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「知らなかった」で済む政治資金規正法は改正すべき

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)

国から補助金を受けた企業からの閣僚に対する不正献金問題で安倍政権が揺れています。しかし、「自民党からは「これで打ち止めだろう」(幹部)と余裕の声も出ている。」とのことです(2月27日毎日新聞)。安倍首相も国会答弁で「首相は「補助金は知っていたかどうかが要件で、冷静に議論すべきだ」と強調し」(2月28日日経新聞)と述べ、問題なしとの姿勢を取っています。

刑事処罰に必要な故意について

刑事罰を問う際には一般的に「故意」が必要です。例えば、殺人罪であれば単に人を死にに至らしめる行為をするだけではなく、典型的には殺すつもりでその行為をしなければなりません。その「殺すつもり」の部分を刑法では「故意」といいます。ただ、ここが重要なのですが、故意と言っても、例えばナイフで刺す瞬間に「死ね、死ね」と念じている必要はなく、殺傷能力のある刃物で人を刺すことについて事実の認識があれば、殺人(刃物の持ち方や刺した強さ、刺した部位によっては傷害)の故意ありとされます。

刑法には過失を処罰する規定も一部にあります。例えば、誤って機械(典型的には自動車)を操作して、人を死に至らしめてしまった場合は各種の過失致死傷罪があるわけです。過失と故意では、同じように人を死に至らしめても、罪が全く異なり、当然、故意犯(殺人罪)の方がずっと重い罪が定められています。

故意の限界となるのが「未必の故意」で、司法試験を受けるときには「結果の表象・認容」と定義を暗記しますが、言葉にすると「死ぬかもしれない、死なないかもしれない、でももし死んじゃってもいいや」という気持ちのことをいいます。

弁護士をしていると、お金を貸して踏み倒したされたときに「詐欺だ」と相談に来られる方は結構沢山いらっしゃいますが、お金を受け取った正にその瞬間に返すつもりがなかったこと(詐欺罪の故意)の立証はかなり難しく、多くの事案では刑事事件にまではなりません。

補助金を受けている企業からの献金が禁止されている訳

今回問題になっている、西川前農林大臣、望月義夫環境大臣、上川陽子法務大臣に対する不正献金については、政治資金規正法の22条の3で以下のように定められています。なぜこのような規定があるかと言えば、国から補助金を受けている団体が政治家(特に与党の政治家)に献金をすると、実質的には補助金が政治家に還流することになり、必然的に献金に賄賂の性格が伴いがちだからです。この規定に違反した場合、「三年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。」(同法26条の2)という刑罰があります。

(寄附の質的制限)

第二十二条の三  国から補助金、負担金、利子補給金その他の給付金(~中略~)の交付の決定(~中略~)を受けた会社その他の法人は、当該給付金の交付の決定の通知を受けた日から同日後一年を経過する日(~中略~)までの間、政治活動に関する寄附をしてはならない。

~中略~

6  何人も、第一項又は第二項(これらの規定を第四項において準用する場合を含む。)の規定に違反してされる寄附であることを知りながら、これを受けてはならない。

あまり注目されていませんが、まず、補助金の交付の決定通知を受けたにもかかわらず、それから1年以内にこれらの政治家に献金した企業と団体に対してはきちんと捜査をすべきではないでしょうか。こういうところをザルで済ますと、法律は機能しなくなります。

寄付を受けた側の特殊な故意

一方、このような企業や団体から寄付を受ける政治家が処罰されるためには「違反してされる寄附であることを知りながら」寄付を受ける行為のみ禁止され、処罰の対象となります。つまり、政治家側の故意の内容として、単に未必の故意=「この企業は1年以内に補助金の支給通知を受けた企業かもしれないしそうではないかもしれないが仮にそういう企業でもいいや貰っとけ!」では足りず、「1年以内に補助金支給通知を受けた企業からの違法な献金であること」(違法性の認識)が必要となります。冒頭の安倍首相の発言もこのような政治資金規正法の規定を意識したものと思われます。

法律がザルなものを開き直るのはいかがなものか

しかし、この政治資金規正法の寄付を受けた側の政治家の規定(22条の3の6項)はあまりに緩すぎます。この規定であれば、要するに、政治家は献金主がどんな寄付金補助金を受けているのかあえて調べなければそれでOKということになり、そもそも政治資金規正法がこの種の政治献金を禁止している趣旨を骨抜きにしてしまいます。民主党政権時代に問題となった外国人からの献金については、このような違法性の認識は故意の内容になっておらず、同じ政治資金規正法の中でもこの補助金を受けた企業からの寄付について特別にザルの目が粗くなっていることが分かります。

立法趣旨が上記の通りである以上、仮に故意がなかったとしても、政治家が税金の還流を受けているに等しい訳で、大問題です。それを「問題がない。冷静な議論を。」などと開きなおる政治がまかり通っていいはずはありません。この点が問題になった以上、せめて、内閣の責任で「知りながら」規定を削除します、とか、「献金を受ける側の政治家に調査義務を設けます」くらいは言うべきではないでしょうか。開き直りを許さない国会論戦を期待します。

2015.3.3 9:00追記

この問題、ついに安倍首相にまで波及しました。4大紙はまだ確認していませんが、筆者の地元・京都新聞の今日の一面トップはこのニュースです。自民党は「知らなければ問題ない」のラインで押し切る意思統一をしているように見えますが、これは「知っていたとバレなければ問題ない」とほぼ同義です。繰り返しになりますが、こういう言い逃れを逃さない国会論戦を期待します。

首相にも補助金企業が寄付 化学関連2社、計62万円

2015/03/03 00:04【共同通信】

安倍晋三首相が代表を務める自民党支部が2012年、中小企業庁の補助金交付が決まった大阪市中央区の化学製品卸会社「東西化学産業」から1年以内に12万円の寄付を受けていたことが2日、政治資金収支報告書などで分かった。

経済産業省の補助金交付が決定していた東証1部上場の化学メーカー「宇部興産」からも13年に50万円の寄付を受けていた。相次ぐ閣僚の「政治とカネ」をめぐる問題は首相にも波及した形だ。

政治資金規正法は補助金の交付決定通知から1年間、政党や政治資金団体への寄付を禁じているが、政治家側は交付決定を知らなければ刑事責任を問われない。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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