくよくわかる」と応答。「持続的な孤独は、出口が見えないところがある。真っ暗な状態が続いている人に対して、どうやって光を照らしていけるか・・・」と課題を口にした。
それを受けて、中瀬さんは「人生で最も孤独を感じた出来事」として、19年間にわたって一緒に暮らした事実婚のパートナー、作家・白川道さんとの別れを挙げた。
白川さんの死後、「地獄のような孤独が始まった」という中瀬さんは、それから2年間、誰かと一緒に食事をすることを心がけたという。
「毎日、365日、必ず誰かとご飯を食べていたんですよ。そうしないと死んでしまうなと思って。不思議なもので、ご飯を食べに行くと約束すると、その一食のためにまた一日、生きられるんですよ。約2年、そういう約束を入れ続けて、人と会い続けた。それでようやく『つながり』というのは、生者と生者の間だけではなくて、死者ともつながれるんだという状況になりました」
孤独は全員に共通する「普遍的な問題」
4月1日に施行された孤独・孤立対策推進法には、「孤独・孤立の状態は人生のあらゆる段階において何人にも生じ得るものであり」というフレーズが盛り込まれている(同法第2条)。
同じことを大空さんも強調していた。
「孤独は、全員に共通する普遍的な話なんですよね。どうやって対処するかは人によって違うけれども、みんなの問題だというのを認識するところから、どのように孤独の問題に取り組むのかという話になっていくのだと思います」
今回のトークイベントを主催したTanoBaの共同創業者で代表社員の宮本義隆さんも「いま孤独や孤立を感じていない人も、いつそうなってもおかしくないという前提に立って、孤独・孤立の問題に取り組む必要がある」と話す。
TanoBaでは、この問題への対策の一つとして、多様な世代や属性の人たちが食事と対話を楽しめる「タノバ食堂」という催しを毎月、開いている。現在は、世田谷区の野沢龍雲寺で、20〜30人を集めた食事会を開催しているが、同様の仕組みを全国に広げていこうと構想している。
「いま、いろいろなところで人と人のつながりが失われていっています。そんな中、タノバ食堂という装置を社会に向けて埋め込むことで、つながりを回復していく。将来、誰にでも訪れるかもしれない孤独や孤立といった問題をいまから予防することができるのではないかと考えています」(宮本さん)