社員の才能を生かせ!~タレントマネンジメント入門~【石山恒貴×倉重公太朗】最終回
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石山恒貴さんは、本の中で、タレントマネンジメントには外部環境の変化を織り込むことが重要だと書かれています。時代によって求められる才能や技術、能力は異なるからです。いったん厳密な職務定義をしてしまうと、なかなか変更しにくく、手間もかかります。変化を前提として、柔軟に設定することが大切です。同様に、人生設計やキャリアプランにおいても、変化することを念頭において、不確実さを面白がる気持ちを持つことが大事なようです。
<ポイント>
・キャリア形成の曖昧さや不確実さを楽しむ
・人は自分の意味や意義に気がつくと、すごくやる気になる
・人事の1/8ルールを知る
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■「やりたいこと症候群」に陥らないこと
倉重:今回はずっとタレントマネジメントの話をしてきましたが、若い方の中には「いやいや、俺にはこんなタレントなどはない。普通にしていくのが精いっぱいです」「自分に自信が持てないです」という人も多いと思います。そういう人に向けて、ぜひ、タレントの研究をしている先生から、どういう視点で働いたらいいかをアドバイスください。
石山:本にも書きましたが、「自己成就予言」や「ピグマリオン効果」というものがあって、「あなたはできる人だね」と言われると、自分でもそう思うと、皆ものすごく能力が伸びるのです。反対に「あなたはできない人だね」と言われると「自分はできないんだ。では絶対にミスしないようにしよう」というふうに、どんどん防衛的になっていきます。「誰でも違った才能があって必ず伸びるはずだ」と考えるか、考えないかというところがポイントです。そこに違いはありません。
ただ、倉重さんがおっしゃるとおり、「やりたいこと症候群」のような事態が起こってしまうこともあります。大学のキャリア教育でも「やりたいことを大事にしなさい」と言われます。ところが、そうするとかえって「自分はやりたいことや、なりたいものもありません。そんな自分が就活などしていいのでしょうか」と学生が自信を喪失してしまう場合すらあります。
人間、誰しも分かりやすい「やりたいこと」があるわけではなくて、自分で何か面白いと思ったり、意義や情熱を感じたりすることがあるわけです。いろいろ経験していく中で初めてそれが分かっていくのではないでしょうか。
倉重さんも、弁護士として力を発揮できるところに就いたらすごく伸びたのですよね。自分のやりたいことは、いろいろな経験を積んで一生探求していくものかもしれません。人それぞれ、「これをやったら力を発揮できる」という強みや情熱はあるので、それを信じて努力し続けたら、誰でも才能や創造性は発揮できるのではないかと思うのです。
倉重:してみないと分かりませんからね。大学生ぐらいで「自分には才能がない」と決めつけるのは早過ぎると。私自身も中学時代は偏差値37でしたし。
石山:早過ぎますね。これはキャリア教育の難しいところで、「22歳の時に完璧なキャリア計画を作らないと自分は一生終わりだ」などと思い込んでしまうと大変なわけです。
倉重:「好きなことを見つけよう」と言われても、22歳の時点でそんなこと、できるわけがありませんね。
石山:そうです。社会でいろいろな経験してみると初めてそれが分かってきます。今、振り返ればそう思うけれども、22歳の時にそれが分かっていたかというと……。
倉重:私もちょうど22歳の時に司法試験に受かって、23歳ぐらいで就活していました。
石山:22で司法試験とはすごいですね。
倉重:弁護士事務所の就活をすると、先輩に「どういう分野の法律を扱いたいのか」と聞かれます。「やったことないから、分かるわけがないだろう」と思いながらも、適当に取り繕って、隣の人が言っていることを真似ていました。その時は「スポーツ選手の代理をしてみたいです」と言っていましたが、結局やってみないと何が面白いかは分かりません。
石山:ですから、してみないと実は分からないという曖昧さや不確実さを面白いと思えるかどうかなのです。「これをやると絶対に成功する」というのは、ゲームでも楽しくはないですよね。
倉重:「今これをしていることが将来役に立つでしょうか」などという質問もあったりしますが、「それはあなた次第ですよ」と思います。
石山:でもそれが分からないからこそ、面白いのではないかと思います。
倉重:まさにそういうことですね正解になるかどうかは、自分の行動次第ですね。
■自分が何者か知ることで力を発揮できる
倉重:最後の質問で、石山先生のこれからの夢をお伺いしたいと思います。
石山:そうですね。今、これから一番研究しようとしているのは、英語で言うと「Meaningfulness of work」です。
倉重:どういうことですか。
石山:仕事の有意味性です。
倉重:「なぜ俺はこれをしているのか」というような話ですか。
石山:仕事の意味や意義に気がつくと、すごくやる気になります。この意味や意義というのは、自分らしさと仕事の全体性を連結させるということで、今の話ともつながります。その意味や意義が職場でも尊重されるということです。『鬼滅の刃』の中でも、無一郎さんというキャラクターは、自分が何者か分からない時は力が発揮できなかったけれども、自分が何者か分かったら、強敵を物ともせずにやっつけてしまいました。
倉重:なるほど。
石山:自分らしさというのは簡単には分かりません。人生は自分らしさを探求する旅かもしれないのです。さらに、その自分らしさが、社会や組織の全体性への貢献につながっていくなら理想的です。その中で意味や意義などが分かったら皆やる気になってくるので、研究でそのあたりをほぐしていきたいと思っています。
倉重:『Factfulness』に続いて『Meaningfulness』という本なら、ベストセラーになるのではないですか。
石山:なるほど。『Factfulness』の次は『Meaningfulness』ですか。いいですね。
倉重:ちょうど私が今この話をしたいと思っていて。この間、同一労賃の最高裁判決がありました。その中で裁判所は「夏季・冬季休暇を与えられないのは不合理だ」と言っていたのです。結論はいいのですが、その理由づけのところに「休暇を与えられなかったことによって、本来働く必要のない日に勤務した」という言い方をしました。「働く必要がない」とは何でしょう。この裁判官は、要するに「金さえもらっていれば、働かないほうが素晴らしい」と言いたいのでしょうか。もちろんそんなことを言いたいわけではないと思いますが、取りようによってはそう見えます。そういう発想はベーシック・インカムでも、宝くじでもそうですね。お金さえあれば一切働かないのは幸せな人生かと。まさに私たちは何のために働くのかというのは、すごく大事な議論だと思うのです。
石山:そうですね。労働は神が与えた苦役なのか、そうではなくてMeaningfulなものなのか。
倉重:自己実現、表現なのかということです。ということは、一人ひとりがMeaningfulな仕事になれば、タレントも開花するという話ですよね。
石山:そうですね。どうせなら人生は楽しくしたい。お金が得られない仕事、ボランティアやNPOで働いてもいいわけです。働くということがMeaningfulなほうがいいですね。
倉重:その「Meaningfulness研究」は超楽しみですね。
石山:ありがとうございます。
倉重:まさに私も理論的に反論したいと思っていまして、また追いかけていますので、ぜひそれは楽しみにしています。
石山:あと3~4年かかると思います。
倉重:分かりました。それが出来たらまた対談してください。
石山:ありがとうございます。
■タレントマネジメントがうまくいく会社とそうではない会社
倉重:では、観覧者の方、ご質問いただければと思います。
A:今日はありがとうございました。私も企業で人事制度のコンサルティングを担当していて、企業の人事制度作りをたくさん手がけています。今日言われたように「正解はどこにもないけれども、皆さん、よそでうまくいっている事例を欲しがる」というのは、まさにそうだなと思いました。先生も企業人事だったからたぶんお分かりでしょうけれども、正解はすぐ出ないし、失敗かどうかもよく分かりません。責任の取りようも難しいところがあって、皆どこかでうまくいっていることを真似したいようです。正解・失敗がすぐ分かるのなら、トライ&エラーも、ものによってはできるかもしれません。逆に賃金や、従業員にすごく影響が大きなことは「ごめん。試したけれども失敗だったから、あれはなしね」とは言いにくいものです。いろいろな要素があるのではないかと思ったりします。
今のは感想でしたが、質問として、私のお客さんの中でもタレントマネンジメントに関心があるところも結構ありますが、私は専門家ではないので、「この企業さんならうまくいく、うまくいかない」が全然分からなくて、コメントしにくい部分もあります。
先生の観点から、タレントマネジメントがうまくいく会社、うまくいかない会社の特徴というか、ポイントは何かありますか。
石山:今日の話に共通しますが、その会社の競争戦略や強みを生かそうとすることなので、ベンチマークするのはいいですが、単純に横並びで何かしようとする場合はうまくいきません。その会社なりの工夫ができるかどうかが大切です。コンサルの方とコラボするのはいいですが、その組織ならではの発想がゼロではうまくいかないので、人事部の方とコンサルタントが一緒に考えて工夫できるのかということが一つ。それとトップのコミットメントが重要です。経営者側がそこに時間をかけると決意するのです。ある意味、タレントマネジメントの経営上の優先度が高くなっていることが成功の要因という気がします。
倉重:経営者が外部委託して「はい、しておいて」では絶対にうまくいきませんね。
A:確かにそうですね。ありがとうございます。
石山:ありがとうございます。
倉重:では、Bさん。
B:大変面白かったです。感想になってしまいますが「人・金・もの」というところで、もの・金は数値化しやすいけれども、人はすごく数値化しづらいので、経営層が重要視しづらいのかなと思っています。それはどうすればいいのでしょうか。
倉重:人事の効果測定をどうするかという話ですかね。
B:そうですね。効果測定も、やった後ではなくて、やる前に大切と思ってもらわなければいけないので、その理解はすごく難しいのではないかと感じています。
石山:「8分の1ルール」というものがあります。経営者が「経営に直結するから、人を尊重するのが大事なことだ」と思う会社が2分の1です。それを実行する経営者が2分の1。さらに、それを長く続ける経営者が2分の1。つまり、1/2×1/2×1/2で、人を経営の中心に置いて、本当に尊重して経営戦略の中核に置く会社は8分の1しかないと言われています。
倉重:そんなにも少ないのですね。
石山:それほど難しいのですが、タレントマネジメントでは効果測定もいろいろ研究されています。そのときもマクロKPIとミクロKPIは決めたほうがいいと思います。例えばマクロ的にはその企業全体のタレントマネジメントの効果測定指標を定め、ミクロ的には事業部門や職種別などの効果指標を決めます。経営者がそうした効果測定を重んじないなら8分の7のほうに入ってしまうのではないかと思います。経営者が本当にそれをコミットしたら、それだけで8分の1のすごく競争優位な会社になれるのではないでしょうか。
倉重:ほかの会社がやらないのなら、むしろすごいチャンスですよね。
石山:そうです。チャンスです。
倉重:「今この記事を見て気付いたあなた、ぜひタレントマネジメントをしてみませんか」という感じですね。どうもありがとうございました。
石山:ありがとうございました。
(おわり)
対談協力:石山恒貴(いしやまのぶたか)
法政大学大学院政策創造研究科 教授 研究科長
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理等が研究領域。人材育成学会常任理事、日本労務学会理事、人事実践科学会議共同代表、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー、フリーランス協会アドバイザリーボード、早稲田大学・大学総合研究センター招聘研究員、一般社団法人トライセクター顧問、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、一般社団法人ソーシャリスト21st理事、一般社団法人全国産業人能力開発団体連合会特別会員、有限会社アイグラム共同研究パートナー、専門社会調査士
主な著書:『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社、『地域とゆるくつながろう』静岡新聞社(編著)、『越境的学習のメカニズム』福村出版、2018年、『パラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社、2015年、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(パーソル総研と共著)ダイヤモンド社、2018年、Mechanisms of Cross-Boundary Learning Communities of Practice and Job Crafting, (共著)Cambridge Scholars Publishing, 2019年
主な論文:Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan, Journal of Knowledge Management, Vol.20,No.6,2016.