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日本文理の怪物候補、飛距離はバレンティン越えだ!

楊順行スポーツライター

みんな、ドラフトが好きだよなぁ……とつねづね思っていた。ドラフト特集の雑誌があちこちから出るし、ウェブ上では全国各地の見巧者が作成する「ドラフトリポート」なるものが、プロフィールから戦歴、手の込んだものなら動画まで取り込んで無数にある。NPBのスカウトもきっと、これらの情報を参考にしているぞ。そしてドラフト会議当日ともなれば、ファンを招待してテレビ中継まで行う大イベントだ。実際会場に行ってみたが、招待客はかなり躁状態でしたね。

MLBの事情はよく知らないが、クリント・イーストウッドが老スカウトを務める映画を見ていたら、やはり会議の様子をテレビ中継しているシーンがあって、ああ、やっぱり、と思った(もっともこの映画、ある金の卵の明らかな致命的欠点を、主役以外だれも見抜けないというのがちょっと興ざめ)。ただアメリカのファンの場合、

「ウチのチームには、どんなルーキーが来るんだい?」

という興味だとすれば、日本のドラフト好きは、ひいきチームがだれを指名するかはもちろんのこと、

「あの選手はどこに行くんだろう?」

というワクワク感がかなり強いのではないか。たぶんだけど。

たとえば、5球団が競合した松井裕樹(桐光学園高)の交渉権を楽天が引き当てれば、

「楽天なら、マー君(田中将大)や釜田佳直など、高卒ルーキーを育てた実績がある。期待できますね」

などと、ファンがにわか評論家と化すわけだ。で、来年のドラフトの目玉といえば……文句なく済美高・安楽智大だろう。とにかく、スケールが大きい157キロ右腕だ。高校生ならほかに、夏の優勝校・前橋育英高の高橋光成、横浜高の左右のスラッガー、浅間大基と高浜祐仁あたり。そして……明治神宮大会で、怪物候補を発見。それが、日本文理高の飯塚悟史だ。

「打球が、視界から消えました」

スタンドが呆然としたのは、沖縄尚学との決勝戦の5回だ。低めのまっすぐを、軽く払うように打つと、打球はセンターのバックスクリーンを越える推定135メートルの特大弾。60本塁打の新記録を樹立したヤクルト・バレンティンさえ、今季バックスクリーン越えはない。龍谷大平安との初戦、そしてこの日の2打席目に続く、大会3本目だった。

「センターはオーバーしたかなと思いましたが、打球が視界から消えたのは初めて。飛ばすのが僕の持ち味ですが、それを実感しました。いつもは打とうとすると力むけれど、今日はフリーバッティングのような気持ちで打ちました」

と本人はいい、大井道夫監督は「九番に入れているけど、長打力はチーム一だよ。それにしても、飛んだねぇ」と口をあんぐりだ。えっ、九番? そうなのだ、とてつもない飛距離で通算9ホーマーを記録しながら、飯塚の"本職"は、ピッチャーなのである。

新潟・直江津中時代は、県選抜のエースとしてKボールの全国大会で準優勝。だが、自分のチームは打線が貧弱で、0対1などで負けることが多かった。そこで、高校進学時に選んだのが日本文理。中学1年のとき、甲子園の決勝で9回二死から6点差を1点差まで追い上げる打線の迫力をテレビで見ていた。そこで「文理なら、打ってくれる」と、当時からの女房役・鎌倉航とともに、強豪の門をたたいた。

すると1年時から力を発揮し、昨年秋の県大会では35回を投げ44三振、防御率0・77で優勝に貢献。この夏の甲子園でも、大阪桐蔭戦に登板し、チームは敗れたが2回を自責0に抑えている。

「ただ、甲子園のあと、フォームを変えたんです。力んでしまうと、体が早く開いてシュート回転になるので、少し腕を下げました。それでコントロールがよくなった」

という飯塚、この秋も新潟県を制すると、北信越大会では4試合をすべて完投し、防御率1・38で優勝に導いた。

だが、神宮大会では「力む」悪癖が出て、決勝は8対0から2被弾含む9失点で、沖縄尚学にまさかの逆転負け……。確かに8回裏には、自己最速タイの143キロをショートの右にはじき返されており、速さはあっても棒ダマになるなど、ピッチャーとしては課題は山積みだ。

「終盤にはスライダーが曲がらなくなって……落ちるタマがほしくて、フォークに挑戦しているんですが、精度がまだまだで実戦では使えません」

と飯塚はいう。そういえば、日本文理の先輩で、東北福祉大でも9勝をあげた伊藤直輝。4年だった今年は肩を手術したため、指名はされなかったが、将来はドラフト有力候補の一人だ。その伊藤も、2年秋の神宮大会では、鵡川に11失点と炎上したんだった。それが、チェンジアップをモノにした翌09年は、全国準優勝投手になっている。185センチ、76キロとスケールの大きい飯塚は、やはり全国準優勝投手だった大井監督によると、「同じ時点では、伊藤より上だね」。

調子のよかった北信越大会では、今春センバツ4強メンバーの残る敦賀気比に1失点で完投し、翌日は夏の甲子園に出場した富山第一を3安打完封と、能力の埋蔵量は圧倒的だ。この冬のトレーニング次第では、投打二刀流の怪物として安楽と張り合うかもしれない……というのは、同じ新潟出身者としてのひいき目だろうか。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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