ノーベル平和賞 演説中にわざと拍手せず NATO加盟国ノルウェー首相
10日のノーベル平和賞授賞式では、ノルウェー現地のメディアはノルウェー首相の態度に大きく注目していた。
核兵器禁止条約の実現を働きかけてきたICANのベアトリス・フィン事務局長は、演説の一部で核保有国や「核の傘」に入る国を批判。
会場は何度も大きな拍手に包まれていたが、アーナ・ソールバルグ首相(中道右派・保守党)は、微笑みながらも拍手をしないことがあった(NRK)。
筆者は会場の2階バルコニーから撮影をしていたのだが、首相の後ろ姿をカメラのレンズ越しに見ながら、「拍手をしていないように見えるけれど、気のせいだろうか」と一瞬わからなかった。
そのシーンはノルウェーや隣国スウェーデンでも話題となる。拍手をしない首相の姿は現地のメディアが大きく報じた。後からニュースを見て、「やっぱり拍手をしていなかったのか」と思った。
ノルウェーは北大西洋条約機構(NATO)加盟国のため、核兵器禁止条約に署名していない。
平和賞授賞式で、ノルウェー政府関係者がどのようにカメラ前で振る舞うか。これは今の政府が意識的に注意していることだ。
2010年にノーベル委員会が劉暁波氏に平和賞を授与後、ノルウェーと中国との関係は悪化した。中国側は、ノーベル委員会とノルウェー国会の意志はつながっているものと結論付けた。両国の関係が改善されたのは昨年末。
この「反省」以来、ノルウェーは、委員会と国会の関係は、他国には「誤解」されやすいのだと改めて実感。
だからこそ、最近まで現役議員が委員会入りしそうだった時には、多くの政党が必死に反対した。
ノルウェー王室や政府関係者が一堂にして前列を独占し、笑顔で受賞者を称える授与式の光景は、全世界に中継される。
フィン事務局長が核の抑止力に依存する国々を批判する演説で、ノルウェー首相が拍手をするシーンが流れていたら? ICANの戦略を、ノルウェーが支持していると、誰かが誤解するかもしれない。
誤解されるリスクを減らすために、首相がとった対応だったのだろう。
この日の夜、ノルウェー国営放送局NRKは首相にもちろん直撃。
故意に拍手をしなかったと、首相ははっきりと認めた。
「ほとんどの箇所では拍手をしましたよ。私やノルウェーが明らかに同意できない2か所以外では。拍手は、その発言に対する同意だと私は思うので」。
「NATOを弱体化させるような提案には賛同しない」。ICANが今年の受賞者だと発表されて以降、首相はノルウェーはNATO加盟国であり、核兵器禁止条約には署名しないことを言い続けてきた。
11日早朝、政府のゲストハウスではノルウェー首相とフィン事務局長の記者会計が開かれた。部屋はノルウェーと日本の報道陣で溢れていた。
昨年と比べて質素な記者会見
昨年の記者会見とは、ずいぶんと「おもてなし」パフォーマンスが違っていたのが印象的だった。
コロンビアのサントス大統領の受賞は、和平交渉の手助けをしていたノルウェー政府にとっても嬉しい出来事だった。
昨年の記者会見では両国の旗が飾られ、ブレンデ元外務大臣が本当に嬉しそうな笑顔で会見を見守っていた。「ノルウェー、ありがとう」と繰り返したサントス大統領(すでにノーベル委員会とノルウェーとの区別がわからない雰囲気だと思った)。
今回の記者会見では、ICANのロゴやノルウェー国旗は飾られていなかった。ノルウェーのイーネ・エーリクセン・スールアイデ新外務大臣は一切姿を現さない。ヴィジュアルがもたらす誤解を避けようとの戦略だろうか。
昨年は記者会見も長く、記者らから何個も質問できていたのだが、今回はノルウェーメディアと日本メディアから質問は1個ずつ。
「質問数が決まっており、厳しい規則」と国営放送局NRKの記者は生中継で突っ込んでいた。
首相の秘書は「予定が詰まっていて、時間がないから質問は合計で二つだけ」と筆者に説明した。面倒な質問がたくさんくるのを避けようとしたのかもしれない。
NRKの記者は「首相は拍手をしていませんでしたが、どう思いましたか?」とフィン事務局長に質問。
フィン事務局長は、笑顔で驚いた顔をして、「拍手していましたよね?」と首相に聞く。
「同意できなかった部分には、正直に拍手しませんでした」と首相は笑顔で説明。
フィン事務局長は、「会場中から私たちをサポートする拍手が聴こえてきて、エネルギーをもらった。首相があの場にいてくれただけでも嬉しい」と答えた。
「平和賞受賞者は、拍手が少なかった首相を批判しようとはしなかった」が、この直後のNRKの記事内容だった。
平和賞授賞式の参加や拍手という態度が、どのように受け止められるか。各国の政府関係者にとって、ノーベルウィークは気が抜けない時期でもある。
Photo&Text: Asaki Abumi