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「後悔は一切ない」。「アキナ」は「M-1」で何を得たのか

中西正男芸能記者
「アキナ」の山名文和(左)と秋山賢太

 「M-1グランプリ2020」で優勝候補と目されていたものの8位となったお笑いコンビ「アキナ」。決勝終了後の思いを、ツッコミの秋山賢太さん(37)は「ただただ、逃げたかった」、ボケの山名文和さん(40)は「人生で一番しんどい夜」と振り返りました。ただ、それでも「後悔は一切ない」と声を揃えます。二人が「M-1」から得たものとは。

一番楽しくない4分

 山名:決勝の日まで、プレッシャーは本当になかったんです。どちらかというと、楽しみの方が大きかったですしね。

 秋山:僕も、当日まで緊張はありませんでした。ステージに続く“せり上がり”に立った時も、緊張してなかったんです。舞台に出ても、緊張してなかった。それは確実に覚えています。ただ、何個かボケが進んでいくにつれて、途中で思ったんです。「あれ、いつもより(客席からの)返りが弱いぞ」と。

 これはね、本当に初めての感覚だったんですけど「あれ、弱いぞ」と感じて、そこから急に緊張しだしたんです。

 途中から緊張することなんて、今までなかったんです。最初から緊張してるか、緊張してないか。そのどちらかしかなかった。でも、あの日は途中から緊張したんです。

 山名:僕は、多分「M-1」の放送が始まって、しばらくした時に緊張しだしてますね。それまでの予選会場では、人のネタを見ないようにしてたんです。他のコンビがウケてるのを見て、それにあおられて緊張したりするのがイヤだったんで。

 でも、「M-1」決勝は場のシステム上、他のコンビのネタを見ないわけにはいかない。実は、あの段階でだいぶ緊張してたんだと思います。僕はせり上がりの時が緊張のピークでしたね。もうその時点で、周りの音は一切入ってきてなかったです。

 そんなこと、それこそ、初めてでした。メチャクチャ緊張してたし、今までで一番楽しくない4分でした。

後悔は一切ない

 山名:なんで、ああいう結果になったのか。これはね、いろいろ考えもしたんですけど、あの日選んだ“ネタのカラー”。それ以外ないと思います。

 緊張はしていたし、細かいところでは改善点はあったのかもしれませんけど、あの日やった漫才に関しては、正直、何の後悔もないんです。持って行ったネタをやり切ってますし、失敗もしてないですし。その辺の後悔は一切ないんです。

 秋山:確かに、あの日のあの場の空気と、持って行ったネタの食い合わせというか、そこの問題だったんだろうなと。料理として、あの日のネタはきちんと完成してました。材料を入れ忘れたり、皿からこぼしてしまったりとかはなかったんです。出そうと思っていた味にはなってました。

 ただ、料理を食べるお客さんに「この料理はもう少しコースの最初の方に食べたい味だったな」と思わせてしまったのかなと感じました。

 改めて、本当に難しいものだなとは思いますけど、僕ら的に、ネタ自体の出来には悔いはないんです。きちんと持って行った料理はお出ししてますから。

 山名:今までずっと漫才をやってきた中で、実は、あのネタは初めて作った“全くコントに入らないネタ”なんです。秋山さんはずっと本人のままなので。お父さん役をするとか、先生役をするとかいうこともない。僕らの中で、初めての設定やったんです。

 「このままの形でやってみたい」と思う節目になったネタだったので、あれをチョイスする意味はすごくあった。そこは強く思ってるんですけどね。

 ただ、あの日から、僕はあの映像を一回も見てないです。

 ここまで十何年やってきた中で、今までで一番たまらない夜でした。もっと言うと、人生で一番しんどい夜でしたね。

 ネタが終わって、感想を言ったりする中で、すぐ顔の横でカメラが回ってるんです。それは分かるんです。横にカメラがあるから、本来だったら何か反応すべきなんですけど、一切、何もできませんでした。

 秋山:あんな気持ちは初めてでした。ただただ、その場から逃げたい。完全にやってしまった…。初めてです、お酒のロング缶をあんなスピードで空けていった夜は(笑)。

 山名:そこで思ったのは、これが20代じゃなくて良かったなということでした。これが20代だったら、何カ月単位で引きずっていただろうなと。

 次の日、起きた時に「これなら、なんとかいける」と思いました。ツイッターとかで“アキナ・ネタ”とかで検索しにかかるようなアグレッシブなことはないですけど(笑)、そういうことさえしなければ、何とか大丈夫だとは思いました。

 もちろん、ダメージは絶対に残ってるんです。でも、あれが全てじゃないというか。あの時に出したネタは、あくまでも僕らの一部に過ぎない。今までやってきたことはたくさんある。そして、これからもネタは作っていく。

 あの瞬間、あそこで、思いっきりそぐわないことをしてしまっただけ。そう心に言い聞かせて、ある種、開き直れたというか。逆に言うと、その処置をしないと、引きずってしまっていたと思います。それができたから、20代じゃなく40歳で良かったなと。

ポチ袋の文字

 秋山:「M-1」から1カ月近くたちましたけど、よく二人で言ってたのは、いろいろな“優しさ”をたくさんいただいたなということでした。

 「スーパーマラドーナ」の武智(正剛)さんは、お正月に劇場出番が一緒だったんです。楽屋で会った時にお年玉をくれたんですけど、ポチ袋の裏側に「『M-1』おつかれ」と書いてありました。

 芸人のしきたりというか、お正月に居合わせた若手とかスタッフさんにポチ袋を渡すというのがあるんですけど、本来、もう芸歴的に僕らはもらう年代は過ぎてるんです。

 でも、恐らくですけど、武智さんは僕の姿を見て、急遽その場でポチ袋に文字を書いてくれたんだと思います。お年玉という形を使って、僕らに伝えたいことを伝えてくれた。

 あの人は誰よりも「M-1」が好きですし、思い入れも強い。そして、僕らをずっと応援してくれてたんで、そのポチ袋はグッときました。

 ただ、急に書いてくれたことを差し引いても、字はものすごく汚かったですけどね(笑)。小学生みたいな字で書いてありました…。

 もちろん、そのお金は使えないので置いてあります。

 山名:僕はケンドーコバヤシさんから連絡をいただきました。決勝が決まった時も、すぐに連絡をいただいてたんですけど、決勝で負けた時も、すぐラインが来まして。

 ネタが終わって、得点が出た。点数が伸びない状況に僕らが「恥ずかしい…」を連呼する流れがあって、それがたまたま“ノリ”みたいになったんですけど、ケンコバさんによると、それを「バナナマン」の日村(勇紀)さんが見てくれていたと。

 「あそこ、すごく良かったね。あれで全部取り返した」と日村さんが言ってくださっているラインのやり取りを添付して送ってきてくれたんです。「だから、大丈夫や」と。

 ただ、そこからケンコバさんは至るところで「アキナ」をイジりまくってるんですけどね(笑)。

 秋山:ラジオで「『アキナ』徹底解剖」みたいなこともやってましたしね(笑)。でも、これは愛です。愛そのものです。愛でしかないです。

 山名:あと「千鳥」の大悟さんには「お前ら、あのネタやってんのか?」と聞いてもらいまして。終わってすぐの頃は、あのネタはもう二度とやらないと思ってたんです。その矢先に大悟さんから言われたので「やってないですね…」と答えたら「やれよ、秋山があのネタをめっちゃ嫌がる。その形でやってみろ」と言ってもらいました。

 年末の舞台で、実際に僕があのネタをやろうとしたら秋山が嫌がるというパターンでやってみたら、びっくりするほどウケました。そこから年始の舞台でも、何回か、またあのネタをやっています。

 普通に「頑張れよ」という言葉は一つもないですけど、本当にたくさんの優しさをもらったと感じています。

上がるしかないし、上がらないといけない

 秋山:「M-1」があったからこそ感じられた思いがたくさんありますし、もう今年はやるしかない。そう思っています。それで言うと「キングオブコント」優勝も狙ってるので、そこももちろん目指す。そして“上書き”をしたいですね。

 「M-1」で「アキナ」の漫才を初めて見たという人もたくさんいらっしゃると思いますし、その方々に「キングオブコント」そして「M-1」で「面白いやん!」と思ってもらいたい。それは考えています。

 山名:僕もやっぱり賞レースはとりたい。それと、去年からのコロナ禍で劇場が閉鎖されたりした中、改めて感じた舞台のありがたみとか、お笑いを好きな気持ち。それを二度と忘れんようにして、それを持ったまま、今年はまた一からやりたいです。

 そう心底思うくらい、去年は本当に大きな一年でした。内面的にすごく多くのことに気づけたし、大切なこと、必要なことが整理できたとも思います。

 秋山:だから、本当に、もう上がるしかないし、上がらないといけないとも思います。

 妻(朝日放送の塚本麻里衣アナウンサー)にも「やってもうたよな…?」と聞いたんですけど、そこでも「見せてくれてありがとう。カッコ良かったよ」と本当にありがたいことを言ってくれましたしね。

 妻は妊娠中で、もう少しして子どもも生まれてきたら、より一層、やるしかないという思いも強くなりますし。もう、少々のことではへこまないと思います。

 僕らの感覚としては、漫才をやってても、今が一番いい感じだと思っているんです。子どもを授かること自体ありがたいことなんですけど、いろいろな意味で、今、生まれてきてくれることは、さらにありがたいことだと感じています。

 家族のことで言うと、これは本当に驚いたんですけど「M-1」決勝の朝。家を出る時に妻のお腹を触ったんです。そうしたら、初めて僕が感じられるくらい、赤ちゃんがボコボコと動いたんです。

 赤ちゃんも応援してくれてるし、パワーももらえた。そう思って東京に向かい、本番でああいう結果になった。家に戻って触っても、そこからは一切動いてくれないんです(笑)。

 生まれてきたら、まず第一声は「ごめんな…」に決めてます。

※インタビューの動画は「井上公造&リポーターズYouTubeニュースチャンネル」で見ることができます。

(撮影・中西正男)

■アキナ

1983年6月24日生まれで兵庫県出身の秋山賢太と、1980年7月3日生まれで滋賀県出身の山名文和のコンビ。「アキナ」結成前はお笑いトリオ「ソーセージ」として活動し注目を集めていたが、2012年にメンバーのトラブルでトリオが無期限謹慎処分となり、当該メンバーの脱退をもってトリオは解散。秋山と山名の名前を合わせた「アキナ」として再出発をする。MBSテレビ「せやねん!」「痛快!明石家電視台」などに出演中。15年には「第45回NHK上方漫才コンテスト」で優勝。「キングオブコント」は14年、15年、17年の3回、「M-1グランプリ」は16年、20年に決勝進出した。コンビのYouTubeチャンネル「アキナのアキナいチャンネル」も展開中。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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