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豊田兼が400mハードル史上初の五輪ファイナリストに挑戦。過去の47秒台選手との比較でわかる可能性

寺田辰朗陸上競技ライター
6月の日本選手権でパリ五輪代表を決めた豊田兼(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 男子400mハードルの豊田兼(21、慶應大4年)が日本人初の決勝進出に挑戦する。豊田は6月の日本選手権で47秒99と日本人3人目の47秒台をマークした。為末大の持つ47秒89の日本記録更新と、その為末ができなかったオリンピックの決勝進出が期待できる。

 豊田の特徴は195センチの長身と、110mハードルでも13秒29と、日本歴代6位のスピードを持つこと。スケールの大きさを感じさせる選手だ。ノビシロ十分の学生ハードラーへの期待を、日本歴代2位の47秒93を持つ成迫健児氏にも話をうかがった。

パリ五輪をシミュレーションした日本選手権

 豊田は日本選手権の決勝で“攻め”の展開をした。表に3選手のタッチダウンタイム(リード脚がハードルを越えて接地したときのタイム)を示したが、豊田の日本選手権決勝は、予選よりもかなり速く前半を入った。予選は5月のゴールデングランプリ(以下GGP)と同じペースで展開した。48秒36の自己新をマークしたレースだ。

男子400mハードル日本歴代1~3位3選手のハードル10台のタッチダウンタイム(筆者作表)
男子400mハードル日本歴代1~3位3選手のハードル10台のタッチダウンタイム(筆者作表)

「予選は(8台目以降で力を抜いて)48秒62で通過しましたが、すごい余力がありました。高野(大樹)コーチともう少し前半を上げていこうと話しました。パリ五輪に出場するのが目標なら3位以内に入ることを優先すればいいのですが、パリで決勝を目指すには、海外選手たちに食らいつくレース展開が求められます。(パリ五輪までレースの予定がなく)日本選手権決勝という舞台で、前半からスピードを出すレースをしておこうと考えました。その結果47秒台が出せたのかな、と思います」

 このタイムを準決勝で再現すれば、あるいはこのタイムから多少後れたとしても、決勝進出が実現できる。

 歴史的な快挙になるが、豊田自身は“最高の目標”という設定の仕方をしている。

「決勝の舞台に進出することが最高の目標です。進出するとなったら日本選手権の47秒99を更新しないといけないないので、そこに自己新も同時に達成することです」

 と同時に“最低の目標”も設定している。

「準決勝進出です」

 自己記録からすると控えめな目標になるが、後述するように一見低いと思える目標の設定も、オリンピックを戦う上では意味がある。

ハードル間歩数の13歩を8台目まで行ける豊田

 400mハードルのハードル間の歩数は、前半は13歩で行くことが世界標準である。日本選手でも近年は多くなっているが、身長が170センチ台の選手にとって13歩は楽ではない。為末は170センチとこの種目では小柄だったが、バネのある走りが特徴で5台目まで13歩で行くことができた。

 為末は01年の世界陸上エドモントン大会と、05年世界陸上ヘルシンキ大会で銅メダルを獲得した400mハードルのレジェンドである。前半のスピードが武器で、前半をリードする攻撃的なレース展開を武器とした。外側のレーンであれば、前半で為末の背中が遠ざかるのを見た有力選手が、焦ってリズムを崩した。

 13歩で行くには為末の場合、思いきりストライドを広げる必要があり、必然的にスピードが上がるレース前半にった。表に示したように為末の前半は成迫、豊田より一段速いレベルだった。

 しかし同じ13歩でも前半の走り方が大きく違う。

「僕の場合は為末さんとはおそらく違って、13歩は刻む意識の方が強い走り方です。3台目くらいまではストライドを大きく走ると詰まってしまって(ハードルに近い位置で踏み切ることになって)、減速してしまいます。少し刻んでハードルにしっかり合わせに行くイメージで走っています」

 見た目的にも豊田の3台目までは、自然にストライドを広げているのとは違い、明らかに刻む走り方をしているのがわかる。筆者も長年陸上競技を取材してきたが、豊田の刻む走りには衝撃を受けた。

 もう1つの衝撃があった。豊田は8台目まで13歩を維持できることだ。9台目と10台目は15歩である。為末は前述のように5台目まで、成迫は6台目までだった。無理をしての13歩だと終盤の減速につながるが、豊田の場合はもちろん無理をしないで8台目までの13歩を行っている。

日本歴代2位の成迫さんとの比較

 日本歴代2位の47秒93(06年世界リスト4位)を持つ成迫さんは現在、大分県議で多忙な日々を送っているが、日本選手権など豊田の走りには注目してきた。

「彼は400mの記録も110mハードルの記録も私より上ですし、47秒5くらいは普通に出すと思います」

 成迫さんも185センチの長身選手で、47秒93を出した時のハードル10台のタッチダウンタイムが、豊田の47秒99とほどんど同じである。序盤の13歩を刻む意識で走っていたことも共通点だ。

「13歩で少し詰まっていたので、ハードル前でテンポアップして跳んでいました。ハードル上でもうひと伸びするようなハードリングをしていました」

 成迫さんも13歩の歩数を当初は5台目まで行っていた。それを大学2年時に6台目でに伸ばした。「6台目を14歩にするとカーブを逆脚で踏み切ることになり、減速が大きかったんです。6台目まで利き脚で踏み切ることで3秒台を6台目まで維持できました。それができれば自分は後半が強かったので、47秒台を出せると思っていました」

 豊田も3コーナーから4コーナーにかけてのカーブで、減速を大きくしないことを考えて来た。8台目まで13歩なので逆脚は使わなくていい。豊田がパリ五輪でイメージするレース展開の1つが、「自分の持ち味であるカーブで耐える走りをして、食らいつきたい」と考えている。日本選手権でも「6台目、7台目のタイムが少し停滞したので改善ポイント」だと感じていた。

 そして日本選手権で感じた大きな課題が、9台目と10台目の減速だ。13歩から15歩に変えるので、逆脚は使わない。その分、歩数が2歩多くなり、これも普通の選手では考えられないが、しっかり刻まないと詰まってしまう。疲れが大きくなる局面で、緩慢な走りになると刻むことができなくなるのだ。

 豊田自身は「0.1秒は縮められた」と言い、高野大樹コーチは「今のままでも8台目からフィニッシュまでを14秒1まで短縮したい」という。日本選手権は14秒43なので、0.3秒短縮できることになり、47秒6台が出ることになる。

 ノビシロ十分の豊田だが、国際大会の経験が少ない。成迫さんは06年アジア大会で金メダルを取ったが、五輪と世界陸上は準決勝を突破できなかった。特に07年の世界陸上大阪では、0.01秒差で決勝進出を逃した。

 成迫さんは「いつもと違うことをしないこと」が重要だという。

「日本記録を出したい、決勝に行きたいと、練習を加速させすぎて故障をしてしまいました。直前の練習も速いタイムで行ってしまい、疲れが残ってしまったこともありました」

 豊田は前述のように“最低の目標”として準決勝進出を設定している。そうすることで、無理に練習強度などを上げすぎないことになっているのかもしれない

 豊田と成迫さんの共通点は、タッチダウン以外にも多い。共通する課題を豊田が、自分なりの方法で解決すれば47秒台中盤が期待できる。

陸上競技ライター

陸上競技専門のフリーライター。陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の“深い”情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことが多い。地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。座右の銘は「この一球は絶対無二の一球なり」。同じ取材機会は二度とない、と自身を戒めるが、ユーモアを忘れないことが取材の集中力につながるとも考えている。

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