なぜ文藝春秋は「宗教2世マンガ」を出版できたのか?
10月6日、文藝春秋から『「神様」のいる家で育ちました ~宗教2世な私たち~』(菊池真理子)が刊行された。本作は複数の宗教2世にインタビューし、その半生を描いたオムニバス形式のノンフィクション・コミックである。
もともとは集英社のウェブメディア「よみタイ」で連載されていたが、今年2月に突如として第5話(当時の最新話)の公開が停止。3月に連載中断となった。
作品の行く末に注目が集まる中、8月17日、集英社ではなく文藝春秋から単行本の刊行が発表された。刊行の意思決定をしたのは、元「週刊文春」「文藝春秋」編集長・島田真執行役員である。
なぜ文藝春秋は、本作を刊行できたのか。
その経緯を島田氏にうかがった。
文藝春秋から刊行することになった経緯
「もともと菊池さんの作品は「よみタイ」で読んでいたので、連載が中断されたときにはとても驚きました。すぐに菊池さんと面識のあるノンフィクションライターに連絡を取ってもらい、『続きをうちで描きませんか』とお声がけしました。その後、直接お会いして『本にしませんか』と、あらためてお願いしました」(島田真氏)
連載中断を決定した集英社の「よみタイ」編集部は「特定の宗教や団体の信者やその信仰心を傷つけるものになっていた」との謝罪文を同サイトに掲載した。
島田氏の目には、本作はどのように映ったのだろうか。
「集英社版の5話分を読みましたが、特定の宗教の団体名は出していませんし、教義を批判するような内容ではないと思いました。宗教批判を目的としたものではないのは明らかです。宗教2世の方々が、成長するに連れ疑問を抱いたり、社会的に生きづらさを感じているとか、そういった個人的な体験を表現するのは、まさに表現の自由にかかわることだと考えています」(同前)
5月には文藝春秋側で担当編集がつき、単行本化に向けての実作業がはじまったという。集英社から文藝春秋に“移籍”するにあたり、集英社とのあいだでは、どのようなやりとりがあったのだろうか。
「連載の起ち上げから取材まで、すべて集英社の編集者が担当されていた。その方のアドバイスもあって成り立っていた作品ですから、きちんとご挨拶したほうがいいと思い、『直接お伺いします』とメールを差し上げました。すると『それには及びません』ということだったので、メールでやりとりを交わしました。弊社で単行本を出すに際して、とくに問題になるようなことはありませんでした」(同前)
連載中断の背景には、特定の宗教団体からの抗議があった。
菊池氏は単行本のあとがきに「ある宗教団体から出版社あてに抗議を受けた」と記しており、また「週刊FLASH」(光文社) 2022年4月19日号の「宗教2世マンガ連載中止事件『集英社には戦ってほしかった』」と題する記事のなかでは、幸福の科学に対して「集英社に抗議したかどうか」を確認する質問状を送った旨と、それに対する幸福の科学広報局の返答が掲載された。
こうした経緯は、刊行の障壁とならなかったのだろうか。
「集英社に抗議があったことは知ったうえで、菊池さんに出版の提案をさせていただきました。もちろん、この作品に抗議があったことは重く受け止め、その内容を菊池さんにお聞きしましたが、それも踏まえて出版を決めたということです。この作品は、特定の宗教団体だけを題材にしているわけではありませんし」(同前)
島田氏は「週刊文春」編集長時代に、同誌に幸福の科学に関する記事を掲載したところ、大川隆法氏(宗教法人幸福の科学総裁)の著書のなかで「蝿の王(ベルゼベフ)に操られている」と名指しで批判されたことがある。
また、文藝春秋はこれまで同団体から何度か訴訟を起こされてきた。
筆者が古書店で見つけた島田氏の「霊言本」を見せると、
「懐かしいですね(笑)。集英社がどのようにご判断されたのかはわかりませんが、抗議が来たから、あるいは来そうだからというだけで、連載や出版をやめることはありません。決して抗議を軽く見ているわけではありませんが、社会に対して何かを訴えれば、異論、反論はあるもので、それが言論の多様性でしょう。この作品においても公益性や表現の妥当性は慎重に検討しましたし、弊社の法務担当にも意見を求めています。顧問弁護士も含めて『こういう人たち(=宗教2世)に光を当てるのは社会的に意義深い』と言ってもらえたので、自分たちの判断は間違っていないんだな、と確信しました」(同前)
「宗教2世マンガ」の社会的意義
7月8日、安倍晋三元総理大臣が奈良県で選挙演説中に銃撃され、死亡する事件が起きた。取り調べのなかで、容疑者は旧統一教会の宗教2世であることが判明。にわかに宗教2世への注目度が高まった。いま、宗教2世を題材にする作品を世に出すことの社会的な意義とは、何だろうか。
「本作の第1話に出てくるような、お子さんを連れた宗教勧誘の方は、私の家の近所でも見掛けることがあります。しかし、恥ずかしながら、そのお子さんに思いを馳せることはありませんでした。一般に社会生活を営むには困難がともなうような宗教があり、そこに子供の頃からずっといることへの違和感、またそこを去るとしても行き場所がない。そういう悩みを抱えている子供たちがいるということは、菊池さんの作品を読むまで、考えたことがありませんでした。私と同じような方も多いのではないでしょうか。言われなければ、なかなか思いが至らない。知ることがまず第一歩ですから、この作品を出すことの意義は大きいと思っています」(同前)
本書には「よみタイ」で掲載された5話分と、単行本描き下ろしの2編(第6~7話)を加えた全7話が収録されており、いずれも異なる宗教団体に所属していた2世信者を題材としている。このうち第7話は、著者の菊池氏の体験に基づく話だ。
なお、単行本に収録された第1~5話には、「よみタイ」掲載時から変更・修正された箇所もある。その理由を本書の担当編集者に聞いた。
「冒頭が、教義の説明から始まる話については、連載で1話ずつ読むには問題ないのですが、単行本ではどんどん違う宗教が出てくるので、各話の切り替わりのところがスムーズではなく、読みづらさを生む要素となっていました。読者が説明臭さを感じないように、マンガとして読みやすくするための変更をお願いしました。それから作中に出てくる数字などの事実関係は、より正確性を期しています」(担当編集者)
文藝春秋が宗教2世を題材にしたマンガを刊行するのは、これが初めてのことではない。2016年には『カルト村で生まれました。』(高田かや)を刊行しているが、こちらも作中に特定の宗教名や教団名は出てこない。島田氏は、ノンフィクションをマンガで物語ることの利点を次のように分析する。
「活字のインタビュー記事の場合、証言者が匿名だと、ノンフィクションはリアリティが“弱く”なってしまう傾向がある。実名報道にこだわるのはそれもあってなんですけど、コミックの形式だと、匿名であっても、事実を想起させる力が薄れないのだなと感じました。登場人物の言葉の重さやリアリティが、とても胸に迫ってくるんですよね。宗教の教義なども、文字だけで伝えようとするとわかりにくくなることもあると思いますが、マンガだと、複雑な要素が、絵と短いセンテンスでパッと頭に入ってきます。コミックというジャンルが持つ表現力を再認識しました」(島田氏)
前出の担当編集者によると、菊池氏は本書を「子供に読んでもらいたい。小学校の図書館に置いてもらいたい」と話しているそうだ。マンガならば子供でも手に取りやすいから、と。
「安倍元総理が殺害される事件が起きて以降、特定の宗教と政治家の結びつきがクローズアップされています。それはとても重要なことだと思いますが、いっぽうで宗教2世のつらさとか苦しみといった問題が、置き去りにされているような印象も受けます。宗教をキワモノ的に扱っていると、宗教2世の苦しみも特殊なものだと思われてしまうのではないでしょうか。自分とは関係のないことだ、と。本作を通じて、自分たちのまわりで起きている問題なんだと、柔らかく受け止めて欲しいです。世間の関心が、もう少し、宗教2世の苦しみに寄り添えるような方向に進めばいいですね」(同前)
■島田真(しまだ まこと)
文藝春秋 執行役員 コミック編集局長 ライツビジネス局長。
1987年入社。2008年「週刊文春」編集長、2012年月刊「文藝春秋」編集長。文藝出版局次長を経て、2020年文藝春秋編集局長。2021年ライツビジネス局長、2022年コミック編集局長に就任。