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ミュージカル俳優に愛される“NOと言わない”ピアニスト・大貫祐一郎、現状は過酷?

島田薫フリーアナウンサー/リポーター
いつも穏やかな表情のピアニスト・大貫祐一郎さん(撮影:★印以外、すべて島田薫)

 ミュージカル界では知る人ぞ知る、大貫祐一郎さん。一度仕事をすると皆、彼のファンになってご指名がくる…という人気ピアニストです。人気の秘密は「私、NOと言わないので」の精神で、どんなリクエストにも応えてみせる技術と包容力。驚きの神業テクニックをはじめ、音大を卒業した翌日からアルバイト情報誌が手放せないといったピアニストの過酷な現状まで、包み隠さず語ってくれました。

—最近、ミュージカル俳優がいる現場に大貫さんあり…という光景をよく目にします。

 今のようにミュージカル俳優の方たちとご縁ができたのは、完全に井上芳雄さんのおかげです。そして、その出会いのきっかけになったのは、今でもお世話になっている歌手のクミコさんです。

 僕がもともとクミコさんの伴奏をさせていただいていたご縁から、『届かなかったラヴレター』というコンサートで音楽監督の機会をいただき、芳雄さんと初めてお会いしました。その時は「初めまして」「お疲れさまでした」で別れましたが、その後、またご縁があって。芳雄さんといると、いろいろな方とのつながりができるんです。番組でご一緒した海外のアーティストからもご指名いただきましたし、本当にありがたい限りです。

—今年、「MUSIC FAIR」(フジテレビ系)にも出ていらっしゃいましたね。

 これには、いろいろ経緯がありまして…。3年前、井上芳雄さんと一緒にラジオのコンサートを開催したんですね。その会場に、井上さんとミュージカル『ナイツテイル』で共演されていた堂本光一さんと上白石萌音さんが聴きに来てくれたんです。

 芳雄さんが、「せっかくだから『ナイツテイル』の曲をやりたい」と言ったんですが、僕は公演を1回観に行っただけだし、音源もなかった。「1回しか聞いてないけど、予想でやります」とアレンジしたら、それを光一さんが「あのアレンジよかったね」と言ってくれたそうなんです。

 そして今年、『ナイツテイル』が再演された時に「MUSIC FAIR」で特集することになったんですが、光一さんが3年前のことを覚えていてくれたのか、僕のことを「アレンジャーにいいんじゃない?」みたいなことを言ってくださったらしいんです。ビックリしますよね。

—他にも、平原綾香さん、浦井健治さん、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン役を務めている佐藤隆紀さんがいるボーカルグループ「LE VELVETS(ル・ヴェルヴェッツ)」など、ミュージカル関係が多いですね。

 皆さん共通して言えるのは、歌うことがすごく好きで突き詰めたい…と考えているのだろうなと。僕はそういう方の伴奏が大好きだし、自分のことをこう言うのは本当に何ですけど、多分、そういう思いの方と相思相愛みたいなところがあって、お仕事につながっているのだと感じます。

 僕も、合わせることにはこだわりがあって、歌っている人と一緒に“歌う”んです。声は出さないですよ。自分も一緒に息を吸うと、その息継ぎとかビブラートとか、波長が合う人はピアノを弾いていて気持ちいいし、お互い共鳴しているはずだから「このピアノいいな」と思ってくれている可能性はあると思います。

—歌い手さんから要望はあるんですか?

 人によりますけど、「もう少し水が流れるように」とか「お日様が出ている感じで」と言われたりすることもあります。ちなみに僕は「できません」とは、今まで1回も言ったことはありません。何とかします。主役がより輝くように、一緒に頭の中で歌ったり、お客様やバンド、皆で1つの船に乗って大海に繰り出す気持ちで務めています。

 技術的なことを言えば、年を取れば指も衰えていきますから、ケガをしないようには気をつけています。転びそうになったら、手はつかない、手をつくくらいなら顔からいきます。ボウリングもしません。腕相撲もしません。スキーも、筋トレも、絶対やりません。手に負担がかかることはしないですし、肩や腕に影響があることもしないので、ゲームもやらないです。

(★撮影:hirakawa yuichiro)
(★撮影:hirakawa yuichiro)

—ピアニストになる人は、とても少ないように感じます。どうしたらなれるのですか?

 僕の場合、いとこの家にあったピアノを見て、7歳の時に「ピアノを習いたい」と、ヤマハ音楽教室に通い始めました。中学生の時の夢が「ピアノを弾く人になりたい」です。ピアノの先生に相談したら「音大に行ってみたら」ということで、先生の先生を紹介してもらいましたが、紹介してもらった先生のいる大学を目指すのが王道ですね。

—入学しても、全員の夢が叶うわけではないですよね。

 僕たちは“団塊の世代ジュニア”と言われていて、ものすごく人数が多い世代なんですが、僕の周りで、演奏で仕事をしている人は聞いたことがないです。教員免許を取って先生になるか、自宅で教えるか。大学は女性が圧倒的に多かったのですが、結婚して主婦をやりながら家で教える…という人が大半でした。

—大貫さんは、いつからピアニストになったんですか?

 大学を卒業した時は、急に社会にポンと放り出されて「ピアノしかやることないけど、どうしよう…」という感じで。最初はアルバイト情報誌を見て、ピアノが弾ける仕事を探しました。

 そうしたら、“夜の仕事のコーナー”にピアニスト募集があったので、何件も電話をかけましたが、男性は電話の段階でアウト!です。女性が接待するお店の片隅でのピアノ演奏だから、やはりピアニストも女性がいいんですよね。

 ようやく横浜の一角で雇ってもらえることになったのですが、お店のママがシャンソンのコンサートをやる人だったので、シャンソンを覚え始めました。大学ではクラシックを勉強していましたが、結局それ以外のもの、シャンソンやジャズ、その後はポップス、演歌を現場で覚えていくということになりました。

 その後の赤坂のお店では、飲みに来たお客さんが“歌いたい”と言った時用に、分厚い本が置いてあったのですが、そこにはメロディーとコードだけが書いてあって。『銀座の恋の物語』や松山千春さんの『恋』を歌いたい、と言われたら、ページを開いて初見で弾くんです。

 しかも、お客さんの歌声を聞いて瞬時にキーも変えないといけない。元の譜面を見てキーを“3度上げ”や“4度上げ”するというテクニックは、このお店で鍛えられましたね。今も“1度上げ”しただけですごく驚かれるのですが、普通はあまりできないみたいです。なので“人間カラオケ”を自称しています。

—今までで、焦ったことはありましたか?

 あります。演奏中に、足がつりました(笑)。つった左足をぐーっと後ろに伸ばして直したのですが、お客さん側から見ると、「あのピアニスト、なんであんなに足を伸ばしてるんだろう?」と思ったかもしれません。

−ところで、“旅人デビュー”したと聞きました。

 BS放送で旅番組がありまして、出演した人が次の旅人を推薦する形だったんです。僕は井上芳雄さんから推薦されたんですが、こんな機会、一生に一度ですよ。疲れました(笑)。ピアノを弾いている方がずっと楽だった。

 何が大変って、「自分の思ったことを言ってください」と言われるのが本当に難しかったです。食レポもありました。出てきたのがケーキとお肉で、これまた難しい!もうなんて言ったかも覚えてないけど、「これ、(おいしさのあまり)目つぶるやつだ」という気がして…つぶってみました(笑)。

 初めてスタイリストさんもついたのですが、普段は絶対着ないような洋服を用意されて、ちょっとインパクトが強すぎて…。とはいえ、僕は服に無頓着なので言われるがままでした。

—今後やりたいことはありますか?

 『アナリーゼ(のために)』という配信ライブを行います。音楽用語で「楽曲分析」という、普段はあまり使わないクラシック用語です。コンサート形式ですが、例えばこの曲は、どういうコンセプトで作られたか、みたいな話を入れていきます。即興曲にも挑戦します。

 とにかく、自分のやったことのないことは、何でもやってみたいです。少し前だったらそんな風に思わなかったかもしれないけど、芳雄さんを見ていると、何でも挑戦しているし、平原さんもスケートしながら歌ったり、皆さんチャレンジ精神が旺盛な人が多いんです。そういった方たちを見ていると、ピアニストだからピアノだけ弾くということではなく、何でもやりたい、と思えるようになりました。

【インタビュー後記】

映像では拝見していましたが、お会いした瞬間「大きいですね」と言ってしまいました。とても細いので、大きい印象がなかったのですが、身長は190cmあるそうです。今回は、スタッフの方も一緒に皆でお茶を飲みながら、時には世間話をしながら、リラックスした空間で2時間お話ししました。その間、全く変わらない、常に穏やかで、決して慌てない。親戚と話しているような錯覚に陥りました。スタッフ評は「NOと言わない寄り添い型」ピアニスト。そこにいてくれる安心感を感じます。

■大貫祐一郎

1976年6月26日生まれ、東京都出身。洗足学園大学音楽学部ピアノ科卒業。ピアニスト・音楽監督・作曲家・編曲家。現在、井上芳雄をはじめ、菅原洋一、天童よしみ、クミコ、平原綾香、「LE VELVETS」、小野田龍之介、他多数のアーティストからの支持を受け、音楽監督や演奏でコンサート・ライブにて活躍中。シャンソン、ジャズ、ポップス、演歌と幅広いジャンルで才能を発揮する。大貫祐一郎配信ピアノコンサート「アナリーゼのために」は、12/10(金)20時~Streaming+で生配信(視聴可能期間は12/17日19時59分まで)。「美しい日本に出会う旅」神戸・有馬旅は12/29(水)21時~BS-TBSにて放送。

フリーアナウンサー/リポーター

東京都出身。渋谷でエンタメに囲まれて育つ。大学卒業後、舞台芸術学院でミュージカルを学び、ジャズバレエ団、声優事務所の研究生などを経て情報番組のリポーターを始める。事件から芸能まで、走り続けて四半世紀以上。国内だけでなく、NYのブロードウェイや北朝鮮の芸能学校まで幅広く取材。TBS「モーニングEye」、テレビ朝日「スーパーモーニング」「ワイド!スクランブル」で専属リポーターを務めた後、現在はABC「newsおかえり」、中京テレビ「キャッチ!」などの番組で芸能情報を伝えている。

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