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中国の逆襲「レアメタル」カード

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
「一帯一路」国際会議での習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 中国は米国のハイテク及び軍事産業の基礎を成すレアメタルの対米輸出を禁止・規制する可能性を示唆しているが、そのシグナルは5月20日の習近平による「長征」の出発点・江西視察から始まっていた。その謎を解く。

◆習近平が指示した「新長征」の道

 5月20日から22日にかけて、習近平国家主席は江西省かん州市于都県を視察した。そこは日中戦争の時に毛沢東が率いる「中央紅軍長征集結出発点」と言われている、いわゆる「長征」のスタート地点だ。習近平は先ず「中央紅軍長征出発記念碑」に献花し、「中央紅軍長征出発記念館」を視察した

 この視察期間、習近平は「新長征の道」に関してスピーチをしている。

 「長征」とは蒋介石率いる国民党軍に敗れた紅軍(中国共産党の軍隊)が、江西省瑞金から陝西省延安までの1万2500kmを徒歩で移動したことを指す。1934年から36年までの2年間を国民党と交戦しながら延安まで逃れていくのだが、1945年8月15日に日本が降伏したあとは中国共産党軍の方が優位に立ち、1949年10月1日には、遂に国民党軍を駆逐し、中国共産党による政権である「中華人民共和国」を誕生させる。

 その間に毛沢東は部下の潘(はん)漢年をスパイとして日本の外務省の岩井英一と接触させ、国民党軍の軍事情報を日本側に与えて報酬(軍資金)を手にし、国民党軍の弱体化を図った。その真相を述べたのが拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』だ。だから筆者は江沢民以降の中国の指導者が、この「長征」は日本軍と戦うための「北上抗日」であると位置づけていることに対して「歴史のねつ造だ」と批判してきた。

 習近平も2012年11月に中共中央総書記になり2013年3月に国家主席になって以降、しばらくの間は「長征」を「抗日戦争のための勇敢な行動」と位置付けてきたので、その度に「歴史のねつ造だ」と反論してきた。ところが、トランプ大統領が誕生し、米中貿易摩擦が始まってからは、「抗日行動」とは位置づけなくなった。

 新しい世代には、その世代なりの「苦難の闘い=長征」があり、中国共産党員は「初心」に戻らなければならないとして、最近では「新長征」という言葉を使うようになった。

 この「新長征への道」は、まさに「米中摩擦」がどんなに厳しくとも、あの「長征」により結局は敵(=日本。本当は国民党)に勝ったように、今どんなに敵(=アメリカ)が不合理な外圧を掛けてきても、「中国人民は闘い抜き、勝利を手にするのだ」と呼びかけている。

 習近平の江西視察に合わせて、5月20日、人民日報は「中美貿易戦 極限まで外圧を掛けても無駄だ」という論評を出して、「歴史を思い出せ」と「新長征への道」を示唆した。

 このコラボレーションを中国流に翻訳すれば、「(日本軍という外圧に対して)中国人民は長征を乗り越えて最後に勝利を手にしたように、今はアメリカという外圧と闘って『新長征への道』を歩み切り、最後には勝利を手にするのだ」となる。

 なぜ習近平は多忙のスケジュールの中、ふと江西省視察に3日間も費やしたかと言うと、この中国流翻訳のメッセージを発したかったからである。

◆もう一つのメッセージ:「レアメタル」のカードを切るぞ!

 さらに注目すべきは、同じ日(5月20日)に、習近平は江西省かん州市にある「江西金力永磁科技有限公司」を視察している。この企業はなんと、中国最大のレアメタルの一つであるタングステンの産業基地なのである。そのため、かん州市は「レアアース王国」とか「世界タングステンの都」などと呼ばれている。

 この事実こそが重要で、「習近平総書記・国家主席・軍事委員会主席が、レアアース産業の発展状況を視察するために訪れた」と新華網や人民網が伝えている。この写真の左端に、米中貿易交渉団を率いた劉鶴副首相の顔があることも、実はポイントだ。これが「江西視察」は「米中貿易戦のためだよ」というメッセージを黙って裏付けるファクターの一つになっている。

 ちなみに、レアメタルは47(+2)種類の希少金属から成っており、その中の17種類はレアアースという希土類なので、レアアースはレアメタルの中に含まれる。

 日本では、「レアアース」という言葉より「レアメタル」の方が普遍的に知られているようなので、コラムのタイトルも小見出しも「レアメタル」としたが、中国が世界の70%を占めているのはレアアースだ。もちろんレアメタルの産出量も中国が圧倒的に多い。

 アメリカはレアメタルの約75%を中国からの輸入に頼っていると中国側は言っている。となれば、中国が「レアメタルの対米輸出を禁止する」とひとこと言えば、「アメリカのハイテク製品および武器製造は壊滅的打撃を受ける。何も作れなくなると言っても過言ではない。アメリカの完敗が待っている」と、中国のネットは燃え上がっている。

◆「えっ、中国にもこんなすごいカードがあったの?!」

  ところが、この「ひとこと」を5月28日に環球時報が報じた。最初は胡錫進編集長がツイッターで「その可能性がある」という程度につぶやいただけなのだが、アメリカのメディアは、飛び上がるほどに驚き、その情報を受けて、又もや中国のネットも炎上した。

 日本のメディアでは、この環球時報の編集長のツイッターが最初のシグナルだと受け止めているようで、誰一人、習近平の「江西視察」が「ゴーサイン」だったことに気が付いてないようなので、ここでは詳細にそのカラクリをご説明したわけだ。

 もっとも習近平の「江西視察」によるゴーサインを読み解くことができなかったのは、日本のメディアだけではない。アメリカのメディアも同じだ。だから28日の環球時報のツイートを見て、アメリカメディアが驚き、世界中が驚き始めたという結果を招いている。

 おまけに28日の夜には、中国の国家発展委員会の関係者がレアアースに関して記者の質問に回答したものだから、大変な騒ぎになった。

 記者は「レアアースは中国の対米抵抗の武器になりますか?」という、非常に刺激的な聞き方をした。すると国家発展改革委員会の関係者は「もし、中国から輸入したレアアースで作った製品を使いながら、中国の発展を阻止する者がいれば、かん南の人民も、中国人民もみな、嬉しくは思わないだろう」と回答した。

 これもすべて、5月20日の習近平による「ゴーサイン」を受けた、一斉の行動だった。

 そのため、「中国が対米反撃のためにレアメタルの輸出を禁止するのか」というテーマで、中国のネット界だけでなく、全世界がざわめき出したわけだ。

 そして「えっ、中国にもこんなすごいカードがあったんじゃない!」ということになった。

 それを受けて、29日、環球時報は「中国はこんな凄いカードを持っていたの?これって、“キング・カード(ロイヤル・ストレートフラッシュ)”じゃないか」という趣旨の見出しの報道をしている。内容を説明していると長くなるので、詳細に知りたい方は、リンク先の英語や図をご覧いただきたい。

 この中にはアメリカのネットユーザーのコメントもある。たとえば、

 ●@UnoDominus:“Trade Wars are Easy。” @realDonaldTrump

  (トランプは“貿易戦は簡単に勝てる”と言ったんじゃなかったっけ?)

 ●@sinkspur:Trump started a war he cannot win。

  (トランプは、到底勝てない戦争を仕掛けたってわけだね)

 ●@miss_speech:I wonder if Donald Trump could explain what rare earth metals are, and why they are important。 I‘m not joking。

  (トランプは、レアアース・メタルって何のことだか説明してくれないかな?そして、なんでそれらが、そんなに重要なのかも説明してくれるといいんだけど。私、ジョークを言ってるわけじゃないよ。)

などというツイートが気になった。同種の報道は枚挙にいとまがないので省く。

◆アメリカはどうするのか?→北朝鮮になびくか?

 中国以上にレアアースを含めたレアメタルの埋蔵量が多い国が、地球上に一つだけあると言われている。北朝鮮だ。埋蔵量であって、生産量ではない。

 2018年6月11日付のコラム「北朝鮮を狙う経済開発勢力図」に書いたように、種類によっては中国の10倍以上の埋蔵量があるレアメタルもあると予測されている。もっとも、中国は月面のヘリウム3に目を付けるように、「資源」となると、真っ先に飛び付くので、北朝鮮の埋蔵地のいくつかは、既に中国が50年間の使用権とか30年間の発掘権などを所有しているが。

 それでもなお、中国から禁輸されれば、アメリカは北朝鮮になびく可能性がある。

 アメリカの地質調査所(USGS)のデータによれば、昨年の世界レアアースの生産量は17万トンで、中国12万トン、オーストラリア2万トン、アメリカ1.5万トン、ミャンマー5000トン、ロシア2600トンと、中国が全世界の70%を占めている。

 しかし埋蔵量の多い国に関しては、中国以外にブラジル、ベトナム、ロシア、インド、オーストラリアなどがある。北朝鮮の場合は、正確なデータが出て来ないものの、国交を結んでいる国がほとんどなので(世界中で日米韓など数カ国だけが国交なし)、これまでに一定のデータははじき出している。それによれば、中国を遥かに超えるだろうと言われているので、米朝関係がどう動くかで、アメリカのレアアースに関する危機管理が方向づけられていく。

 アジアに又ひとつ、大きな地殻変動が起きるだろう。中国には米朝を近づけたくはないという複雑な心理もうごめいている。

 中国が対米レアメタル輸出規制を発動するか否かは、世界の動向を左右する大きな変数となる。

 習近平の「江南視察」というゴーサインの下で全てが動いているということが、考察のカギだ。

 追記:中国は2010年の尖閣諸島問題発生の後、日本に「レアアース」カードを切ったが、失敗に終わっている。対中依存度を低めたのと、WTOが協定違反とされたことなどが主たる理由だ。今回はアメリカの高関税もWTO違反だと中国は言っているし、アメリカのハイテクや軍事産業へのレアメタル対中依存度と規模は日本と比べものにならないほど大きい。しかし何と言っても日本は近年、小笠原諸島・南鳥島の沖合5500メートルの海底にレアメタルが埋蔵していることを確認している。早期開発と実用化に期待したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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