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なぜハリルジャパンは、"弱者の戦術"を破る基本を見失ったのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
宇佐美に指示を与えるハリルホジッチ監督。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

今から数年前、アルゼンチンの名将、マルセロ・ビエルサ監督の記者会見で思わず膝を打った経験がある。

それはビエルサがアスレティック・ビルバオを率いていたときで、その後に最強と謳われたFCバルセロナと互角の名勝負を演じ、スペイン国王杯、ヨーロッパリーグで決勝に勝ち進むわけだが、当時はまだシーズン序盤で懐疑的な目が向けられていた。国内リーグの一戦が終わった後の会見、一人の記者がその試合運びを非難した。リードしながら、攻撃の手を緩めず、結果的にチャンスを実らせることができず、追いつかれたという試合だった。

マネジメントの拙さを詰問するような質問に対して、ビエルサは昂然と言い放っている。

「その前にあなたに聞きたい。我々はいくつチャンスを作ったと思いますか?私の仕事は、そういう展開を作ることであって、それを続けていくことだけです」

正鵠を射た返答だった。拍手喝采を送りたいほどで、攻撃フットボールを完遂しようとする矜持が伝わってきた。そして"このスタイルが完成したら度肝を抜かれる"、そんな予感を覚えた。

今年6月16日、埼玉。日本はロシアW杯アジア2次予選でシンガポールに得点が奪えず、引き分けている。試合後の会見で、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は毅然とした口調で言った。

「日本は19回も決定的なチャンスを作った。選手たちを責めることはできない。責めるなら、私を責めてくれ」

言わんとするところは、ビエルサの発言と似ているのだが、同感することはできなかった。

その理由はまず、ビエルサが対戦したチームがほとんど同じ戦力を持つライバルだった一方、日本がFIFAランクで100位も下の相手に引き分けたからだろう。FIFAランクは目安であって、それだけで実力を測るのは決して正しくはない。しかし例えばスペインのレアル・マドリー、イタリアのユベントス、イングランドのマンチェスター・ユナイテッド、ドイツのバイエルン・ミュンヘンという同国を代表する名門が、クラブ予算や選手年収が15分の1以下の3部リーグの無名クラブと戦ったとき、たとえ100回チャンスを作ろうが、戦いは正当化されない。言ってしまえば、面目が立たないからだ。

実績も実力も格段に下の相手に本拠地で"無得点"という事実は、「19回も決定機を作った」というのが言い訳にしか聞こえないほどに重かった。

「前もって勝てる試合はない」

ハリルホジッチは試合後に語った。だが同時に彼は、「2015年はすべて勝つ」と試合前に宣言しており、"フットボールは1試合1試合を戦う"という勝負の原則を破っていた。彼は言葉の魔術師である。たしかにウィットとユーモアに富み、一気に核心を突くような天才性も感じさせる。しかしそれだけに自分の言葉に酔うところがあり、悪いことに日本のマスコミはそれを煽り立てる。

この日の失態は一つの必然だったのかもしれない。

シンガポールが人海戦術を採用し、守りに入ってくることは十分に予想されていた。ハリルホジッチ監督もさすがにそれを見越し、前日練習ではダイアゴナルで逆サイドへパスを展開し、そこからクロスを入れるトレーニングをしている。にもかかわらず、日本は3枚のボランチが固めた中央にぶつかっては跳ね返される無益な攻めを繰り返した。中央から崩すには、フリックなど高度なダイレクトプレーをするしかないが、その精度が低かった。

やはり守備ブロックを打ち破るには、外から崩す回数を増やし、まず陣形を撓める必要がある。その上で、中央の門をこじ開けられる。その作業が日本は十分ではなかった。そこに「油断」はなかったとしても、「慢心」は見えてしまう。

「PRECIPITACION」

ハリルホジッチはフランス語で「性急」という意味の言葉を繰り返して用いたが、言わば攻め急ぎだった。結果として、相手を軽んじていた。

もっとも、機能的な問題もあった。サイドを崩す役割を担うはずの本田圭佑や宇佐美貴史は逆足(右サイドの左利き、左サイドの右利き)のため、中に入りがちで、狭隘な場所で戦いを挑んでは殲滅された。実は、日本サッカーにはハリルホジッチの要求する「サイドから縦に速い攻撃を仕掛けられるアタッカー」が乏しい。指揮官はSBに期待をかけ、「今日は君の試合になる!」と太田宏介を送り出したが、右SBの酒井宏樹も含め、効果的な攻め上がりは乏しかった。臀部に張りを訴えた長友佑都の不在は明らか、さらに言えば内田篤人がいれば、ここまで非効率な右サイドを形成することはなかっただろう。

「私が選手たちにプレッシャーをかけすぎたのかもしれない」

ハリルホジッチはぼそっと言った。縦に速く、という意識付けが、あるいは従順な日本選手を縛ることになったのかもしれない。攻撃スピードを上げる意識付けは、真面目な日本人選手にとっては性急さにつながり、本来スピードを上げるべきカウンターでは慎重になってテンポが上がらず、遅攻のところで最短距離を取ろうとして徒労に終わった。ただ、中央に固執する流れはアルベルト・ザッケローニが率いていた2013年後半から生まれ始めた流れで、今年1月のアジアカップ、UAE戦も顕著だった。当時はハビエル・アギーレが監督だったが、「アジアならパスサッカーで勝てる」という傲岸さを感じさせた。

結局のところ、シンガポール戦の無得点ドローは失態でしかない。

シンガポールのベルント・シュタンゲ監督はGKの好守を賞賛し、整然とした守備組織を誇り、最後に「運があった」と語った。しかし運を引き寄せたとも言える。

「我々にできることをした」

そう語った真摯な姿勢が、弱者を"勝者"とした。

あるいは日本は、その誠実さに学ぶべきかもしれない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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