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「なぜ恋愛は終わるのか」世界的な精神分析家が示唆

ひとみしょう哲学者・作家・心理コーチ

世界的な精神分析の大家であるジャック・ラカンの言説を参照するなら、恋が終わる理由は、私たちの人生が「反復強迫」に支配されているからだと言えます。

反復強迫というのは、ある法則にもとづいて不幸が繰り返されることをいいます。私たちはなぜか、生まれながらにして、体内に反復強迫を宿してしまっている。だから恋が終わる、と――。

2つ前の不幸が繰り返される

「ある法則」を簡単に述べるならそれは、2つ前の不幸が繰り返されるということです。

たとえば、私たちから見る祖父母は2世代前の人です。つまり私たちは、祖父母の(うちの誰かの)恋の失敗パターンをそのままなぞっているに過ぎない……。ラカンの主張に従うなら、そう言えます。

ところで、ラカンはまた、「繰り返し」というざっくりしたものを数式化しました。

たとえば1÷7を電卓で計算すれば「0.142857142857……」と循環節が出てきます。すなわち142857が延々と繰り返されます。ラカンのいう反復強迫もそれと同じです。

1の次に必ず4がくる(4しかこないはずだ)。4の次には必ず2がくる。あるいは、1の2つ先は偶数がくる。8の直前は偶数しかこず、8の直後には奇数しかこない……というようなことをラカンは延々と考えました(参考:『エクリ1』57ページ)。

むずかしいですか? それは例えば以下のようなことです。

すべて神様の手のひらの上の出来事

例えば、意中の彼とデートしたいと思った場合、あなたはまず、彼とアポイントをとるでしょう。幸運にもアポがとれたら、彼と美味しいお店に一緒に行き、楽しく食事をし、その後映画でも見て、そこで偶然にも盛り上がり……やがて彼が「今夜はうちに泊まっていく?」と言ってくれたとしましょう。

その類まれなる幸運を、あなたは「私が日々自分磨きを頑張った結果だ」と考えるかもしれません。

しかし、ラカンの言説に従うなら、それは間違いです。

あなたはただ、あなたの人生を支配している反復強迫の波に「乗せられていた」に過ぎないのです。

つまり、あなたが努力してアポイントをとったのではなく、あなたが経験したある出来事の次のページには「あなたは意中の彼とアポイントをとりつけることに成功する」と「すでに書かれていた」のでした。彼と映画を見て盛り上がったのも「すでに書かれていた」既定路線でした。彼が自分の家に誘ってくれたのも既定路線。すべては神の手の上の出来事。

別れを支配するもの

別れもこれとまったく同じです。

たとえば、あなたは彼の何気ないひと言をきっかけに不機嫌になった。その様子を見た彼がおおいに慌てた結果、彼は手に持っていたコップを床に落とした。その結果、あなたの服が汚れた。あなたはさらに不機嫌になり、その場を立ち去った。3日後、あなたは彼にLINEするも、すでにブロックされていた……。

となった場合、あなたは自分が不機嫌になったことを後悔するかもしれません。そしてその後悔をもとに「突然不機嫌にならない精神的に安定した女性」を目指そうとするかもしれません。

無駄です。あなたが経験したある出来事の次のページには「あなたは不機嫌になる」と「すでに書かれていた」のです。

あるいはあなたは「あの時彼がコップを床に落としさえしなければ」と思うかもしれません。無駄です。それも既定路線。神様がすでに決めていたことなのです。

ラカンは神様抜きにロジカルに自論を練り上げたいと思っていた人らしいので、ここに神様という言葉を持ち出すのはラカンに申し訳ないのですが、しかしわかりやすく言えばそういうことです。

なぜ恋愛は終わるのか

ラカンの反復強迫に見る「なぜ恋愛は終わるのか」という問いに対する答えは、したがって2つあります。

1つはあなたが祖父母の失敗パターンをそのまま引き継いでいるからです。

今1つは、あなたの人生における「これをやった次はこういう失敗する」というプログラムがすでに、あなたの体内に組み込まれているからです。あなたはソフトウエア(アプリ)の入っていないパソコンであり、そこにインストールされているソフトウエア(アプリ)を、あなたは主体的かつ自由に選んだかのように錯覚しているものの、じつは選んでいないのです。

これがラカンの主張です。

ん? その決められた不幸の連鎖を断ち切る方法?

不幸の連鎖を断ち切る方法

ラカンはかなり高額な費用をとる精神分析家として有名だったそうですが、そのラカンは「私にもっとお金を払うと不幸の連鎖が断ち切れます」と言ったとか、言わなかったとか。

しかしいずれにせよ、「自分にとってこの金額はちょっとしんどい」という額のお金を誰かに支払うことが不幸の連鎖を断ち切るという仮説をラカンは持っていたのではないかと、ある専門家は言っています。

今回のお話は以上です。

すべて既定路線なのであれば、努力してまで恋愛したくなくなりましたか? え? 人間であることすら辞めたくなった?

まあ、そう言わず、頑張って金儲けして千載一遇のチャンスをつかんでみてはいかがでしょうか。

ちなみに、今回お話した内容をとてもわかりやすく歌っているのが井上陽水さんです。「決められたリズム」という曲、よかったらお聞きになってみてください。なんらか気づくことがあると思います。「長い坂の絵のフレーム」も同じことを歌っています(と、私は感じます)。

哲学者・作家・心理コーチ

8歳から「なんか寂しいとは何か」について考えはじめる。独学で哲学することに限界を感じ、42歳で大学の哲学科に入学。キルケゴール哲学に出合い「なんか寂しいとは何か」という問いの答えを発見する。その結果、在学中に哲学エッセイ『自分を愛する方法』『希望を生みだす方法』(ともに玄文社)、小説『鈴虫』が出版された。46歳、特待生&首席で卒業。卒業後、中島義道先生主宰の「哲学塾カント」に入塾。キルケゴールなどの哲学を中島義道先生に、ジャック・ラカンとメルロー=ポンティの思想を福田肇先生に教わる(現在も教わっている)。いくつかの学会に所属。人見アカデミーと人見読解塾を主宰している。

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