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人と組織で業績を上げる、サイバーエージェントのクリエイティブ人事【曽山 哲人×倉重公太朗】第2回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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サイバーエージェントの有名パーソン、曽山哲人さんは、人事に異動になってから、さまざまな制度を手掛けられました。その一つが、内定者を含む全社員が応募できる新規事業プランコンテスト「ジギョつく」です。グランプリ受賞者は賞金100万円のほか、希望すれば子会社社長としてプランを事業化することもできます。他社では考えられないような、若手の大抜擢も積極的にしているサイバーエージェントでは、伸びしろのある若者を「あるポイント」で見抜いているそうです。そのポイントとは?

<ポイント>

・人事の大事な役割は、人と組織で業績を上げること

・若手抜てきは、才能が大化けする可能性がある貴重な意思決定

・成長の見込みのある人はどんなタイプか?

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■人事に異動して半年後に、社長賞を受賞

倉重:人事に異動されて、経営層からはすぐに信頼されましたか?

曽山:いいえ、少しずつでした。経営層に信頼をいただいたと思ったのは表彰式です。サイバーエージェントでは毎年2回、全社で表彰式をしています。最後に表彰するのが、藤田が選ぶ社長賞なのです。私が人事に来て半年後に、全社表彰で社長賞を受賞しました。僕は7~8年くらい、タキシードを着てその全社表彰の司会をしていたのです。司会に立って「社長賞を発表します」と言うと、藤田が「人事本部、曽山さんです」と発表しました。僕は壇上にいながら「えっ!?」と驚いてしまって。毎回リハーサルをしているのですが、その時は違う名前だったのです。

倉重:サプライズだったのですね。

曽山:そうです。サプライズだったので、本当にうれしかったですし、自分のしていることの方向性は間違っていないと感じられました。

倉重:どういう取り組みが評価されたのですか?

曽山:具体的に良かったのは、実は制度ではありません。役員が困っていることを私が動いて解決したということが評価されました。先ほど、サイバーエージェントは中途の幹部をたくさん採っていたということを申し上げました。今は生え抜き型の採用で、中途も新卒もまずは下から入ってもらって、優秀な人は引き上げるという形にしていますが、昔はそうではなかったのです。

上場後にインターネット関連の事業を急拡大したときには、事業部長とマネージャーの間に副統括というポストを作って、10人くらい中途採用しました。しかも、その副統括たちは、そろって事業部長クラスに昇格していったのです。そうすると、現場でがんばっていた若手社員たちはショックを受けます。

倉重:やる気をなくしますね。

曽山:なかなか業績も上がらず、社員の反発もあって、現場のストレスもたまっていました。結論としては、採用と受け入れ体制のミスなので、その方だけが悪いとは全く思いません。ただ、そうした状況を経営陣は変えようと思ったのでしょう。ある役員から「曽山君、あの事業部長と一回面談して、もっと社員と対話するようなマネンジメントスタイルに変えるかどうか、話してもらえるかな。このままでは評価が下がってしまう。検討するように話してもらえないか」という要望がありました。

倉重:それは結構ヘビーですね。

曽山:ヘビーです。幸いにも僕は営業部長としてもともとお付き合いがあったので、その関係性をベースに誠意を持って話そうと思いました。できるだけ相手の気持ちに寄り添いながら、「今の業績では、あなたの評価は下がっていくだけだし、給料も下がります。このまま働き続けることが、あなたの人生にとってプラスになるのかどうか考えてほしい」と率直に伝えました。何回かの対話を踏まえた結果、退職されることになりました。最後に「言ってくれて良かったです」と、お礼の言葉をもらいました。それが僕としてもすごく印象に残っています。その部署では、事業部長の方が辞めてから若手がすごく頑張って、業績が伸びたのです。

倉重:「このポジションは俺が取りに行くぞ」という気持ちになったのですね。

曽山:そうです。そのおかげで、私に依頼した担当役員から「いや、すごく良くなったよ。ありがとう」の一言をもらえたのです。役員からこういう一つの「ありがとう」をもらえたということは、経営陣が目指そうと思っている方向性を応援できたということですね。

倉重:確かにそうです。人事面からサポートしていますね。

曽山:これが人事の本当の役割である「人と組織で業績を上げる」ということのど真ん中だと思いました。

倉重:人事は手続きをやるだけではありませんね。

曽山:そうです。こういった動きを表彰してもらったのが本当にうれしかったですね。

倉重:退職のお話は一歩間違えれば私のところに来るような紛争案件になりかねないわけですから。

曽山:そうです。仮にそういうことになったとしても、「サイバーとしては誠実に対応しました」となるように、相手の方にもできる限りそう思ってもらえるように意識しています。

倉重:なるほど。そうやって一つひとつ課題を解決していって、だんだん人事が信頼されるようになっていったという感じですか。

曽山:そうです。

■人事は人と組織で業績を上げる

倉重:あらためて、経営の方向けに「人事はこういう大切な役割があるのですよ」ということを言っていただけますか。

曽山:まさに人事は「人と組織で業績を上げる」ということが一番大事で、それが使命です。もう一つは、新しいワードで「コミュニケーション・エンジン」という言葉を僕は使っています。経営者の考えている言葉をきちんと現場に分かりやすく伝えるという翻訳・通訳の機能です。例えば社員10人にヒアリングすると、10人が良い意味でいろいろな意見を言います。

倉重:そうですね。

曽山:この中で本質的に大事だと思うものを抜き出して、翻訳・通訳して経営に伝える。その役割を通じて人と組織で業績を上げるというのが人事の大事な役割かと思います。

倉重:そうですね。人事評価制度であっても、賃金制度であっても、経営の意思がそこに入っているということですね。

曽山:そうです。メッセージが入っているということです。

倉重:なるほど。ちなみに人事部の機能を強化するのは何人ぐらいの会社から必要だと思いますか。

曽山:これはすごく難しいです。正直、人数で決められるものではないと思っています。「行けるところまでは経営陣で人事をしたほうがいい」というのが僕の考え方です。人事がいると、どうしても伝言ゲームの間にはさまることになるので、コミュニケーションが流れなくなります。ですので、できる限り経営陣でしたほうがいいです。ただし事業開発を中心とした経営戦略を決めるのが経営陣の仕事なので、そこの時間が人事よりも少なくなるようであれば、専門家を入れるべきだと思っています。

倉重:なるほど。それは良い判断軸ですね。

曽山:社長自身の人事キャパもあるので、何人とは一概には言えません。ただ、経営陣で人事ができないようであれば、人事専門チームを作ったほうがいいのではないかと思います。

■若手抜擢で注目しているのは?

倉重:今まで出て来た中に、若手を抜てきするお話もありました。年功序列の限界という話もある中で、若手抜擢は下手するとハレーションなども起きかねないかと思います。意識されていること、心掛けていることはありますか。

曽山:若手抜てきは、才能が大化けする可能性がある、非常に貴重な意思決定です。才能が大化けするということは、業績が爆上がりする可能性を秘めています。経営判断として、業績が伸びる選択肢の一つであると考えているので、抜てきはできる限りしたほうがいいと思います。

倉重:できる限りですか。

曽山:はい。どんどんやったほうがいいというのが1番です。もちろん「え? なぜあいつが引っ張られるの?」「なぜ俺ではないのか」としらけるのは、人間として当然あります。営業時代に、私より後に入って来た人が子会社の社長に抜擢されている姿を見て、ジェラシーを感じた私がいるのも事実ですので、その気持ちもわかります。

 2番目に大事なことは、やりたいと思った人が「やりたい」と言える環境を作ることです。僕は「意思表明の環境」と言っていますが、やりたい人が「やりたい」と言える環境を整える必要があります。「何で抜擢してくれないんですか」と不満を言う人に対しては、きちんと平等な機会を作って手を挙げてもらい、フェアにチャンスを与えるべきだと思っています。

倉重:全部公募ですか。

曽山:そうです。新規事業も公募で、手を挙げてやれる仕組みを取り入れるようにしています。実際にあったエピソードとして、3年目ぐらいの新入社員を子会社の社長に抜擢したのです。その直後に彼より3~4歳年上のメンバー数名と飲みに行ったら、予想通り不満を言われました。

倉重:「何であいつが抜擢されて、僕らではないのですか」と。

曽山:そうです。当時から新規事業プランコンテストをしていました。「事業を作ろう」ということで、「ジギョつく」という名前なのです。それで「あれ?A君は『ジギョつく』を出したことがあったっけ?」と聞きました。出していないことは分かっています。「いや、出していません」と答えたら、「そうしたら、A君が社長をやりたいとか、事業をやりたいと、俺はどうやって分かればいいの?」と聞くわけです。

倉重:エスパーではありませんからね。

曽山:「次の回で出してよ。出してくれたら、役員会議にその提案を持って行くから」と言ったら、実際に響いて出してくれる人がじわじわと増えたのです。そういう場を提供することはすごく大事だと思います。

倉重:さすがに出していなかったら文句は言えませんものね。

曽山:そうです。

倉重:そういえば、去年この対談をバチェラーにご出演された小柳津林太郎さんともやりました。ちょうど子会社の社長に抜擢された話もあったのです。損を出した時もあったけれども、温かく迎えてくれたという話があり、「すごく恩を感じています」とおっしゃっていました。

曽山:うれしいです。ありがとうございます。

倉重:自由に抜擢して、良いときもあれば、うまくいかないときもあるけれども、安心してチャレンジできる環境を作られているのだろうと思いました。

曽山:そうなるように日々磨いている感じです。

倉重:ちなみに、将来スターになるかもしれない人をどうやって見抜いているのですか?

曽山:藤田晋の言葉を借りると、「言うことは壮大、やることは愚直。このセットだと結構見込みがある」ということです。例えば「僕は将来全国の国民が使うようなサービスを作りたいです」とか「世界で10億人が使うようなプロダクトを作りたいです」というのは、本当に壮大です。

ただ言うことが大きい割に、やっていることがチャラチャラしていると、本気で取り組んでいないように見えます。サイバーエージェントの中でも業績を上げられる若い人材においては、言うことは大きいけれども、仕事はとても地道にしている人です。これがセットになっていると、すごく誠実さや誠意が伝わるので、苦しいときにも逃げないだろうなというイメージがわきます。そういう人は見込みがあるので、抜擢する機会は多いですね。

倉重:「壮大だけれども愚直」というのは、どんな分野でも大事なことですね。社員のタレントマネジメントをどうするかという話も、以前この対談で法政大学の石山先生とお話ししたことがあります。タレントをうまく使いこなせる会社はなかなか多くないという話でした。サイバーエージェントは、トップからのメッセージで一気通貫しているので、そういう文化になっているのでしょうね。

曽山:それを作っているという感じです。

倉重:現在進行形ですね。今日は人事をしている方々がこの対談を読んでくれていると思います。望んで人事になった人もいれば、何となく人事に配置転換されてしまって、「何だ、この仕事は」と思っている人もいるかもしれません。そういう人に向けて、人事は良い仕事だということを、あらためて違う角度からお話しいただけますか。

曽山:人事は本当に面白くて、「会社は組織開発と事業開発の両輪で回す」と考えています。事業を作ることと組織を作ることは両輪です。この2本柱の片方をがっちり回せるのが人事なのです。

倉重:なるほど。

曽山:事業側にはもちろんいろいろな事業部門が要ると思いますが、組織開発がぼろぼろだったら、どんな事業戦略もうまくいきません。ある程度のところはパワープレーで行けるかもしれませんが、人と組織でさらに業績が上げられます。自分が作った仕組みや仕掛けで会社全体が動きますので、極めて面白いです。

倉重:確かにそうですね。

曽山:これは本当に面白いです。僕がイメージしているのは、社員にうちの会社のことを自慢してもらえたら最高だということです。

倉重:プライド、誇りに感じてもらうのですね。

曽山:そうです。そういう状態までイメージできるように、人事制度を作ったり、対話を意識したりしています。

倉重:何のために人事をしているのかというところまで落とし込むのですね。実際にサイバーさんの中では、人事に配属する人はどうチョイスしていますか?

曽山:サイバーエージェントの場合は、人事に入ってもらうパターンが3つあります。1つ目は事業部で事業経験がある人です。2つ目が専門能力を持っている人。例えば労務などが一番分かりやすいのですが、中途で入って来てくれる人。3つ目が新卒入社です。一番学生の声が分かるので、新卒採用を一緒にやってもらいます。この3つのパターンが大きいです。

倉重:なるほど。最初のパターンは、事業戦略が分かっている人こそ人事をやるべきだということですか。

曽山:そうです。事業が分かっていると、社員と寄り添うときに痛みを感じ取ることができます。それが本当にいいと思っているのです。

倉重:時には辛い決断をすることもありますしね。

曽山:そうです。その時に寄り添いながら一緒に考えることができるのが大変いいと思います。

倉重:なるほど。サイバーの人事には、今は何人ぐらいいらっしゃいますか。

曽山:まず私が直轄で見ているのが60人ぐらいいます。グループ全体で、正社員で5,000人います。私の直轄ではありませんが、事業人事、またはビジネスパートナーと呼ばれる、役員付きの人事が100人から120人ぐらいいます。

倉重:HRBP※ですか?

(※HRビジネスパートナー…企業戦略・事業戦略に基づき、経営・事業のパートナーとして、人事戦略を構築する役割。従来の人事部(HR)とは異なり、事業部中に入り、現場感覚を経営に伝える。)

曽山:まさにHRBPです。HRBPのそれぞれの大きな部門の幹部と、私たちがいる全社人事、コーポレートの人事から幹部数人を出し合って、そこで最高意思決定機関を一緒に作っているという感じです。

倉重:経営の意思決定のプロセスの中でもかなり重視されているという感じですね。

曽山:もちろんです。実際にサイバーエージェントの役員の中には、3人も人事担当がいるのです。

倉重:3人もいるのですか。

曽山:執行役員まで含めると全部で20人ぐらいいます。その中でも3人、人事がいるというのは、すごく良いメッセージだなと思っています。

倉重:多いですね。

曽山:はい。そのHRBPのメンバー、全社のメンバーの中に私を含めて3人の人事役員がいますので、経営的観点、経営課題について一緒に議論できているのはとても良いですね。

倉重:なるほど。HRBPがあると、例えば異動や仕事を転換してもらうときに、現場の意見は結構重要視されるのでしょうか?

曽山:そうですね。基本的には事業部の思いをきちんと受け止めるようにしています。事業部の場合、いつも見ている情報は、基本的に縦割りの1つの部分最適になっています。全社人事とHRBPの塊を僕らは「人事連邦」といっているのです。連邦政府のように、中央政府と州知事がいて、どちらが偉いというのではなく、皆で共通の目標を作り、そこに向かうためにはどちらが良いかを常に議論しています。

倉重:なるほど。

曽山:ですので、3カ月に1度くらいロングミーティングを行って、目指すべき方向や注力する分野を一緒に議論しているのです。HRBPの意見だけによるのではなく、全社人事の意見を押し通すのでもなく、どちらが良いかをフラットに、一緒にいつも議論しているという状態です。

倉重:なるほど。常に現場の最新情報をアップデートし、経営の意思決定にも反映させるという姿勢が伝わって来ます。

曽山:ありがとうございます。

(つづく)

対談協力:曽山哲人(そやまてつひと)

株式会社サイバーエージェント 常務執行役員CHO

上智大学文学部英文学科卒。高校時代はダンス甲子園で全国3位。

1998年に株式会社伊勢丹に入社し、紳士服の販売とECサイト立ち上げに従事。

1999年に当時社員数20名程度だった株式会社サイバーエージェントに入社。

インターネット広告事業部門の営業統括を経て、2005年人事本部長に就任。

現在は常務執行役員CHOとして人事全般を統括。

「クリエイティブ人事」「強みを活かす」などの著作のほか、ビジネス系YouTuber「ソヤマン」などSNSでも情報発信。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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