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世界チャンピオンに大きなインパクトを与えた新生・なでしこジャパンの船出

松原渓スポーツジャーナリスト

世界チャンピオンを驚かせた新生なでしこジャパン

新生なでしこジャパンが、女王アメリカ相手に3−3と派手な打ち合いを演じ、世界の女子サッカー界を沸かせた。

アメリカのコロラド州デンバーで2日に行われた、アメリカ女子代表となでしこジャパンの親善試合。3月のリオデジャネイロ五輪アジア最終予選で敗退した日本は、高倉麻子新監督の下、新生なでしこジャパンの初陣となったこの試合で再スタートを切った。

この結果は、アメリカ国内でも大きな驚きとともに伝えられている。この試合を放送した地元テレビ局やサイトは岩渕の先制ゴールと共に、日本の戦いぶりに敬意を示し、試合後、FWモーガンは「日本を尊敬する」と話していた。相手をリスペクトすることの大切さを示し、素晴らしい雰囲気のスタジアムで迎えてくれたアメリカに感謝しつつ、この試合を振り返りたい。

※高倉麻子新監督就任

なでしこジャパンに新風。スゴ腕・高倉麻子新監督の強化ビジョン 

出典:http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/jfootball/2016/04/29/post_1120/

※アメリカ戦のメンバー

高倉なでしこジャパン。アメリカ戦に向けて期待の新戦力はこの2人!

出典:http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/jfootball/2016/05/22/post_1133/

※試合前プレビュー

緊張感が違う!新生なでしこジャパンは女王アメリカに通用するのか?

出典:http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/jfootball/2016/06/02/post_1135/

6月2日夜、会場となったDick’s sporting goods park には、18572人もの観客が詰めかけた。

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選手の名前が入ったユニフォームやアメリカ国旗をあしらったグッズや自作の応援ボードなど、思い思いのスタイルで老若男女が楽しむ光景は、女子サッカー大国・アメリカならでは。アメリカ女子代表の試合は、男子の2倍のお客さんが入るという。昨年のW杯優勝を受けて、さらなる盛り上がりを見せているようで、W杯後の親善試合12試合の平均観客数は、なんと26000人強(すべて米主催試合)。

新生チームで臨む日本に対し、アメリカはリオ五輪本番を控え、チーム作りも大詰め。ベテランと若手がほどよく融合したチームは、24名(1名ケガのため離脱)から本大会に臨む18名を絞るための選考の場ともなっており、チーム全体のモチベーションが非常に高い。会場となったデンバーは1600mの高地で、平地に比べて酸素が薄く、時差も日本−15時間。移動の疲れもあり(アメリカは日本の3日前に現地入り)、決してハンデは小さくはない。だが、”本気”の世界女王とアウェイで戦える絶好の機会でもあるのだ。

両者一歩も引かない打ち合いに

「戦術的にもメンタル的にも気持ちよく選手を送り出してあげたい。選手個々の良いものをグラウンドで表現できるように配置を考え、トライしたい」(高倉監督)と、指揮官が選んだシステムは前代表のベースとなった「4−4−2」ではなく、「4−2−3−1」だった。

スタメンはGK山下杏也加(日テレ)、DFラインは右から有吉佐織(日テレ)、村松智子(日テレ)、熊谷紗希(リヨン)、佐々木繭(仙台)。ボランチに経験豊富なMF宇津木瑠美(モンペリエ)、阪口夢穂(日テレ)を配置。中盤は右から中島依美(INAC)、トップ下に千葉園子(ASハリマ)、左サイドに大儀見優季(フランクフルト)、FW岩渕真奈(バイエルン)のワントップとした。

トップ下の千葉と、サイドバックの佐々木の代表初選出2名がこの一戦に抜擢された。

そんな中、「リーダーとしてチームを引っ張りたい」と手を挙げたのが、チーム内では最も経験のある大儀見だ。これまではワントップで前線に張る形が多かったが、新たな可能性へのトライの意味も込めて2列目に入り、キャプテンマークを巻いた。

「新しいなでしこジャパンを思い切ってグラウンドで表現して、(五輪予選は負けてしまったけれど)まだ日本は倒れていないということを世界に見せよう」

試合前、指揮官はそう言って選手たちを送り出したという。

アメリカとの対戦は、昨年のカナダW杯決勝以来。その試合では前半16分までに4失点という衝撃的な内容で敗れた日本だが、この試合では前半から高い集中力でアメリカの攻撃を凌ぐ。

前半14分だった。岩渕真奈が、ペナルティエリアの右の角からドリブルを開始。フェイントを入れて相手の重心をずらし、3人のDFを翻弄する。ゴールを守るのは、幾度となく日本の前に立ちはだかってきたGK、ホープ・ソロ。

「彼女は世界一のGKだと思うし、アメリカは世界一のチーム。自分のリズムで足を振れたのが良かったなと思います」(岩渕)

放たれたシュートは鮮やかな放物線を描き、ソロの右手をすり抜けて逆サイドネットに突き刺さった。

このゴールで試合は動き出す。アメリカはスピードに乗った攻撃でサイドを崩しにくるが、日本は人数をかけて対応。2日間という短い準備期間の中で高めた守備から、徐々に日本のペースに持ち込んでいく。22分には右サイドで有吉の縦パスを受けた中島がクロスを上げ、ファーサイドで大儀見が詰めてリードを2点に広げた。

27分には日本の左サイドを崩されて1点を返されるが、リードで前半を折り返す。

後半は中盤に川村優理を投入。前半同様に互角以上の戦いを見せていた日本だったが、流れが変わったのは、岩渕に代えて横山久美を投入した直後のことだった。敵陣で大儀見が2枚目のイエローで退場処分を受けてしまったのだ。日本は残り30分間以上を10人での戦いを強いられることに。

ここからは、交代も含めて両者が激しい駆け引きを見せる。フレッシュな選手を投入して攻勢を強めるアメリカに対し、日本も82分に中里優を投入して、守りに入ることなく、最後の反撃に出る。

だが、1600mという高地のコンディションに加え、1人足りない状況は、確実に日本の体力を奪っていた。

自陣で与えたFKからFWモーガンにこの日2点目を許し、同点に追いつかれる(64分)と、試合終了間際の89分には、ゴール中央でロングボールを決められ逆転を許す。

この時点で、会場の盛り上がりはピークに。2万人近い「U・S・A」コールがスタンドを揺らした。

しかし、日本は諦めていなかった。ベンチではサブのGK山根恵理奈が「まだ試合は終わっていない」とばかりに、早く中央に戻って試合を再開させるようチームを大声で鼓舞。

そして残されたアディショナルタイムの4分間、日本はチャレンジャーとして女王に全力で立ち向かった。

残り1分。途中から入った増矢理花が、得意のドリブルと深い切り返しで相手のディフェンダーを引きつけて阪口にパス。阪口がスルーパスを送ると、横山が滑らかなターンからソロとの1対1を迎えた。

国内リーグで得点ランキングを独走するストライカーを、ペナルティエリアでは誰も止められない。ゴールネットが揺れ、土壇場で日本が追いつくと、スタジアムは静まり返った。

2011年W杯決勝を思い出す。シンクロしたのは、1-1で迎えた延長前半にゴールを許し、万事休すと思われたところから大逆転を見せた日本の姿だった。あの時、日本を劇的な優勝へと導いた澤穂希はピッチにいなかったが、ベンチも含めた全員が、最後まで諦めずにチャレンジし続けた結果だろう。

チャレンジから得た大きな収穫

「勝てたかな、と思います」(高倉監督)

準備期間の少なさやチームの完成度、後半の30分間以上を10人で戦ったことなどを考えると、結果もさることながら、非常に収穫の多い試合だったのではないだろうか。

ハイプレッシングとポゼッションをベースとした攻撃的なサッカーを目指し、ピッチに立つ選手同士がいかに同じ絵を描けるか。各年代代表で結果を残してきた高倉監督のサッカーは、今後につながる大きな可能性を見せてくれた。

特に、ストライカー3人がしっかりと点を決めたこと、その3点すべてがセットプレーではなく、流れの中から奪ったゴールだったことも大きい。3人とも、ゴール前では躊躇せずに足を振った。1点目の岩渕のゴールや、3点目の横山のゴールは、それぞれが自分のリズム、自分のタイミングで足を振った結果だ。

3点目を決められた後のGKホープ・ソロの苦笑いは、「そのコースは私だって取れない」という、世界No.1GKから若きストライカーへの評価でもあったように思う。

それぞれが自らの持ち味を存分に発揮し、伸び伸びとしたプレーを見せたその理由を考えてみると、選手の配置の問題もあるだろうし、先制点を取って優位に進められた流れも大きかっただろう。その若手のチャレンジを後押ししたのが、DF、MF、FWと、それぞれのラインに入った経験のある選手たちだ。

阪口はピッチ上のあらゆる場面に顔を出してチーム全体をフォローし、最終ラインでは熊谷と有吉が佐々木と村松をフォローした。

キャプテンマークを巻いた大儀見は試合前、

「(ストライカーとして)結果を出すことはもちろんですが、前の選手を生かすことだったり、若い選手に得点を取らせるためにチャンスを作ること。しっかり周りを見てサポートできる、そういった役割がこれからの自分には必要になってくるのではないかと感じます。若い選手や初めてピッチに立つ選手たちには積極的な失敗はどんどんしてほしいし、それを(経験のある選手が)カバーできるようにしっかりサポートしていきたい」

と話していた。退場になった場面ではそういった気持ちの強さが裏目に出てしまったのだろう。しかし、大切なことは「ミスをしないこと」ではない。

そして、そういったベテランのサポートを受けて躍動した若きなでしこたちの存在はこの試合の最大の収穫と言える。

このチームで中堅に当たる中島は、阪口とともに攻撃の軸となってチャンスを演出。交代で入った増矢は得意のドリブルと深い切り返しで3点目の起点となったし、センターバックの村松は危ない場面で体を投げ出し、何度も危機を救った。代表初出場が世界女王アメリカとの対戦となったにも関わらず、堂々たるプレーでチャレンジをした千葉は、守備で体を張るだけでなく、いくつかの決定機に直接的に絡んだ。同じく初代表のピッチを踏んだ佐々木は、裏のスペースを何度も狙われ、やられた場面もあったが、81分間折れずにチャレンジし続けた。

試合後、楽しかったか尋ねてみると、笑顔で頷いた。

「ピッチに立ってみて、やっぱり凄い迫力だなと思いましたし、そこに立てる幸せを感じながら思い切りプレーしようと思ったんですが…スピードとか相手の速さに対する対応はもっともっと磨いていかなければいけないと思いました」(佐々木)

何が通用して、何が通用しなかったのか。アウェーとはいえ、彼女達は満員の素晴らしい雰囲気のスタジアムで、濃密な経験を得たはずだ。

新戦力がアメリカ相手に見せた果敢なチャレンジは、国内リーグの活性化にもつながるはずだ。特に、2部でプレーする千葉の堂々としたプレーぶりは、多くの選手を勇気づけたに違いない。

今後への期待と課題

この試合でアメリカが打ったシュートは日本の7本に対して16本、CKは7本(日本は1本)。それでも、僅かな準備期間で高めた球際への厳しい意識が、脅威的なアメリカの攻撃力を前に、なでしこジャパンが対等に試合を進められる大きな原動力になった。相手のスピードを止めるためにファウルも嵩んだが、その点は準備不足が原因とも言える。時間が解決するだろう。

日本の3ゴールは相手にとっても防ぐことが難しいゴールだったが、一方で日本が喫した3失点のうち、2点目と3点目は防げた失点でもあったように思う。身体能力の違いを理由にするのは簡単だが、今の日本には、その差を予測で防げるだけの力はある。

「もう1試合あるので、反省を生かせる場があるのは嬉しいです」(岩渕)

第2戦は、現地時間の5日13時(日本時間の6日深夜2時)〜、オハイオ州クリーブランドで行われる。こちらの試合もチケットは2万枚以上が売れているという。

試合後の選手の疲労は相当なものだったようで、翌日3日は移動もあり、練習はオフに。前日調整で修正点を見直し、翌日の試合に臨む。

第一戦をピッチの外から見ていた選手たちのモチベーションは高まっているはずだ。

短期間でなでしこジャパンはどんな進化を見せてくれるのだろうか。明日の試合が待ちきれない。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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