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メルカリのグローバル人事改革【CHRO木下達夫インタビュー】(第1回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
メルカリ本社にて著者撮影

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今回のゲストは、2018年12月にメルカリに入社し、執行役員CHROに就任した木下達夫さんです。前職ではP&Gジャパンに入社し、採用・HRBPを経験。2001年日本GEに入社し、北米・タイ勤務後、マレーシアに赴任してアジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を務めました。グローバル企業で人事を担当された木下さんが、多国籍のエンジニアを採用し急成長を遂げたメルカリをどのようにサポートしたのか伺います。

・社内から懸念の声が多かった中でどのように英語話者が働きやすい環境を作っていったのか

・英語話者、日本語話者、両方が歩み寄る仕掛け

・外国人へのアンコンシャス・バイアスをどう取り除いたのか?

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■学生時代から人事に惹かれた理由

倉重:今日はメルカリ執行役員CHRO木下達夫さんにお越しいただいています。大変恐縮ですが、簡単に自己紹介をお願いできますか。

木下:私はメルカリに18年12月にメルカリに入社し、執行役員CHROに就任しました。

その前はGEで17年、P&Gで5年勤めており、外資系HRのキャリアを歩んできました。メルカリに入る前はマレーシアに4年ほど勤務していたのですが、アジアパシフィックの多国籍の人たちが集まっていているグローバルな環境で、非常に楽しかったです。ちょうど日本に帰国するタイミングで「グローバル化を考えている会社の力になりたい」と思い、メルカリにご縁をいただいたという経緯です。

倉重:最初のキャリアをP&Gからスタートされたのですね。ご担当されたのは人事ですか?

木下:P&Gは職種別採用をしています。私は大学時代にマーケティングを勉強していたので、P&Gに面接を受けに行きました。「マーケティングの考え方を人事に応用したHRをしている」という話を聞いて、非常に面白いと思ったのです。

倉重:新卒の時点で人事に興味がある方は珍しいですね。

木下:学生時代のクラブ活動を通して、人と組織をまとめる面白さのようなものを感じていたのです。

倉重:クラブは何をされていたのですか?

木下:企画系のサークルなのですが、結構いろいろな人たちを巻き込んで、1つプロジェクトを進めるリーダシップをとっていました。今考えたら、クラブ活動は無給なのに、よくみんな協力してくれていたと思います。

倉重:相当なエンゲージメントがなければ難しいですよね。

木下:そこで鍛えられたところはありますね。また私のゼミで研究していたのがサービス業のマーケティングです。サービス業のマーケティングは通常のいわゆるプロダクトマーケティングとは若干違います。分かりやすいのはリッツ・カールトンやディズニーランドのキャストです。例えばリッツ・カールトンで働いているスタッフの方は、お客さまを感動させるサービスを提供することで、バリューを体現しています。リッツ・カールトンにとって、従業員一人ひとりがサービスを作り出すある意味プロダクトのようなものです。

倉重:価値の源泉ですよね。

木下:お客さまのニーズに応えるサービスをするには、社員教育がマストです。あとは信念や価値観といったクレドをどれだけ浸透させるのかがキーになります。

ディズニーランドのキャストもテーマパークが壮大な劇だとしたら、自分たちはそこに出演しているキャストで、お客様に夢を与えているという意識があります。清掃係の方でも「キャスト」と呼んでいるのは、とても面白いです。

 マーケティングの観点から、どうしてディズニーがそんなに成功できたのだろうと考えた時に、人をうまくマネージしているということがあげられます。ですからHR領域は重要になってくるという想いがありました。

倉重:大学の時からそこまで考えて就職されていたのですね。

木下:たまたまご縁があったというだけです。「エンプロイエクスペリエンス」のことをEXと言いますよね。元々はCXで「カスタマーエクスペリエンス」でした。P&Gは消費材のマーケティングの会社なので、消費者がブランドにどういうイメージを持っているのかという「コンシューマー・インサイト」をすごく前から意識していました。

データドリヴンで顧客の商品の使い方を分析したり、フォーカスグループでインタビューをしたりしてインサイトを得て、プロダクト開発やマーケティング施策に反映します。同じようなインサイトの分析手法を社員のサーベイ分析にも使っていました。今振り返ると非常に先進的なことをしていたと思います。

倉重:かなり早い段階からそういうことを体験されたのですね。GEに転職した後もずっと人事をされていたのですか?

木下:基本は人事ですが別の経験をする機会もありました。私は転職して人事のリーダシッププログラムに入りました。2年間で8カ月×3回ローテーションをするというものですが、そのうちの一つは人事以外の経験をすることが想定されていました。

倉重:あえて全く違う部署を経験するのですか?

木下:そうです。「人事以外のものを1つ選ぶ」ということが必須になっていました。

私が選んだのは財務系です。経営の指標や業績、収益性などをしっかりと数字で語れる視点を大事にしたいと思って、ファイナンスの仕事を8カ月させてもらいました。

倉重:財務は人事との親和性も高いですから。

木下:そのときは完全にHRを離れていました。また2年間のプログラムを終えた後、営業の部署で「ブラックベルト」という役割を経験する機会がありました。シックスシグマのイニシアチブを当時ジャック・ウェルチがグローバルに推進していました。ブラックベルト(黒帯)と呼ばれる認定者は、社内の変革、推進などの業務改善のプロジェクトを専任でリードする役割です。

私はHRのプログラムが終わった後に1年半営業部門のブラックベルトを担当しました。完全に人事から離れて、営業のプライシングや戦略を作るようなプロジェクトです。普通の会社だと営業企画がするようなプロジェクトにアサインされていました。そういう経験ができたのは本当にありがたかったと思っています。

倉重:人事としての勉強はどこかでされたのですか?

木下:P&Gにいた5年間で、基礎を作らせてもらったと思っています。主に採用を担当していましたが、最後の1年間はHRBPをしました。20年ぐらい前の話なので、全世界的に見てもHRBPというコンセプトが新しい時期でした。P&GやGEは比較的早くからHRBPを取り入れた会社なのです。日本組織でHRBPを始めた時で、1年でかなり多くのことを学ばせてもらったのです。

■メルカリで最初に取り組んだミッション

倉重:前職では現場の労務対応や、制度評価なども担当されたということでした。メルカリに入られて、最初に取り掛かるべきミッションは何でしたか?

木下:メルカリは私が面接を受けている時から、外国籍の方を100人くらい採用していたところでした。メルカリはバリューとして「Go Bold(大胆にやろう)」「All for One(全ては成功のために)」「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」の3つを掲げています。

特にその時は「Go Bold」というバリューに基づいて、外国籍の新卒の方が大勢入社されたタイミングでした。2年連続でインドに行ってIITの出身の方を50~60人採用したので、100人以上外国籍の方がいたのです。

中途採用も始めたので、完全に日本語ができない人たちが社内に入ってきました。その時はまだ英語話者に対する環境が十分ではなかったため、みんな困っていたのです。

 私の入社前ですが、まず通訳・翻訳の専任の人のチームが発足し、全部ではありませんが、英語話者がいるところはドキュメントを英語化しました。また1on1やチーム会議や全社ミーティングにも同時通訳が入るようにしました。

20人くらい通訳の方がいましたが、フル稼働でも全然手が足りていなかったので、「すごいけれどもサステナブルではないな」と思いました。

倉重:人数がどんどん増えていったら対応が難しくなりますから、何とかインクルージョンしなければという感じですよね。

木下:会社としては「英語話者をこれからも採っていく」と宣言していますし、早急に対応しなければなりません。特にエンジニア部門のマネージャーには「英語ができるようになってください」とお願いしました。あとは英語話者のマネージャーも増やしました。当時はほとんどが日本人のエンジニアマネージャーでしたが、今は半々です。

英語が苦手だった日本人のマネージャーの皆さんが数年で英語で1on1やチームミーティングができるようになりました。

倉重:わずか数年でそこまで変わったのですね。

木下:メルカリでは「両方が歩み寄る」というコンセプトを大事にしています。それが本当のインクルージョンです。英語話者にも、生活レベルまでは日本語を習得してほしいと伝えています。

倉重:日本にいる訳ですからね。

木下:社内は英語でなんとかなるかもしれませんが、社外だと全然伝わらないことがありますから、サバイバルができるレベルの日本語は覚えてもらいます。われわれは「CEFR」というランクを使っているのです。A1が本当の初級レベルで、A2が少し話せるぐらいです。

倉重:日本語ランクも同じですか?

木下:日本語も英語もランクの目安は一緒で、B1から仕事で使えるレベルです。B2だと比較的流暢に話すことができます。C1はネイティブに近くて、海外で問題なく働けるレベルです。A2までは日本語が学べる教育プログラムを全ての英語話者に提供しているのです。びっくりしたのは、英語話者の方の日本語習得スピードが早いことです。

倉重:木下さんが入った時は一気に英語話者を増やしたけれども、まだ組織としては一つにまとまっていないタイミングだったのですよね。

木下:私が入った時は、「英語話者を採って大丈夫なのですか」と心配している人のほうが多かったと思います。

倉重:問題は山積みですよね。どこから手を打っていったのでしょうか。

木下:まずはダイバーシティ・インクルージョンのステートメントをきちんと出すことです。当時はまだマネジメント層の中でも意見が割れていました。前職で英語化を進めたけれどもうまくいかなかった経験を持っているマネージャー達からは反対の意見も出ていたのです。

「外国籍の人たちはすぐ辞めてしまう可能性が高い」と言う人もいました。

また、英語に苦手意識を持っている日本人のエンジニアが「英語環境では仕事で十分パフォーマンスが出せない」、「自分はこの会社に長くいないほうがいいのではないか」と思い始めてしまうリテンションリスクも懸念されていました。そういった人たちのことを考えたら、あまり積極的に英語化は進めないほうがいいという声もあったのです。

 まずは経営陣から「社内の英語化はミッション達成のために絶対に欠かせないことです。自分たちは世界的なマーケットプレイスをつくるという理念を掲げています。そのためには優秀なエンジニアの方に入っていただく必要があります」というメッセージを出してもらう必要がありました。

 われわれはGo言語というプログラミング言語を使っています。Go言語を使うエンジニアの採用を進めるには日本国内だけだと採用できる人数が限られてしまいます。世界にはGo言語ができるエンジニアがいるので国外からの採用も進めて、その人たちが活躍しやすい組織をつくることが結果的には事業戦略やミッションの実現に繋がります。

倉重:まずは経営が意思決定して「こうする」と宣言するということですね。具体的に何を始めたのでしょうか?

木下:最初にすることはお互いの理解を近づけることです。相手のことをよく知らないからいろいろな齟齬が生まれてしまうので、社内のカルチャー研修の一つとして、アンコンシャス・バイアスの研修をしました。

一つの例ですが当時は外国籍のエンジニアを「グローバルエンジニア」、日本人エンジニアのことを「日本人エンジニア」という呼び方がありました。

でも、日本人でも海外経験や英語が流暢な方はいますし、外国籍でも実は日本に長く住んでいて日本語が流暢な方もいます。

パッと見てラベリングするのはよくないので、今は英語話者、日本語話者という言い方をしています。

倉重:「アンコンシャス・バイアスによるラベリングをやめよう」という理由ですね。

木下:もう一つがクロス・カルチュラル・コニュニケーションという研修です。これは『カルチャー・マップ』というエリン・メイヤーさんの本に書いてあるモデルを参考にしています。例えば日本的なカルチャーでは、間接的なものの言い方をしますが、英語圏の人は結構直接的に言う文化があります。

ここでコンフリクトを起こさないように異文化研修をするのです。

文化的な違いが可視化できると、チームメンバー同士でのコニュニケーションや相互理解が良くなります。最初のころからアンコンシャス・バイアス・トレーニングは、マネージャー全員の必須にしました。今も評価の時などにアンコンシャス・バイアス・トレーニングで習った内容をマネージャーにリマインドしています。定期的にリマインドしなければ、アンコンシャスなので自然にそちらに引っ張られてしまうのです。

倉重:今ではエンジニア部門の50%以上が外国籍で、50カ国以上の方が働いているのですよね。

木下:そこはかなり進歩しました。メルカリは「やさしい英語、やさしい日本語」という考え方を導入しています。英語を勉強している日本人の、特にマネージャーはB2までいってほしいと期待しています。B2はビジネス会話が十分できるレベルです。そこにリーチするまで勉強を続けてほしいので、今の出発点がどこかを示して、「2年後ぐらいにここまで行けるか?」という感じで一人ひとりと話をしています。

 けれども、いきなりパーフェクトになるわけではありません。「片言でいいので、できるだけ英語話者がいるところでは英語を使いましょう。逆に英語話者は、覚えた日本語を少しでいいので使ってみましょう」と言っています。日本人も親しみを感じますし、一生懸命理解しようとしてくれている姿勢が大事なので。

 片言を許容するという意味もありますが、ネイティブの方が話す時にすごく早口だったり、少し特殊な言い方や略語だったりすると学習者は理解できません。そこを分かりやすく話す努力は、英語でも日本語でも必要です。「お互いにネイティブではない」という前提で、やさしい英語、やさしい日本語を使うというワークショップなのです。

どちらかの話者を優遇するのではなく、両者に配慮しながら歩み寄る形にこだわった結果、ある程度成功していると思います。

(つづく)

対談協力:木下 達夫(きのした たつお)

メルカリ 執行役員CHRO

P&Gジャパンで採用・HRBPを経験後、2001年日本GEに入社。GEジャパン人事部長、アジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を経て、2018年12月にメルカリに入社、執行役員CHROに就任。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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