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2021年はどんな年だった? CMに見る世相の変化、未来への風

河尻亨一編集者(銀河ライター主宰)
ナイキのグローバルキャンペーン「Pkay New」より

日米露「ナイキCM」を比べてみる

2021はどんな年だったか? 

ニュースでも「振り返り企画」を多く目にする師走だが、この記事では今年、海外と日本で話題になったCMをいくつかピックアップしながら一年を振り返ってみたい。広告や企業のキャンペーンには、時代や世相を鮮やかに映し出すものもある。

まずは春先に公開されたナイキのキャンペーン「Play New」から。

ナイキのキャンペーンは例年、統一されたスローガンのもと、世界中で数多くのバージョンが制作される。

最初に本家・米国からグローバルに向けたメインCMをご紹介したい。公開以降、約半年で8700万回以上再生されている人気動画だ。

※日本語字幕付きはコチラ→https://www.nike.com/jp/a/play-new

「新しい“プレイ”をしよう(Play New)」のスローガン通り、未体験のスポーツに挑戦する人たちにフォーカスしたCMである。なかには有名アスリートの姿も見受けられる。

米WNBA(女子バスケットボールリーグ)の人気選手、サブリナ・イオネスクはテニス、東京五輪の女子400mリレーでメダルを獲得したディナ・アッシャー=スミスはゴルフ、義足スプリンターとして知られるブレイク・リーパーは野球にトライしている。

CM映像では、そんな有名選手たちが盛大に失敗するシーンをつないでいく。一流のアスリートでも、新しいスポーツを始めるときはうまくいかない。でも、カッコ悪いなんて気にせず、まずやってみようーー

そんな呼びかけには、見ていて素直に共感できるものがある。挑戦者たちの姿に勇気づけられる“ビギナー応援コマーシャル”だ。

だが、この「Play New」コマーシャルが世界中にシェアされていくのと同じ頃、日本ではある騒動が持ち上がっていた。「New Girl」と題された日本発のナイキCMが炎上してしまったのである。

グローバル向けとローカル向けの違いはあるが、同じスローガンを掲げたキャンペーンであるにもかかわらず、この差はどこから来るのか? 考察に値するトピックである。「New Girl」はこんなCMだ。

冒頭は診断室のシーン。医師から女の子が産まれることを告げられた両親が、喜ぶと同時に不安も抱く。女性であるがゆえに、成長したときに社会的不利益を被るのでは? と想像したからだ。

周囲からの「えっ!? 女の子?」という微妙なリアクションがその不安を増幅させる。その後、出産までのドラマを描きながら、日本の女性アスリートらの活躍シーンもインサートして、「女の子だってなんでもできる」という応援メッセージを伝えるーーそんな構成のCMなのだが……。

一見して筆者もなんとも言えない違和感を抱いた。冷静に見ると凝った映像であり、メッセージも真っ当に思えるのだが、話の設定と展開が強引で情報過多なこともあってか、見たあとでモヤモヤした感覚が残る。

そもそも女の子が産まれると知って、あそこまで不安になる親っているんだろうか? 広告主の正論とご都合を押し付けられているような気持ちになる。

生真面目に語られることが多いテーマを、「コミカルなドラマ仕立てにして面白く伝えよう(そのことでこの問題に関心を持ってもらおう)」という努力が空回りしている印象だ。

肝腎要のスポーツのシーンが、全体の中で“飾り”に見えてしまうため、YouTubeのコメント欄に見られるように「なぜナイキがこのCMを?」といった疑問さえ出てくる。

こうしたテーマでCMを打つのなら、奇を衒うことなく、女性アスリートの活躍シーンをシンプルにつないで描いたほうが、地味であっても真実味が出たのかもしれない。

だが、ここに日本の制作者サイドにとって悩ましい課題がある。

一見、アスリートの失敗シーンをさりげなくつないでいる“だけ”にも思える米ナイキのような映像は、実はそう簡単につくれるものではない。

これは映像制作の粋を極めた超エリートCMである。世界トップクラスのクリエイターが集結し、あらゆるアイデアや表現の可能性を検証・検討し尽くした上で1本のCMがつくられている。残念ながら日本には、そこまでリッチな制作環境はない。

コミカルなドラマ仕立てにしたほうが、話題づくりもしやすく、コスパも見こめるだろう。CMは見てもらってなんぼの世界だ。挑戦的な企業は、ストライクゾーンギリギリを狙いやすくなる。しかし、匙加減をひとつ間違えればそれが裏目に出る。

そこが我が国の社会派メッセージCMの難しいところだ。だが、ローカル圏に向けた女性応援CMでも、ドラマ化して伝える方法がないわけではない。

少し前の事例になるが、5年前、ナイキがロシア語圏向けに制作した「What are girls made of?(女の子らしさって何?)」は、これと近いテーマでありながら、「なりたい自分」への意思表示をする少女の姿を力強く描いた秀作だった。

オペラ劇場からサッカー競技場へのストーリー展開。ラストの落としこみも秀逸だ。

これはロシアの古い童謡をモチーフにしたCMで、歌詞の内容がわかると理解しやすい。公開当時、筆者が執筆した解説記事も参照されたい。

※参考記事①:日本のCMの「炎上狙い」海外なら一発アウトです!(現代ビジネス/2017年) 

当然のこと、日本のナイキキャンペーンにも素晴らしいものはあるのだが、今年の振り返りで、あえて日米露のナイキCMを根掘り葉掘り比較したのは理由がある。

CMや映像、その他コンテンツでのジェンダーの描き方は、日本でも多くの人が敏感に反応するトピックになっていることがそのひとつ。

もうひとつは、ジェンダー・イコーリティだけでなく、様々な社会課題をテーマに掲げるCMやキャンペーンが、2022年以降、日本でも増えていくことが予想されるからだ。

当サイトにもたびたび寄稿してきたように、企業やブランドの「社会的存在意義(Purpose/パーパス)」を明確にすることが、広告表現にも強く求められるようになっている。

※参考記事②:社会的メッセージ性の高い広告に効果はあるか? 世界の潮流から考える(Yahoo!個人/2019年)

上記記事の執筆段階では、それほど認知されていたとは思えないが、今年あたりから日本でも、“Purpose”を軸に据えたコミュニケーション(パーパス・ブランディング)の重要性が周知され始め、関連書籍やニュースも増えてきた。

しかし、その理念を具体的施策の形で成功させるためには、従来の広告と異なる発想力と表現力が必要となる。

そのツボを間違えると、痛いことになりかねない。先に挙げたナイキCMも、10年前なら「奇抜な面白コマーシャル」ということで、意味はよくわからないながらも賛同する人も多かったかもしれない。

日本社会の意識も確実に変わってきている。このような炎上事案はどこの企業でも起こりうるケースで、そこから学べることも多い。

パンデミックの世界に“いい風”を吹かせたCMたち

2021年も昨年に続き、世界はコロナ禍に喘いでいたが、パンデミック後を見据えてか、今年は「前に進もう」といったポジティブなメッセージを発信するキャンペーンが目立っていた印象がある。

英国のクリエイティブ批評誌「Creative Review」は、2021年の広告トレンドを次のように総括している。

「Covid-19の影響が長引く中、サステナビリティと企業責任がいっそう問われるようになっているが、その一方で広告表現の中には、新しい楽しみの感覚(renewed sense of fun)も芽生え始めている」

SDGsやサステナビリティの訴求と言うと、優等生的な広告をイメージしそうなものだ。だが、優れたクリエイティブの力を借りれば、そこに「新しい楽しみの感覚」を盛りこむこともできるだろう。

同誌がその好事例のひとつとして挙げていたのが、オランダの次世代スマートバイク企業として知られるVanMoof(バンムーフ)のCM「The Future is Forwards(未来は前のほうに)」である。同社は「自転車界のテスラ」などと評されることもあるようだ。

通勤アワーに大渋滞する道路。あたりには排ガスが立ちこめ、職場に急ぐ人々はいらだっている。CMではそんな街中の風景が“逆再生”で描かれ、渋滞の原因は追突事故だったことがわかる。

事故が発生する直前、VanMoof製のe-bikeに乗った一人の女性が、風を切ってクルマのあいだを通り抜けていく。そこからは軽やかに走行する彼女の姿が“順送り”で描かれ、「未来に乗ろう(ride the future)」のキャッチコピーが出る。

言葉で説明すると、なんてことないストーリーではある。「自転車を使えば渋滞もへっちゃら」くらいの内容。だが、音楽も含めた映像に「説得力」があるので、つい気になって見てしまう。最後のサウンドロゴもなんだか独特だ。

理屈っぽい「説明」ではなく、押し付けがましい「説教」でもない。感覚におのずと訴える「説得」。それは広告表現に必須の要素だ。このCMにはそれがある。

公開から約4ヶ月、視聴回数は12月末時点で約370万回。大ヒットと言うほどの印象でもないが、このコマーシャルは効いている気がする。筆者はあまりものを買わないタイプであるにもかかわらず、正直この自転車はちょっとほしくなった。

よくよく見ると、“Purpose”もきっちり表現されている。時代を後戻りさせるものの象徴として「ガソリン車社会」を描きながら、VanMoofの次世代電気自転車は、人々をサステナブルな未来へ運んでいく“ために”存在するというメッセージが、無理なく伝わってくる。

言われてみれば、ここに描かれているのも、ある種の「新しい楽しみの感覚」なのかもしれない。

「新しい楽しみの感覚」にはオーガニックな装いがあり、たいていの場合、国境を超えてノンバーバルに伝わる。秋頃から話題になっているバーバリーのグローバルCM「Open Spaces(広々とした空間)」にもそんな佇まいを感じる。

広大な麦畑がどこまでも続く田園地帯を訪れた男女4人組。畦道を歩いていた彼らは、突然吹いてきた風に身を投げ出すと、そのまま宙に舞い上がり低空飛行を始める。

そして踊るように自在にカラダを動かしながら、畑を抜け、森を抜け、最後は断崖絶壁を超えて海へーー

これは現実か空想か? 人がリアルに飛んでいるかのような白昼夢の世界だ(実はほんとに飛んでいた→メイキング動画)。

波乗りならぬ「風乗り」を楽しむモデルたちの姿を描きながら、さりげなく商品(服)をアピールし続ける新感覚の“ファッションショー”である。

パンデミックで屋内にこもる時間が続く中、こうした開放感のある映像が、人のメンタリティに響くのかもしれない。

だが、このCMの新しさ(同時代性)はそこだけではない。CGでフル武装したファンタジーにするのではなく、そうした技術も取り入れながらリアリティを追求している。その上で現実から微妙に遊離した「浮遊感」を描いているところにいまを感じる。

2021年の日本のCMで言うと、ポカリスエットのCM「でも君が見えた」にこれに近い空気があった。

VanMoofやバーバリーとの共通点として、このCMも風の使い方(感じさせ方)が印象的だ。

学校の廊下を吹き抜ける逆風から追い風への変化に重ね合わせて、ネガからポジに変わる主人公の心境も表現している。バーバリーと同じく、現実と空想のバランスがちょうどいい。

パンデミックで往来の機会こそ減ったにせよ、このように表現を通じて世界はつながっている。いつの時代も優れたクリエイティブは、社会にいい風を吹かせる。2022年はどんなコマーシャルやキャンペーンが風を集めるだろうか。

編集者(銀河ライター主宰)

編集者、銀河ライター。1974年生まれ。取材・執筆からイベント、企業コンテンツの企画制作ほか、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を行う。カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルを毎年取材。訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』がある。『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』で第75回毎日出版文化賞受賞(文学・芸術部門)。

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