知らないと怖い学習塾・予備校の選び方~経営破綻のニチガクを例に
◆共通テスト直前に経営破綻
2024年1月4日、新宿で大学受験向け予備校「ニチガク」を運営する株式会社日本学力振興会は「破産申立てを視野に入れ、債務を整理する予定」との掲示を予備校(本社事務所)前に張り出しました。
受講生は校舎内の私物等を引き取るように求められています。
共通テストまで2週間、という直前の時期になぜ経営破綻なのか、率直に言って憤りを感じます。
当記事では、ニチガクの事例を元に学習塾・予備校の選び方を解説していきます。
◆「40年以上」がセールスポイント
まず、前提条件として私はこの「ニチガク」という予備校、全く知りませんでした。
同社サイトによると、
大学受験予備校ニチガクは、「予備校銀座」と呼ばれる日本一の予備校密集地帯である西新宿で40年以上の指導実績を誇る予備校です。少人数制の利点を活かし、徹底的に生徒に寄り添い、希望の大学に合格するまで懇切丁寧な指導をいたします。
※サイトより
とのこと。
西新宿や隣の代々木に塾・予備校が多いことは確かですが、それで「40年以上」は売りのようなそうでないような。
伝統を言うなら、駿台予備学校は1918年、河合塾は1933年、代々木ゼミナールは1957年の開設です。
それに、伝統の有無と近年の合格実績は別問題のはず。
◆参入しやすく倒産も多い
学習塾や予備校は参入しやすい特徴があります。
同じ教育機関となる大学や短大などであれば、相応の施設・設備を揃えて、教職員も雇い、文部科学省の認可を得なければ開設できません。
数十億円どころか100億円以上は初期投資で必要となります。
その点、学習塾や予備校は簡単に参入できます。文部科学省の認可など必要ありません。
極端な話、学生や退職した教員などでも教える能力があって家賃などを払えれば簡単に創業できます。
実際、学習塾の8割は従業員数10人未満の小規模経営です。
経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」によりますと、2023年の学習塾の売上高は5812億円(2021年は5517億円)、事業所数は1万1433事業所(同1万1337事業所)、受講生数は1441万人(同1470万人)でした。
売上高は全体では2021年の5517億円から約300億円、増加しています。
一方、経済産業省経済解析室は2024年3月、「止まらない少子化、学習塾への影響は?」と題するレポートを出しています。
同コラムでは人口減少が続く割には学習塾へのニーズが高いことを示しています。
一方、帝国データバンクは2024年11月、「『学習塾』の倒産動向(2024 年1-10 月) 『学習塾』の倒産、過去最多水準で推移 ~生徒数減少、大手との競争で再び増加傾向に~」と題するレポートを出しています。
こちらは、少子化、コロナ禍での生徒数の減少(同時期のコロナ融資の返済に対する負担)、設備投資などの負担を理由に挙げています。
これはどちらも正しく、学習塾へのニーズが高いことを経済産業省レポートは示しています。一方、帝国データバンクの倒産理由もその通りです。
では、学習塾が経営破綻する理由をもう少し詳しく解説していきます。
◆理由1:家賃や光熱費が高額
1点目は家賃や光熱費です。
小規模な塾であれば、講師(兼社長)の自宅を教室にするなど、家賃負担は減らすことができます。
ニチガクのような中小規模ないし中規模以上の学習塾だと集客を考えれば、立地の良いテナントと契約する必要があります。
実際にニチガクは新宿駅西口から徒歩7分をセールスポイントとしていました。
立地の良いテナントはそれだけ高額です。
それに、光熱費も値上がりにより、学習塾の経営を圧迫しています。生徒がいない教室は消灯するにしても、夜間まで授業を展開し、自習室を開放、となると、光熱費は節約するにも限度があります。
◆理由2:人件費も高い
学習塾で中小規模以上となると、チューターと呼ばれる学生スタッフを雇用することになります。
学習塾・予備校で意味合いが微妙に異なるのですが、生徒の相談に乗る、自習室に常駐して生徒の質問に答える、などのサポートが仕事です。
このチューターを「難関大生が教えます」とセールスポイントにするのが学習塾の定石です。これは大手も中小も変わりません。
実際に、ニチガクはXの2021年7月5日投稿では、
「学力的にはMARCHレベルの大学生は採用していません。国立、医学部生、私立だと早慶レベルのみです。彼らからのオーラを吸い取ってください」
と、出しています。
こうした難関大生は当然ですが、他の塾・予備校からの引き合いも強くありますし、人件費は高額になりやすい、と言えます。
◆理由3:設備投資・書籍代が高額
コロナ禍以降、オンライン授業が定着しました。大手であれば、オンライン授業のための設備投資が可能です。
その点、中小規模の学習塾だと思うようにいきません。
それと、書籍代も意外とかかります。
例えば、大学入試の過去問をまとめた通称「赤本」。それから、大学情報をまとめたガイドなどは中小・大手関係なく、揃える必要があります。バックナンバーもある程度は残す必要があり…、などと考えていくと意外と馬鹿にできない金額になっていきます。
大手なら簡単に出せる金額でも、経営が厳しくなった中小規模の学習塾だと、その負担も重かったもの、と思われます。
◆理由4:大学入試の変化
現在の大学入試は2000年代以前のような一般入試が中心ではありません。
文部科学省調査によりますと、国立大学では総合型選抜・学校推薦型選抜による入学者が18.5%(総合6.1%、推薦12.4%)、私立大学では59.3%(総合19.0%、推薦40.3%)も占めています。
私立難関大はさすがに平均値59.3%よりも低く、まだ一般選抜の割合は高いです。それでも、総合型選抜・学校推薦型選抜の割合は2000年代以前よりも増えています。
総合型選抜・学校推薦型選抜は年内に入試が実施されるため、年内入試などとも呼ばれています。
塾・予備校からすれば、合格発表のある10月~12月に通塾をやめてしまうため、一般選抜を受験する生徒に比べて通塾期間が短い=その分だけ減収、となってしまいます。
こうした事情も経営難を招いたもの、と思われます。
◆理由5:現役志向で浪人が減少
文部科学省「学校基本調査」の「大学 年齢別入学者数」で17歳以下(飛び入学)・18歳(現役)・30歳以上(おそらくは社会人入学)を除いた数を浪人数とすると、2024年は11万8177人でした。さらに留学生(どの年齢帯からは不明)が1万7728人いますので、推定値としては、浪人は約10万人です。
同じ調査で2021年だと推定値は11万人、(※17歳・18歳・30歳以上を除いた入学者数が12万4467人、留学生が1万4077人)、2000年は13.6万人でした。
バブル期、かつ、浪人生が多かった1990年には18万人なので、この30年間でかなり縮小していることが明らかです。
もちろん、高校生も学習塾や予備校に通いますが、それはあくまでも高校の授業が終わった後です。夕方から夜にかけて授業を受ける(あるいは自習室を利用する)わけで、浪人生のように朝から夜まで勉強するわけではありません。
学習塾・予備校からすれば、滞在時間が短い現役生は授業料を抑えざるを得ません。
※浪人の変化についてはYahoo!ニュースエキスパート2022年3月14日投稿記事「大学受験の「冬物語」はいつまで?~浪人の損得勘定」を参照
大学受験の「冬物語」はいつまで?~浪人の損得勘定(石渡嶺司) - エキスパート - Yahoo!ニュース
以上の5点が経営難を招いた要因と思われます。
◆同じ経営破綻でも明暗分けた茗渓予備校
それにしても、どうして正月明けに経営破綻か、生徒の思いを無視したとしか思えません。
同じ経営破綻した学習塾・予備校でも明暗を分けたのが茗渓予備校・茗渓塾(茗渓予備校は大学受験、茗渓塾は小中学生が中心/以下、茗渓予備校と呼称)です。
茗渓予備校を運営する企業は2024年9月に経営破綻しました。
しかし、2025年1月現在、茗渓予備校は存続しています。
これは茗渓予備校を運営していた教育春秋社が経営破綻前の2024年5月、大手学習塾グループの関連企業である株式会社れんせいに経営譲渡をしたからです。
要するに、校舎の運営などを大手に任せた上で、最後は経営破綻となりました。
ニチガクのケースがハードランディングだとしたら、こちらは生徒や雇用者(講師、学生アルバイト)をぎりぎりまで守るソフトランディングと言えるでしょう。
同じ経営破綻でも茗渓予備校はソフトランディングで存続することができました。
茗渓予備校の前経営陣である教育春秋社はニチガクと同様、経営破綻しています。
しかし、生徒や雇用者を守るために事業譲渡に踏み切ったこと、時期を選んだことなどは評価されるべきでしょう。
後述しますが、茗渓予備校は受講料、講師などの詳細を示す、合格体験記が長くて具体的、など、明らかにニチガクとは差があります。
そうした点も、大手学習塾グループに事業譲渡できた理由かもしれません。
◆塾・予備校の選び方・1~合格実績は信用できない
それでは、今後、学習塾・予備校の利用を考える高校生・保護者はどのようにして選べばいいか、解説していきます。
まず、1点目は合格実績です。
これを気にする高校生・保護者も多いことでしょう。
ただ、学習塾・予備校の合格実績はあまり信用できません。
きちんと出している学習塾・予備校と、そうでない塾・予備校が混ざっており、外部からの検証が極めて難しいからです。
高校の合格者数データは各高校が出しており、信頼できます。また、この高校の合格者データをまとめたメディアの大学別合格者数ランキングも信頼できるものです。
高校からすれば、合格者数データはごまかしようがありません。仮にごまかしても、どこかで改ざんが判明し、社会的な信用を失うだけなので、どの高校もきちんと出しています。
一方、学習塾・予備校の合格者数はあくまでも学習塾・予備校側の一方的な発表によるものです。
しかも、学習塾・予備校を利用する生徒・受講生は様々です。1講座だけ・季節講習だけ利用する人もいますし、予備校主催の模試を受けただけ、という人もいるでしょう。
それから、大手だと校舎が複数(あるいは全国)ある学習塾・予備校は珍しくありません。
仮にですが校舎が全国で10校舎、そのうち、3校舎で東大合格者が出た、としましょう。
この大手グループがその気になれば、「東大合格者が続々!」などの宣伝を打てるわけです。
学習塾の団体である公益社団法人全国学習塾協会は、
「受験直前の6か月間のいずれかに➀「在籍」があり、かつ➁同期間に受講契約に基づく30時間以上の「受講」の実態がある生徒、あるいは継続して3か月以上の「受講」の実態がある生徒を、合格実績をカウントする対象の生徒とする」
との自主規制を設けています。
ただ、これも法的な根拠がない自主規制にすぎません。しかも、同協会に加盟していない塾も多いですし。
一応、目安としては合格実績が年度別かどうか、そして、合格体験記・コメントも年度別になっているかどうか、です。
ニチガクのサイトでは合格実績こそ年度別ですが、「最新年度 合格者の声」は年度表示がなく、使い回していた疑惑があります。
その塾・予備校の授業が本当に良ければ、こうした合格体験記・コメントはある程度、長く書くはず。
実際に、同じ経営破綻でも事業譲渡で存続している茗渓予備校の合格体験記は長文で受検スケジュールまで書かれています。
それと、校舎が複数ある大手だと、校舎別の実績や合格体験記・コメントをきちんと出しているかどうか、チェックしてみてください。
大手の学習塾・予備校によっては、校舎の合格体験記とグループ全体の合格体験記を混ぜて掲載しているところもあります。
合格実績をどこまで掲載するかどうか(あるいは水増しするかどうか)は塾・予備校経営者の良心次第。
で、ごまかしたとしても、「合格報告をいただいた方のうち、掲載許可をいただいた生徒さんのみ掲載しております。全ての合格実績ではありません」という言い訳が通用してしまう世界です。
◆塾・予備校の選び方・2~料金表示の有無・資料請求の分かりやすさ
2点目は料金表示の有無・資料請求の分かりやすさです。
どんな商売でも、価格はどれくらいか提示するもの、と思ったら学習塾・予備校は出していないところがそこそこあります。
ニチガクの場合は受講料や時間割は非公表で、知りたい場合はメールフォームで申し込む必要があります。
この方式、大手でもそこそこあるので、分かりにくいこと、この上ありません。
ただ、中には、料金を知りたければ無料相談会に参加しろ、というところもあり、それはさすがに怪しすぎます。
資料請求できちんと対応するかどうか、そこも見ていくといいでしょう。
◆塾・予備校の選び方・3~講師の人数・詳細の有無
3点目は講師の人数・詳細の有無です。
きちんと出しているところであればそれだけで信頼できます。
ニチガクのサイトを見ていて、怪しく思ったのが講師欄です。
サイト上部の「ニチガクについて」では講師紹介が特になく、ニチガクの簡単な紹介と特徴が出ているだけです。
その特徴も「担任指導」「巡回型個別指導のSR」「少人数制サイクル授業」の3点で、正直、どの塾・予備校でもある内容です。
学習塾の一番の肝は講師のはず。
その講師紹介はサイト下部に小さく出ているだけです。
そこで見てみると、
「ニチガクのライブ授業で受験生の皆さんを指導する講師は、何千、何万人もの受験生たちを大学合格へ導いてきた、大学受験のプロフェッショナルばかりです。
全国大手予備校での指導歴がある講師や、人気参考書・問題集の執筆者も多数在籍しています。」
などと宣伝する割に、講師は6人のみ。
顔写真の横に名前(それも姓だけ)で、どの講師がどの科目を担当してどんな実績があるのか、など詳細が出ていません。
塾・予備校の一番の売りとなるはずの講師が6人のみ。しかも、どんな実績か、詳細を出していない時点で怪しさ満点です。
講師の人数や詳細についてはきちんと確認するべきでしょう。
◆塾・予備校の選び方・4~人数・規模と見合っているかどうか
4点目としては人数・規模に見合っているかどうか。
具体的には、どんな指導ができるのか、具体的に明示しているかどうか、確認してみてください。
QA欄などで抽象的な表現や曖昧な書き方しかできていないところは疑ってかかるべきです。
3の「講師」とやや重複しますが、中小規模の塾・予備校だとどうしても、講師の人数などで限度があります。
ただ、良心的な塾・予備校だと、自分のところでできること、できないことをはっきりさせます。
あるいは、看板として、医学部専門など専門性をはっきり出すところもあります。
一方、ニチガクは、医学部受験だけでなく、国公立、早慶、MARCHにそれぞれ対応、とサイトに出しています。さらに推薦入試にも対応できる、としており、あれもこれもできる、との宣伝は、危うさを感じるに十分でした。
付言すると、推薦入試については次のQAを出していて、質問に答えていません。これで推薦入試対策をできる、と言い張るのは無理すぎ、と思います。
Q:推薦入試対策も対応できますか?
A:図書館や飲食店で勉強したほうが勉強が捗った。このような経験は誰しも1度や2度はあることでしょう。やはり自宅の勉強部屋で勉強するよりも、多くの受験生は「外」で勉強したほうが能率もアップするようです。
その大きな理由に「人から見られているか否か」があります。ネットやゲームなど気が散る要因の多い自宅の勉強部屋だと、なかなか集中して勉強できないという人も多いのではないでしょうか。もちろん、よほど意思の強い人は別ですが、特に強靭な意思の持ち主でなくとも、ニチガクのSRでならごくごく自然に集中して目の前の課題に取り組むことが出来ます。しかも周囲は同じ大学受験を目指して頑張る仲間がいます。ライバルたちに負けじと頑張る、気がつけば自分でも驚くほどの量をこなしていた。このサイクルをニチガク生は日々繰り返しているため、知らず知らずのうちに学力につながっているのです。
※ニチガクサイトより
推薦入試対策に対する質問に対して、全く別の話(ニチガクに通う意義)を出しているあたりで、本当に推薦入試対策ができていたのかどうか、疑問です。
試しに、「総合型選抜 学習塾」の検索で出てきた早稲田塾の「小論文・面接対策」がこちら。
ニチガクとは雲泥の差がある、と言っていいでしょう。
このように、学習塾・予備校を選ぶ際はどんな指導をしているのか、それはその塾・予備校の規模などに見合っているかどうかはチェックした方がいいでしょう。
◆塾・予備校の選び方・5~地域・高校の評判や口コミサイト
5点目は地域・高校の評判や口コミサイトです。
塾・予備校を選ぶとき、地域や高校内の評判を気にする人も多いはず。
評判が良ければ、地域や高校でも肯定的な評価が出てきます。
ただし、一人だけだと精度に欠けるので複数の意見を聞くことが必要です。
それと、塾・予備校の口コミサイトは、SNSと同様、意見の一つ、くらいにとどめておくのが無難です。
実際に、2022年にはやらせ口コミをしていた事件が発覚しています(該当のフランチャイズチェーンはやらせ口コミをしていた校舎を契約解除の上で謝罪)。口コミサイトが全て正しいわけではありません。
◆塾・予備校が必要?
ここまで塾・予備校の選び方をまとめました。
最後に、塾・予備校関係者にはネガティブな話を一つ。
勉強や入試対策としては、塾・予備校だけではありません。家庭教師もいますし、ネット環境があればオンライン家庭教師だっていいわけです。
自宅にいながら予備校講師の授業を受講するオンライン予備校・動画サービスもスタディサプリ大学受験講座、東進ハイスクール在宅受講サービス、河合塾One、Z会の映像、トライのオンライン個別指導塾など多数ある時代です。
高校によっては高校の受験対策講座や補習だけで十分、というケースだってあります。
つまり、都市部だから塾・予備校の情報が充実していて、地方だと弱い、という時代ではありません。
どの塾・予備校が必要か(あるいはそうではないか)、ニチガクの事例から高校生・保護者の方には考えていただければ、と思います。