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書評『ドキュメント 誘導工作 情報操作の巧妙な罠』 瞬間的なサイバー攻撃以上に警戒するべきことは何か

小林恭子ジャーナリスト
ロンドンにある、英秘密情報部「MI6」の建物は「レゴランド」のニックネームを持つ(写真:ロイター/アフロ)

 (新聞通信調査会発行の「メディア展望」3月号の筆者記事に補足しました。)

書評:飯塚恵子著(中公新書ラクレ=820円+税)

ドキュメント 誘導工作 情報操作の巧妙な罠

『ドキュメント 誘導工作 情報操作の巧妙な罠』(中公新書ラクレのサイトより)
『ドキュメント 誘導工作 情報操作の巧妙な罠』(中公新書ラクレのサイトより)

 「フェイクニュース」という言葉を聞くようになって、久しい。

 ここ2-3年、欧州で複数のメディア会議に出席してきた筆者は、フェイクニュース対策として「信頼できる報道機関が発信するニュースを見ていればよい」という段階を超えたのではないかと思うようになった。これを国家レベルで行われるサイバー空間での情報操作現象の1つととらえ、真剣にその対処法を考える時に来ているのではないか、と。

 そんな疑問に応えるのが、本書『ドキュメント 誘導工作 情報操作の巧妙な罠』である。

 「情報の『兵器化』によって世界が新たな局面に入った」という危機意識の下に、「外国が別の国に対し、主に情報を使って政治や社会に影響を与えようとする動き」を追う。

 著者の飯塚氏は読売新聞の首相官邸クラブキャップ、論説委員、ロンドン特派員、アメリカ総局長、国際部長などを歴任し、現在は東京本社の編集委員となっている。

 国際政治についての深い知見を基に、第1章「英国の国民投票、米大統領戦で起きたこと」、第2章「誘導工作とは何か」、第3章「ロシアの脅威」、第4章「反撃に出た西側社会」、第5章「中国の脅威」、第6章「狙われる日本」、そして最終第7章「次の試練 欧州議会選」へと論を進める。

誘導工作の2つの流れ

 本書によると、「誘導工作」には2つの大きな流れがある。

 1つは、「中長期的な時間軸の世界で、世論操作や選挙介入などを起こそうとする事態」。もう1つは「瞬間的な事象」で、サイバー攻撃によって政府や軍、企業、重要インフラなどに障害を発生させたり、国際イベントを混乱させたりする事態だ。サイバーテロもこれに入る。

 本書を読んで、筆者がより憂慮したのは前者の中長期的な事態だ。後者の攻撃は目立つ動きになるが、前者は知らない間に物事が進んでいるからだ。

 今新たに問題視されているのは、「民主主義の健全さを偽装して行われる世論操作の動き」だという。これは「中期的な事態」にあたるだろう。

 例えば、スウェーデンの「市民緊急事態庁」が作成した対策ハンドブックによると、情報工作は次のように進む。

 ー「健全に主張を訴える手段である広報やイベント、ロビー活動の形態」を模して動く

 ー直接自らの主張をする

 -「偽情報を混ぜて議論を混乱」させる

 -「主張を代弁させる組織に資金援助する」、など。

 冷戦時代にもよく行われていた活動だが、インターネットとソーシャルメディアの普及によって偽装手段もより巧妙となり、飯塚氏は「対策にはIT技術の高度な知見が不可欠になった」という。

民主主義社会で世論を作り、政治を変える

 日本の「サイバーディフェンス研究所」上級分析官名和利男氏は、本書の中で、民主主義社会での情報拡散が政治を動かすまでの過程をこう説明している。

 「フェイスブックなどのソーシャルメディアに、流したい情報を送り込み、じっと待っていると、内容によっては多くの国民が注目し、誘導できるようになる」。即効性はないが、一定の世論が形成されると、「政治家の方から有権者の主張に近寄るようになる」。実際にこのようにして選挙介入が発生し、政治家自身をも変えていくという。

 本書には、英国、スウェーデン、フランス、ラトビア、フィンランド、ロシアなどの欧州各国や日本の専門家の一問一答形式のインタビューが複数収められており、誘導工作の実情と対策が分かる。

 先の名和氏の分析によれば、「日本の企業は、決定権を持つ幹部は高齢で電子メールすら扱わない人も多く、総じてサイバー問題に対する危機意識が、海外に比べ、かなり低い」。

 知らず知らずのうちに、あることが「常識」になっていくー。そんな状況が生じていないかどうか、「誘導工作」に乗せられていないかどうか、常に情報を疑う姿勢を崩さないでいたいものだ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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