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庶民派、ロックスターとも呼ばれるローマ教皇と出会って。世界を巡る教皇の旅の記録を映画に

水上賢治映画ライター
「旅するローマ教皇」より

 いまや世界を代表するドキュメンタリー映画作家といっていいジャンフランコ・ロージ監督の新作「旅するローマ教皇」が焦点を当てるのは、第266代ローマ教皇フランシスコにほかならない。

 邦題通りに、2013年3月に行われたコンクラーベ(※教皇を選出する選挙)で、第266代ローマ教皇となった彼の世界をめぐる旅が記録されている。

 資料によると、本作の撮影期間は、2013年のイタリア、ランペドゥーサ島から始まり、2022年の新型コロナウイルスのパンデミック下のマルタの訪問まで。作品をみればわかることではあるが、その間の9年間で、教皇はヨーロッパ、中東、アフリカなど53か国も足を運んだという。2019年11月にはローマ教皇としては38年ぶりにここ日本も訪れている。

 本作は、世界各地に足を運び、祈りを捧げるローマ教皇の姿が映し出される。

 ただ、単なる旅の記録ではない。その旅を通して、ローマ教皇の眼差しの先にある世界を体感するとともに彼の人間性に触れ、そして、いまなお解決することのできない世界の問題と向き合うことになる。

 明るく飾らない人柄から、「庶民派教皇」「ロックスター教皇」とも呼ばれる第266代ローマ教皇フランシスコの旅の記録からいったい何を見出したのか?

 ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した「海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~」をはじめ傑作ドキュメンタリーを発表し続けるジャンフランコ・ロージ監督に訊く。全五回。

ジャンフランコ・ロージ監督  筆者撮影
ジャンフランコ・ロージ監督  筆者撮影

第266代ローマ教皇フランシスコに関しては非常に興味を抱きました

 まずは今回、ローマ教皇についての映画を作ることになったわけだが、以前から、ローマ教皇に興味があったのだろうか?ロージ監督はこう明かす。

「いや、わたし自身は信者ではないので、これまではバチカンのことも、ローマ教皇のこともさほど興味があったというわけではありませんでした。

 でも、第266代ローマ教皇フランシスコに関しては非常に興味を抱きました。そして、知れば知るほどものすごく大きなリスペクトを抱くに至りました」

第266代ローマ教皇フランシスコは、信者と信者でない人、その双方に

しっかりと自らの言葉を語りかけることのできる初めての教皇ではないか

 第266代ローマ教皇フランシスコに興味を抱いた理由をこう明かす。

「さきほどいったように、わたしはカトリックの信者ではなくて、これまでのすべてのローマ教皇のことも詳しく知っているわけではありません。

 なので、自分の知りえる範囲内での話になるのですが、第266代ローマ教皇フランシスコは、信者と信者でない人、その双方にしっかりと自らの言葉を語りかけることのできる初めての教皇ではないかと思っています。

 映画を見てもらえればわかると思うのですが、彼はこれまでの歴史で起きたことから、現在、世界で起きているさまざまな問題、そして市民のちょっとした悩み事まで、そのすべてのことに対して自分の言葉で語ることができる人だと思います。

 しかも、なかなか説明がしづらい政治的なことや社会的なことも、変に難しい言葉を使うことなく、いい意味で世俗的な形で話すことができる。どんな人にもわかるように話される。

 『庶民派教皇』と呼ばれるのは、そういうところにあるような気がしていて。

 彼のように世界の人々ひとりひとりに寄り添い、言葉を届けようとしている教皇はいままでいなかったのではないかと思っています」

「旅するローマ教皇」より
「旅するローマ教皇」より

ローマ教皇との感動的な出会い

 今回の作品の制作へと動いた直接のきっかけについてこう明かす。

「わたしの映画は、ある人やあるシチュエーションとの出会いからいつもだいたいスタートします。

 今回の作品について言えば、9年前に撮影した『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』にさかのぼります。

 教皇がシチリアのランペドゥーサ島を訪問されて、そのあと、『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』をご覧になられた。

 そして、後日、教皇とお会いすることになって、いろいろなことをお話しすることができました。

 まず、この教皇との感動的な出会いが今回の作品へと向かうひとつのきっかけになりました。

 そのあと、わたしは中東に長い間滞在して前作『国境の夜想曲』を完成させました。

 一方で、教皇は新型コロナの影響によって世界各国をめぐる旅は中断していました。

 そのあとパンデミックが落ち着いたとき、教皇は旅を再開されて、イラクを訪問された。

 その旅の後に、バチカンからわたしのもとに連絡が来たんです。『イラクで撮影した映像を見せてほしい』と。

 イラクに教皇がいらしたときに、『国境の夜想曲』で僕が受けたインタビューの記事を読んでくださったようで。それで、もう一度、教皇にお会いすることになりました。

 そのとき、またいろいろとお話ししたのですが、まず教皇は中東に初めて訪問されていろいろな思いが去来しているようでした。

 この姿を前にしたとき、まずわたしに何かできることはないかを考え始めました。

 それから、訊くと、9年前にランペドゥーサ島を訪れてから、今回のイラクの旅の間に、教皇は37回も旅をしているという。

 この事実を知ったとき、バチカンにいないときの教皇の姿を想像して、『これはおもしろいかもしれない』とちょっとワクワクしました。

 『旅する教皇』というのはどうだろう。バチカンの政治の中ではない、バチカンという特定の空間から飛び出したときの教皇の姿、世界中を旅する教皇の姿から、なにか見えてくるのではないかと思いました。

 なぜなら、わたし自身もそうですが、旅をすると人は変わると思うんです。

 旅というのは、行き先となる国やそこで暮らす人々に自身を適応させることになる。

 さまざまな出会いに対して、自分を適応させることで新たなコミュニケーションが生まれ、新たな世界や価値観を知ることになる。

 新たな世界や価値観を知ることで、自分も新たな視点がもてたり、いままでとは違う価値観で生きられるようになったりする。

 人は旅を通じて、なにかしらの影響を受けて変わるところがあると思うんです。

 ですから、バチカンから外へと出たときを見つめることで、バチカン内のときではみえない教皇の姿が見えてくるのではないかと思いました。

 それから、こうも思ったんです。教皇フランシスコは逆巡礼をしているのではないかと。

 通常、教皇にお会いできればと人々はバチカンを訪れる。

 でも、教皇フランシスコは逆で、積極的に旅に出ることで世界中の苦しんでいる人々のもとに自ら出向く。そこで人々と触れ合いながら、自らの言葉をかけられている。

 そういったところからも、なにかいままでにない教皇の肖像が浮かび上がってくるのではないかと考えました。

 また、教皇は、ほんとうにさまざまな場所を巡られている。

 その旅を通して、いまわたしたちが置かれている社会情勢や世界的な問題も描けるのではないかと思いました」

(※第二回に続く)

「旅するローマ教皇」ポスタービジュアル
「旅するローマ教皇」ポスタービジュアル

「旅するローマ教皇」

監督・脚本:ジャンフランコ・ロージ

公式SNSリンク:X(旧Twitter) https://twitter.com/Rosimovie_jp

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Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館 ほか全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(C) 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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