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対韓制裁、ほくそ笑む習近平

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
冷え込む日韓関係(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 日本は1日、スマホや半導体製造に必要な材料に関して対韓輸出規制を強化すると発表した。4日にはそれが実行される中、喜んでいるのは中国だ。狙いだった日米韓離間だけでなくファーウェイの一人勝ちにも貢献する。

◆韓国政府は懲罰を受けて然るべき

 日本政府は7月1日、スマホのディスプレイや半導体製造過程に必要な材料の、韓国向け輸出規制を強化すると発表し、4日からは実行に移されている。

 対象となるのは、テレビやスマホのディスプレイに使う「フッ化ポリイミド」や半導体ウェハーに回路パターンを転写するときに薄い膜として塗布する「レジスト」と、半導体製造過程においてエッチングガスとして使われる「フッ化水素」などの3品目だ。

 経済産業省によれば、これらを「包括的輸出許可」の対象から外して個別的な輸出許可の対象に切り替えるとのこと。つまり、韓国に上記品目を輸出するためには、1件ずつ審査と許可を得る必要が生ずる。場合によっては、途方もない時間がかかるだろう。あるいは、その時間を長引かせることもできないではない。

 菅官房長官は2日の記者会見で、輸出規制に踏み切った理由について、あくまでも「安全保障を目的とした適切な輸出管理の一環だ」と説明し、元徴用工問題とは関係がないと言っているが、元徴用工問題に関する韓国政府の対応への報復措置であることは、誰の目にも明らかだろう。

 韓国政府、特に文在寅大統領は、懲罰を受けるに足る原因をいくつも作っているのだから、むしろ明確に「懲罰だ」と言ってしまった方が、韓国には「親切」なのではないかとさえ思う。

 なぜなら、慰安婦合意にしても日韓政府間で合意に達したものを、韓国はいつも「ああでもない、こうでもない」と理由を付けては蒸し返すという対日対応をエンドレスに繰り返してきたのだから、日本政府は遠慮をせずに明確に言って聞かせた方がいい。

 というのも韓国という国は、右派・左派(保守派・革新派)が親日・反日あるいは反中・親中ときれいに分かれて政党あるいは政府ときちっと結びついているわけではなく、左右が入り乱れて民間団体を作ったり特定政党を支持したりしなかったりしているので、大統領は民意の動きに右往左往しながら選挙を目指してあたふたする傾向にあるからだ。

 その意味では、失礼ながら韓国は、政府与党が政権能力を持っていない国という特徴があると言っても過言ではないだろう。

 1990年代から2000年代初期にかけて、何度も主宰してきた日中韓の若者たちの意識調査あるいは民意調査を通して、それを実感している。

◆韓国では衝撃が

 規制対象となった「フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素」の世界における日本のシェアは、70%~90%を占めており、独擅場に近い。韓国の毎日経済新聞などによると、韓国の半導体メーカーは70%以上を日本からの輸入に頼っているとのこと。おまけに日本の供給は安定しているので材料の貯蓄がほとんどないようだ。そうでなくともガス類の長期保存は困難である。

 特にサムスン電子やSKハイニックス、LGディスプレイといった大手が痛手を受ける。韓国では、まさか安倍政権がここまでのことをやるとは思っていなかったようで、どのメディアも一面トップで「衝撃」を表している。また時期が時期だけに、安倍政権は選挙目当てだという非難も目立つ。韓国政府はWTO違反だとして提訴すると抗議しているが、そのようなことをしている間に打撃が韓国の関連企業にしみわたっていくだろう。

◆ほぼ自業自得

 打撃を受ける韓国企業の中に「サムスン」が入っている事実は、ある種の「痛快」を惹起させるのを否定できない。自業自得という言葉は上品でないかもしれないが、こういう日はもっと早く来るべきだったのではないかという、複雑な心理が頭をもたげる。

 2018年12月24日付のコラム「日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか?」でも触れたように、日本の半導体関係の技術者がリストラをひかえて窓際に追いやられていた頃、技術者の一部は「土日ソウル通い」をしていた。土日だけサムスンなどの半導体メーカーに通って破格の高給で東芝など自社の核心技術を売りまくっていたのだ。

 本来なら宝物であるような「技術者」を大切にしなかった東芝などの日本の経営陣と当時の通産省の幹部に大きな責任があるものの、韓国の半導体メーカーは「日本の半導体技術を窃取した」と言っても過言ではない。

 それは個別の韓国半導体メーカーだけの「狡猾さ」だけかというと、必ずしもそうではなく、韓国という国家全体にある、何とも表現しにくい「曖昧な狡さ」という精神性にあると私には見えてならないのである。

◆初めて明かす韓国の最高学府の「もう一つの顔」

 私が自費で、中学生を対象とした日中韓三ヵ国の学力および意識調査をしたデータが、2000年の初頭に日本の国会で盛んに取り上げられたことがある。その重要性に目を付けた日本の内閣府が私に大学生を対象とした同様の調査を実施してもらえないかと委託してきたことがあった。

 そのとき日本の大学として最高レベルの国立大学を3大学選定し、中国に関してもトップ3に相当する大学に協力をお願いして快諾を得た。

 そこで韓国に行きソウル大学にお願いしたところ、なんと、協力を断ったのである。協力した大学に関しては名前を伏せるという約束をしていたので、協力してくれた大学名に関しては公表しないが、断った大学名に関して公表しないという約束はしていないから、ここで初めてこの秘密を明かすことにする。

 断った理由をソウル大学は明確に言ったわけではないが、断る過程から十分な察しはついた。

 つまり、自信がないのだ。

 万一にも国際比較において「ソウル大学が日中の他の一流大学に劣る」という結果が出るのが怖いのである。

 愛国心の欠片(かけら)もない。

 協力してくれたら大学名は出さないと言っているのだからいいではないかと思うのだが、ソウル大学が抜けることによって韓国全体の学力レベルが低くなることは心配しない。一般には韓国の一流大学と言えばソウル大学が入っていると国際社会は思うだろうから、ソウル大学が抜けた状態で韓国の平均値が出ると、ソウル大学にとっても不利に働くのではないかと説得したのだが、ウジウジとして首を縦に振らない。

 彼等は自信がないだけでなく、愛国心もなければ、「よし、やってやるぞ!」といったチャレンジ精神もない。

 ノーベル賞が良いか悪いかは別として、ノーベル賞的研究成果は、一般に失敗から生まれることが多く、失敗するか成功するかという「結果」など考えずに「これを見極めずにはいられない」という抑えがたい知的好奇心に駆られて研究に没頭するものだ。

 そういった精神風土がソウル大学にはまるでなかった。こんな大学からノーベル賞受賞者など生まれるはずがないだろうと、あのとき実感した。

 決して韓国や朝鮮民族を蔑視しているわけではない。

 拙著『チャーズ 中国建国の残火』にも詳述したように、1948年晩秋、餓死体の上で野宿しながら食糧封鎖を受けた長春を脱出して辿り着いた延吉でありつけた食べ物の美味は生涯忘れられない。当時は7割以上が朝鮮族だった延吉では、右隣に住む金(キム)老人や左隣の住人、ヨンフィという少女と仲良くなった。ヨンフィは片目が濁り上唇が裂けていたが、飛び抜けた美声の持ち主で、ブリキのバケツの中に頭を突っ込んで天に向かって歌い上げ、私を感動させたものだ。ヨンフィとの間に育まれた、そこはかとない友情は今も私の胸を締め付ける。このように、民族蔑視などという気持は微塵もないことを明示しておく。

◆日本は、習近平を喜ばせていることに気付いているだろうか?

 言いたいのは、サムスンを日本の半導体を凌駕するところまで持って行ったのは、日本の大手製造業の技術者軽視であり、当時の通産省の怠慢であり、そして韓国半導体メーカーの「抜け目のない狡賢さ」だということだ。だから韓国半導体メーカーが多少の痛手を蒙るのは当然だろうと思っている。

 もっとも、韓国に半導体材料などを輸出している日本の関連企業が被害を蒙らないのかと言うと、そうではあるまい。

 しかし私の関心事は、もっぱら「日本が初めて断行した対韓制裁が、習近平をこの上なく喜ばせていることに、日本政府は気が付いているのか否か」という点にある。

 考えてみてほしい。

 ドイツのデータ分析会社「IPリティックス」による今年5月の調査データでは、5G の技術標準(規格)に関する標準必須特許数で、ファーウェイは1554件と、2位のノキア1427件を上回って世界トップの座にのし上がっていることを示しているが、トランプ政権の攻撃により、トップの座を維持することが危うくなっていた。

 6月29日のトランプ大統領の(一時的)敗北宣言に近いようなファーウェイに対する制裁緩和を受けて、息を吹き返しそうではあるが、何と言っても3位と4位にはサムスン電子、そしてLG電子と、韓国勢が控えているのである。

 5G必須特許出願の企業別シェアは以下のようになっている。

 1.ファーウェイ(中国、民間):15.05%

 2.ノキア(フィンランド):13.82%

 3.サムスン(韓国):12.74%

 4.LG電子(韓国):12.34%

 5.ZTE(中興通訊)(中国、国有):11.7%

 中国勢は計26.75%だが、韓国勢は25.08%と、中国に迫る勢いなのである。

 このような中、安倍首相が韓国勢を叩いてくれるのだ。習近平国家主席にとっては、安倍首相には、どんなに感謝してもし切れないだろう。

 安倍首相の対韓制裁のお蔭で、一時陰りを見せていた中国勢の勢いは、輝きを取り戻すことができる。

 おまけに日米韓三ヵ国の離間工作に必死だった習近平にとって、日韓の反目は、どんなに心地よいことだろう。そのために親中で御しやすい文在寅氏が大統領に当選することをチャイナロビーを使って応援してきたし、大統領当選後も右往左往する文在寅大統領を「朝飯前のごとく」コントロールしてきた。韓国が反日になってくれれば、中国がしばらく日本に秋波を送っておいしいところだけを頂いても、中国の国内情勢は安泰だ。民意を習近平側に引き寄せておくことができる。

 これが、「にんまり」しないでいられるだろうか。

 5Gの国際標準仕様を策定するデッドラインは目の前に迫っている。上記必須特許のシェアがカギを握り、その企業、その国の規格が国際標準となって5G世界の覇権を握ることになる。日本にとっては不愉快きわまりない現実が、そこに厳然と横たわっているのだ。そのことにも目を向けなければならない。

追記:なお私、遠藤誉は現在、新しく立ち上げたシンクタンク中国問題グローバル研究所(Global Research Institute on Chinese Issues = GRICI)の所長を務めております。GRICI(グリーチ)にはアメリカの著名な中国問題研究者でトランプ政権にさまざまな形でアドバイスを与えているアーサー・ウォルドロン教授も研究員として参画して下さっています。関心のある方はHPを覗いてみてください。皆さまからのご意見もお待ちしています。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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