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多目的トイレの名称変更と心のバリアフリー トイレは機能集中から最適化へ

加藤篤特定非営利活動法人日本トイレ研究所 代表理事
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

バリアフリー法の改正(2020年5月)によって、国、地方公共団体、国民、施設設置管理者等の責務等として障害者用トイレ等の高齢者障害者等用施設等の適正な利用の推進が追加となり、2021年4月に施行される予定です。

高齢者や車いす使用者、オストメイト、ベビーカー利用者などが外出しやすいようにバリアフリー化を推進することは、豊かな社会をつくっていくうえで重要な取り組みです。このバリアフリー化に欠かせない施設の1つがトイレです。トイレにアクセスできなければ、安心して外出なんてできません。

そんな中、車いす使用者等が使用するトイレの名称をどうするかが話題になっています。具体的には、多目的トイレや多機能トイレという名称だと、一般のトイレを使用できる人が空いているからという理由で使用したり、着替えに利用したりするなど、他の目的で利用することで、このトイレしか使用できない人が来たときに空いていないということが少なくないからです。

車いす使用者用トイレの整備と課題

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」2015年4月号によると、車いす使用者が使用できる広めのトイレが整備され始めたのは1964年頃からで、スポーツ施設等における仮設での対応がなされたことが最初ではないかという記述があります。

その後、1971年には三越デパート仙台支店が全国にさきがけて、4階にあるトイレを車いす使用者も利用できるように改造しました。また、1981年の国際障害者年、1994年のハートビル法などにより、トイレのバリアフリー化も進められていきました。その一方で、公共の場における車いす対応トイレの長時間占有、喫煙、住み着いてしまうことなどの目的外使用が1990年代になって問題になりました。

当時、このような問題への対応方法の1つとして採用されたのは「施錠」です。トイレに鍵をかけ、必要なときのみ開錠する方法です。この方法だと鍵の管理方法にもよりますが、夜・土日は使用できない、誰が鍵を持っているか分からない、開錠されるまで我慢できないなど、新たな課題が発生しました。

目的外使用への次の対策

当時、車いす対応トイレの利用頻度はそれほど高くなかったと考えられます。広いスペースのトイレが常に空いていることが分かると、他の目的で利用される可能性も高くなります。そこで、施錠に代わる対策として採用されたのがトイレ機能の多機能化です。

車いす対応トイレに様々な機能を付加して多機能化すれば、いろいろな人が利用する機会を創出できるので利用率が上がります。多くの人の目に留まることにつながるので、目的外使用の抑止効果も期待できます。

多機能トイレの推進

2000年の交通バリアフリー法、2002年の改正ハートビル法の整備により、多機能トイレの整備が推進されていきます。また、関西の私鉄でベビーカーを折りたたまずに乗れるという動きやおむつ替え台を必要とする声があがるなど、車いす使用者だけでなく、ベビーカー利用者も含めた乳幼児連れにとっても外出しやすい環境整備が進みます。

さらに、トイレ機能の充実化にともなって、オストメイトや異性の介助、ファミリー利用、トランスジェンダーの方にも多機能トイレは重宝されるようになります。

これら一連のトイレ改善の動きは、多くの人が安心して外出できる社会づくりに貢献しました。

多機能トイレによる利用集中

トイレの多機能化と清潔化が進むことで、さらに新たな課題が生まれました。それは利用集中です。多様なニーズに応えることで多くの人に使ってもらうという当初の目的は達成できた一方で、利用集中を招いてしまったのです。

30年前と同様の「空いていない」という課題の再来です。しかも、多目的トイレや多機能トイレ等という名称で普及を図ってきたため、広いスペースが必要な人のためのトイレという原点が見えなくなってしまいました。

多様な利用者に配慮したトイレの整備方策に関する調査研究報告書によると、車いす使用者で「待たされたことがよくある」と回答したのは52.4%で、「たまにある」まで含めると94.3%になります。同様に、オストメイトで「待たされたことがよくある」と「たまにある」は57.4%、子ども連れは 74.3%でした。

出典:多様な利用者に配慮したトイレの整備方策に関する調査研究報告書(国土交通省総合政策局安心生活政策課)
出典:多様な利用者に配慮したトイレの整備方策に関する調査研究報告書(国土交通省総合政策局安心生活政策課)

機能集中から機能分散、そして最適化へ

国土交通省は、多機能トイレの利用者の集中を避けるため、個別機能の分散配置を促進する取り組みをはじめました。分かりやすく言うと、多機能トイレに集中していた機能を、他のトイレの個室に分散配置することです。

例えば男女それぞれのトイレに「オストメイト用設備を有するトイレ個室を設ける」「乳幼児連れに配慮した設備を有するトイレ個室を設ける」などです。そうすることで、利用集中を解消しようというものです。

理想的には、すべてのトイレを多機能にすればよいのかもしれませんが、現実を考えるとそれだけの面積を確保するのは容易ではありません。だからこそ、機能を分散することで、全体的なトイレ機能をボトムアップして、利用の集中を回避する方針を打ち出したのです。

機能だけでなく一般のトイレの寸法をもう少し広くすれば、そこを使用できる車いす使用者もいるため、選択肢を増やすことにもつながります。

機能を集中して付加するステップを経て、機能を最適化するステップに入ったと考えることができます。ここで参考にすべきは、インターネットサービスだと思います。ユーザーの反応を把握しながら、改善を繰り返すことで最適化するイメージです。トイレは建築設備なので、インターネットサービスをそのまま真似ることはできませんが、時代にのニーズや利用者にニーズにあわせてトイレ機能もアップデートし続けることが求められています。多くの人に使ってもらい、たくさんの意見を集め、その意見をもとにトイレの最適化を進める、という仕組みが必要です。

これからのトイレ名称と心のバリアフリー

トイレ名称から機能の話に展開してしまいましたが、これは名称を考える上で大切なことであるため説明させて頂きました。

これからのトイレ名称は、シンプルに「トイレ」でよいのではないでしょうか。ただし、それぞれのトイレには、そこのトイレを必要としている主な対象者が分かるように、車いす使用者マークやベビーカーマーク、オストメイトマーク等を明示することが必要ですし、そこにどのようなトイレがあるのかという情報発信も必要です。

私たちは知らないことに関して不信感が芽生えます。そうならないようにするために、学校教育においてトイレ教育を導入すべきだと思います。どのような人がどのような理由でこの空間・設備を必要とするのかを学ぶ教育です。その教育には身体のことだけでなく、文化や習慣も含めた多様性の視点が欠かせません。これらは、SDGsという観点からも重要な学びとなります。

最後に、海外で日本のトイレについての講演をしたとき、トイレ改善に熱心に取り組む人から質問されたことを紹介します。その人は私にこう言いました。

「わが国には予算も技術もあります。ただし、1つだけ分からないことがあります。それは、日本のトイレのように清潔を維持する方法です。」

この質問を投げかけられたとき、これこそが日本の強みだと私は思いました。一言でいうとトイレ文化です。トイレを作る人、維持管理する人、使う人が協力しないと実現できないことです。このトイレ文化を次に進める上で必要なことは、心のバリアフリーです。それが出来れば、もっと外出しやすくて豊かな社会の実現につながります。

特定非営利活動法人日本トイレ研究所 代表理事

災害時のトイレ・衛生調査の実施、小学校のトイレ空間改善、小学校教諭等を対象にした研修会、トイレやうんちの大切さを伝える出前授業、子どもの排便に詳しい病院リストの作成などを実施。災害時トイレ衛生管理講習会を開催し、人材育成に取り組む。TOILET MAGAZINE(http://toilet-magazine.jp/)を運営。〈委員〉避難所の確保と質の向上に関する検討会・質の向上ワーキンググループ委員(内閣府)、循環のみち下水道賞選定委員(国土交通省)など。書籍:『トイレからはじめる防災ハンドブック』(学芸出版社)、『もしもトイレがなかったら』(少年写真新聞社)など

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