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借金の末、来日した37歳のエリート中国人女性が餓死 家族は遺体引き取りを拒否か

中島恵ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

8月下旬、37歳のある中国人女性が日本で餓死していたことが判明し、SNSを中心に、在日中国人社会にショックと動揺が広がっている。

中国メディア「環球人物」(9月5日付)などの記事によると、女性の姓は王氏。SNS上の名前は「Akid」。彼女は8月22日、ある日本語学校の廊下で倒れ、翌日は登校しなかった。教師が心配し、家主に頼んでマンションに入ったところ、すでに息絶えていたという。

一体、日本で留学生活を送っていたこの女性に何があったのか。

名門大学を卒業した

王氏は1986年、内陸部の貴州省の省都、貴陽市に生まれた。

両親は農民だったようだが、とくに貧しいわけではなかった。王氏は幼い頃から成績優秀で、16歳のときに、飛び級で名門の吉林大学理工学部に進学する。理系の科目だけでなく、英語の成績も非常によかったという。

同大学を卒業後、同じく名門で知られる武漢大学にも進学。ジャーナリズムとメディアについて専攻し、23歳のときに修士課程を修了した。

この2つの大学はいずれも中国で「985」と呼ばれる有名大学。ひとつ合格するだけでも大変なことであり、ここまで彼女の人生は順風満帆で輝かしいものだったことがわかる。

その後、いくつかのメディアで働いたあと、日本行きを決めたのだが、複数の情報によると、彼女は中国の政治体制について批判的な考え方の持ち主で、欧米や日本に強い関心や憧れを抱いていたという。

習近平体制など中国政治への不満もあったのだろうか。複数の報道を見ても詳細はわからなかったが、2020年、彼女は日本留学を決意する。

両親、とくに父親とは不仲だったこともあり、大反対にあったが、家族や親戚、友人らから約20万元(現在のレートで約400万円)を借金し、日本へと「潤」(ルン)したのだ。

「潤」とは「逃げる」「移民する」などの意味で、中国の厳しいゼロコロナ政策や情報統制などに嫌気がさして、日本など海外に移住する人が増えた際、流行語になった。彼女の日本留学も、時期が重なる。

しかし、皮肉なことに、憧れの日本にやってきたことをきっかけに、彼女の人生は暗転する。

生活に困窮し、引きこもるように

来日後、生活は困窮し始める。さまざまな投資に手を出してしまったのだ。かき集めた資金は底をつき、学費が支払えず、自宅に引きこもるようになった。一部の報道には、中国語を教えようとしたが、教師の経験や資格がなくてあきらめたこと、アルバイトをしようとしたが、日本語が流暢でなく、できなかったとある。

SNSで中国人の友人に困窮を訴え、食べ物を恵んでくれるように頼むようになる。ときどき、友だちからの差し入れのパンやサツマイモなどの写真を投稿していたが、次第にそれも減っていった。

しかし、SNSの写真を見ると、痩せこけた身体の一部や腕、手などが画面に写り込んでおり、そこから「極度の栄養失調」で危険な状況であること、そして、拒食症や精神疾患もあったのではないかと想像される。

今年6月、SNSに投稿した自身の写真(中国のSNSより筆者引用)
今年6月、SNSに投稿した自身の写真(中国のSNSより筆者引用)

これほどの頭脳なら、たとえ日本語学校に通わなくて、独学でも日本語をマスターすることは十分に可能だっただろうし、100万人近くいる在日中国人にSNSで窮状を訴えれば、きっと誰かが手を差し伸べてくれたはずだ。必死で模索すれば、生きていく術はきっと見つかっただろう。

そう考えると、もしかしたら、彼女は自らの意思で、破滅への道へ突き進んでしまったのではないか、自暴自棄になっていたのではないか、と感じてしまう面もある。

死亡が確認されたあと、在日中国大使館を通じて、貴州省に住む両親に連絡が入ったが、現在のところ、両親は彼女の遺体引き取りを拒否しているという。

9月に入り、中国のSNSや中国メディアに、彼女の歩んだ人生についての記事が多数、出回り始めた。

SNS上には「こんなに頭のいい女性が、なぜ……」「どうしてこんなことになってしまったのか、あまりにも悲しすぎる」「精神を病んでいたのでは……」といった声とともに、今の中国社会で生きていくことの辛さについて言及するものもある。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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