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【深読み「鎌倉殿の13人」】大河ドラマを盛り上げる実衣とは何者なのか

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
実衣とは、どんな女性だったのか?(提供:イメージマート)

 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、実衣(北条義時、北条政子の妹)が彩りを添えている。実衣はどういう女性だったのか、深く掘り下げてみよう。

■実衣(阿波局)とは

 実衣は北条時政の子で、北条義時、北条政子の妹である(政子とは母が異なる)。母は、頼朝と対立して非業の死を遂げた、伊東祐親の娘だった。ただし、実衣の生年、実名とも不明である。

 なお、ドラマでは、便宜上(役柄上)「実衣」と呼ばれているが、以下、よく用いられる「阿波局」で表記を統一し、述べることにしよう。

 阿波局の前半生は、ほぼ不明である。治承4年(1180)、源頼朝が「打倒平家」の兵を挙げると、その弟の阿野全成が馳せ参じた。阿波局は、全成の妻となった。

 その後、二人の間に誕生したのが時元である。そして、特筆すべきは、阿波局が頼朝の次男・実朝の乳母になったことだった。

■運命の変転

 正治元年(1199)に源頼朝が亡くなり、嫡男の頼家があとを継いだ。ここから、阿波局の運命は大きく変転したのである。

 頼朝没後、御家人の結城朝光は、「忠臣二君に仕えずと言うので、自分も出家すべきだった」と言った。この言葉を聞いた梶原景時は、「朝光に謀反の意あり」と讒訴した。「忠臣二君に仕えず」という言葉を、頼家に仕えたくないと捉えたのだろう。

 景時が讒訴したことを朝光に通報したのが、阿波局だった。これにより朝光ら御家人は、頼家に景時の処分を求めた。その結果、景時は鎌倉から追われ、翌年には殺害されたのである。

 建仁3年(1203)、頼家と北条氏の関係が悪化し、阿波局の夫の全成が謀反人の疑いで武田信光に捕縛され、配流先の常陸国で八田知家に殺された。

 頼家は阿波局をも捕らえようとしたが、それは政子によって阻まれた。翌年、頼家は伊豆国修善寺に幽閉され、殺害されたのである。こうして北条氏は、権力を掌中に収めた。

 その後も阿波局は実朝の側で仕えたが、実朝の暗殺後は子の時元に謀反の疑いが掛けられ殺害された。阿波局が亡くなったのは嘉禄3年(1227)であるが、その間の動静は不明である。 

■むすび

 宮澤エマさんが演じる実衣は、実にコミカルな演技がウケているが、実際の阿波局は激しい権力闘争のなかで苦心惨憺の生涯だった。阿波局については、また追々取り上げることにしよう。

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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