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勝者なき「日韓貿易戦争」 いがみ合う安倍首相と文大統領は歩み寄れるのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
安倍首相と韓国の文大統領(左)は歩み寄れるのか(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

[ロンドン発]安倍政権が半導体材料の韓国向け輸出管理を強化し、“日韓貿易戦争”に発展しつつある問題で、国際調査会社IHSマークイットのラジブ・ビスワス・アジア太平洋首席エコノミストは「電子機器のグローバル・サプライチェーンを停滞させ、中長期的に日本の輸出業者に損害を与えていく恐れがある」と指摘しています。

ポイントは次の通りです。

(1)アジア太平洋の貿易見通しに下振れリスク

米中貿易戦争と世界の電子機器部門の新規受注の低迷がすでに東アジアの輸出に打撃を与えている。輸出管理の強化によって日韓貿易の緊張がエスカレートしていることはアジア太平洋地域(APAC)の貿易見通しの下振れリスクを高めている。

(2)日本依存度が高い韓国サプライチェーンに脆弱性

韓国の製造業は日本の中間部品・材料の輸入に大きく依存している。韓国の中間部品・材料における対日貿易赤字は昨年151億ドル(約1兆6268億円)に達した。

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これは韓国の対日貿易赤字の約4分の3を占める。韓国の製造業のサプライチェーンは日本の中間財、中でも電子部品や化学製品への依存度が高く、脆弱性が浮き彫りになっている。

(3)電子危機のグローバル・サプライチェーンを停滞させる恐れ

韓国は多くの電子製品に使用されているメモリ部品の世界的な主要生産国だ。日本から韓国への主要材料の輸出が長期にわたって混乱すると電子機器のグローバル・サプライチェーンを停滞させる恐れがある。

韓国のSKハイニックスとサムスン電子は昨年さまざまな電子システムで使用されるメモリ部品の61%を供給。韓国のメモリチップ輸出は中国や米国を主要市場として昨年1270億ドル(約13兆6827億円)に達した。

昨年、中国は韓国、台湾、米国などの主要サプライヤーから3000億ドル(約32兆3088億円)の半導体を輸入。チップの主要生産国である米国も韓国や台湾から540億ドル(約5兆8155億円)の半導体を輸入している。

韓国のメモリチップ生産で供給に支障が生じた場合、他のメモリサプライヤーでは世界の需要を満たせないため、メモリ部品の価格が大幅に上昇し、サーバー、携帯電話、PC、さまざまな家電製品が影響を受ける恐れがある。

その結果、米国と中国に大規模な生産拠点を持つ米国の電子機器企業は、韓国のメモリチップの供給不足による脆弱性を抱えることになる。

世界的に見て電子機器部門の新規輸出受注は7カ月連続で縮小しており、韓国の電子機器部門の輸出にすでに大きな打撃を与えている。

政策手段としての貿易制裁の増加はこの1年、世界貿易が著しく減速し、新規輸出受注も弱まる原因になっている。IHSマークイットの調査では、日本と韓国双方の新規輸出受注もここ数カ月で大幅に減少している。

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上のグラフを見れば、製造業における日本の新規輸出受注も激減していることが一目瞭然だ。

(4)アジア太平洋の自由貿易構想に悪影響

輸出はアジア経済の重要な成長エンジンだ。貿易制裁の衝撃はアジア太平洋地域の多くの輸出企業に悪影響を及ぼしている。自国に対する貿易制裁の報復に貿易政策を使用する国が増えている。

日韓貿易摩擦の拡大は、昨年交渉ペースを上げることで合意された日中韓FTA(自由貿易協定)交渉の進展を妨げる恐れがある。

日韓両国は、アジア太平洋の16カ国でFTAを進める東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を含め、地域の経済と貿易の協力枠組みの重要なプレーヤーだ。2国間の紛争は他の地域自由貿易構想に悪影響を及ぼす恐れがある。

(5)中長期的に日本の輸出業者に損害を与える恐れ

韓国では2020年の東京五輪・パラリンピックのボイコットなどの報復措置を訴える声や、日本製品の販売を中止する韓国の小売店が見られる。日韓双方が交渉による妥協点を探らない限り、貿易摩擦が長期にわたる貿易戦争に発展する恐れがある。

日本政府による輸出管理の強化は中期的に、貿易転換効果の引き金になる可能性が高い。韓国企業は日本の中間財への依存度を減らすためグローバル・サプライチェーンを再設定し、重要な中間財について代わりの供給源を探そうとするだろう。

韓国は最終的に製造業のサプライチェーンを維持するため日本の中間部品・材料の輸入を減らす可能性がある。中長期的にこれは日本の輸出業者に損害を与える恐れがある。

「親日残滓の清算」掲げる文在寅大統領

今回の輸出規制は昨年10~11月、元徴用工や元朝鮮女子勤労挺身隊員の戦時下動員を巡り韓国大法院(最高裁)が日本製鉄(旧新日鉄住金)や三菱重工業の差し戻し上告を棄却、損害賠償の支払いを命じたのがきっかけです。

元徴用工側は賠償に応じない場合、日系企業の資産を差し押さえて売却する手続きを進めています。しかし、そんな事態になれば日系企業は韓国で安心してビジネスを展開できなくなります。

慰安婦問題とは違って、もともと日韓両政府は1965年の日韓請求権協定で「元徴用工への賠償問題は解決済み」との立場を取っていました。

しかし「親日残滓(ざんし)の清算」を明言する韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「植民地支配と結びついた反人道的な不法行為」に対する損害賠償を認めた判決を尊重すべきだと主張。日系企業に影響が出ないよう求める日本政府の要請を再三にわたって無視してきました。

G20大阪サミットで日韓首脳会談は開かれず、安倍晋三首相は出迎え時に文大統領と5秒間握手を交わしただけでした。

オンリーワンの技術磨いた企業がとばっちり

共同通信によると、世界貿易機関(WTO)の一般理事会が23~24日、ジュネーブで開かれ、日本政府は外務省の山上信吾経済局長を派遣、「安全保障上、輸出管理の運用を見直す措置だ」と正当性を主張する見通しです。

前民主党政権下、日本は超円高、高い法人税と電力価格、FTAの遅れ、厳しい労働規制や環境規制の「6重苦」に苦しんできました。円高、法人税、FTAの問題は安倍首相の経済政策アベノミクスで改善されたのは事実です。

しかし「6重苦」の時代、オンリーワンの技術を必死で磨いてきた企業にとって今回の対韓輸出規制はとんだとばっちりです。貿易摩擦が長引けば、倒産する企業が出てくるかもしれません。

規制権限を取り戻す経済産業省は国内の輸出企業に対して絶大な力を持つようになります。これは自由貿易と規制緩和の流れに逆行しています。「江戸(元徴用工問題)の敵を長崎(半導体材料)で討つ」かたちになったのもあまり感心しません。

選挙で勝つには「経済」ではなく「伝統と文化」

産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査(14~15日)ではしかし、政府の対応を「支持する」声が71%に上り、「支持しない」の15%を大きく上回りました。「韓国は信頼できる国だと思うか」との質問には75%が「思わない」と答えています。

参院選の投開票を21日に控える安倍首相は世論の支持を背景にあくまで強気の姿勢を押し通す構えです。

日本の貿易収支は今年上半期8888億円の赤字、昨年下半期に続き2期連続の赤字を記録しました。貿易摩擦は日韓経済にプラスに働くわけがありません。しかし今の時代、選挙に勝つには「経済」より「伝統と文化」が大切です。

貿易摩擦が貿易戦争に発展すれば、日本も韓国も敗者になってしまいます。安倍首相と文大統領が関係修復に向け政治指導力を発揮することに望みをつなぐしかありません。

最後に日韓間の主な出来事を振り返っておきましょう。

日韓間の主な出来事

2015年12月、慰安婦問題で日韓合意。「最終的かつ不可逆的な解決」を確認。安倍首相が韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領に「おわびと反省の気持ち」を表明

17年5月、文大統領が誕生

17年12月、文大統領が「日韓合意では慰安婦問題は解決されない」と表明

昨年10~11月、元徴用工などの戦時下動員を巡り韓国大法院が日系企業の差し戻し上告を棄却、損害賠償の支払いを命じる

昨年11月、日本政府が一時、韓国に輸出されるフッ化水素の一部を承認しない事態が発生

・韓国政府が慰安婦財団解散を発表

昨年12月、韓国海軍艦艇が自衛隊哨戒機へ火器管制レーダーを照射

今年1月、日本政府は日韓請求権協定に基づく協議を要請。韓国政府は応じず

2月、韓日議員連盟会長を務めたこともある韓国の文喜相(ムンヒサン)国会議長が米ブルームバーグのインタビューに「戦争犯罪の主犯の息子」である日本の天皇が元慰安婦に謝罪すれば慰安婦問題は解決すると発言

3月、文大統領が抗日独立運動「三・一運動」から100年を記念する政府式典で「親日残滓の清算」を進めると演説。独立運動に関し「約7500人の朝鮮人が殺害された」と述べたことに対し、日本政府は「歴史家の間でも争いがある数字」と反発

・戦時中に朝鮮半島出身者を働かせて軍需物資を生産した日本企業を「戦犯企業」として責任を追及する条例案が韓国の地方議会で相次いで提出される

4月、WTOが韓国による福島など8県産の水産物の輸入禁止は妥当とする最終判決

6月、日本政府は元徴用工問題の解決に向け、日韓請求権協定に基づき第三国に委員の人選を委ねる形での仲裁委員会開催を韓国政府に要請

・文大統領は、日韓両国企業が出資して損害賠償金の財源をつくる韓国政府提案が「現実的な解決策」と主張

7月、日本はフッ化水素など3品目について韓国に与えてきた輸出管理の優遇措置を見直す。8月にも輸出管理上の優遇国「ホワイト国」から韓国を外す方針

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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