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朝ドラ『らんまん』寿恵子が「支える女性」でなく「共に冒険する女性」になった理由

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK総合

自分の生きる道も、共に生きる相手も自分で選ぶヒロイン像

明治~昭和へと天真爛漫に駆け抜けた高知出身の植物学者・牧野富太郎の人生をモデルにしたオリジナルストーリーで、長田育恵作×神木隆之介主演のNHK連続テレビ小説『らんまん』。

第11~12週では、植物学雑誌創刊を経て、とうとう万太郎が寿恵子(浜辺美波)にプロポーズ。そこから寿恵子の母・まつ(牧瀬里穂)への挨拶、佐川の峰屋への挨拶と進んでいった。

多くの視聴者が驚き、歓喜したのは、「わしには、あなたが必要ながです」という万太郎に対し、丈之助(山脇辰哉)が「それって、万ちゃんの都合だよね」という視聴者的ツッコミが入り、それに頷く寿恵子が言ったセリフ。

「私も自分で決めます」「私、あなたが好きなんです。だから私、性根を据えなきゃ。あなたと一緒に大冒険を始めるんだから」

なるほどそうか! というか、やっぱりそうか!と思わず膝を打った人は多かったろう。

元薩摩藩士の実業家・高藤(伊礼彼方)に見初められ、演奏会ではお人形のように置かれ、「文明開化の時代の女性」と言われつつも、鹿鳴館・ダンスとセットで政治利用されようとしていた寿恵子。しかし、そんな寿恵子は、自身の意思で万太郎と共に生きることを選んだ。しかも、「支える」ためではなく、「一緒に冒険を始める」ために。

これはモデルとなった牧野富太郎の妻の史実とは異なる女性像であり、夫婦像だ。と同時に、数少ない男性主人公の朝ドラのパートナー像として異質でもある。

そこで、改めて寿恵子という人物がどのように作られたのか、本作の制作統括・松川博敬さんに聞いた。(※最終段落で一部若干のネタバレあり。ご注意下さい)

写真:イメージマート

寿恵子・主人公案や『カムカムエヴリバディ』方式の3世代案も!?

「万太郎のモデルとなった牧野富太郎さんにとって、壽衛さんは貧乏生活を支えた糟糠の妻で、いわゆる昔の日本人が好きな女性像でした。でも、脚本の長田(育恵)さんは朝ドラで女性を描くにあたって『支える女性』という風に描きたくないとはじめから言っていて。自分が一緒になる相手を自分で選んでいく、どんな困難にも一緒に立ち向かうという女性像にしたいというところが原点としてありました」

朝ドラでは、『ゲゲゲの女房』(2010年度上半期)や『まんぷく』(2018年度下半期)、「天才」や「何かを成し遂げた人」の物語を描く上で、その妻を主人公とするケースが多い気もするが。

「実は、最初は妻のほうを主人公にすることも考えたんです。というのも、まず長田さんと一緒に朝ドラをやりましょうと言った時点で、企画は何も決まっておらず、ブレストから始めましょうということになり、現代劇でオリジナルの作品にする可能性ももちろんありました。でも、長田さん自身がずっと演劇畑で評伝劇を多くやってこられた方なので、時代モノでモデルがあった方がやりやすいだろうなと思い、最初から『モデルの人がいる話にしよう』と思っていて。実は最初に牧野富太郎を提案したのは長田さんだったんですけど、そこから題材を決めるまで3カ月ぐらいいろいろ話をして、最終的に牧野さんになった形でした」

最初に出た案・牧野富太郎をすぐに決めず、3カ月ほどの話し合いの末に決めた経緯について、松川さんはこう続ける 。

「当初はやはり『朝ドラは女性が主役』と思っていたから、当然、牧野富太郎の場合も妻が主役だという頭がありました。でも、牧野富太郎さんは94歳まで生きているんですが、壽衛さんとの夫婦生活は40年程度で、『結構短いな』と。もちろんその夫婦時代の物語のみでも作ることはできたかもしれないですけど、そのときにはすでに牧野富太郎さんの長い人生におけるエピソードが面白すぎることを知っていたので、妻を主役にすると、十分に描き切れないなと感じたんです」

また、牧野富太郎をモデルにすると決めてからも、全く異なる構成案が出ていたという。

「『カムカムエヴリバディ』(2021年度下半期)じゃないですけど、“天才を支えた3世代の女”というのも、実は考えたことがありました。3世代の最初は祖母の浪子さん(「らんまん」では松坂慶子演じる「タキ」)なんです。実際、史実では浪子さんが亡くなった翌年に、バトンタッチする形で壽衛さんと所帯を持っていて、壽衛さんが亡くなった後は娘の鶴代さんという方が富太郎さんを支えるので、そういった3世代の女性の物語という案を僕は出したんですけど、その時に長田さんが言ったのは『やっぱり支える女というのは嫌だ』ということでした」

名ゼリフ「草むらになりたい」は最初は「竹藪になりたい」だった

もう一つ、“Wオタク夫婦”という設定は新しく、それでいて謳い文句として“朝ドラ史上初のWオタク夫婦”などと煽る手法を使わない点も美しい。寿恵子を「オタク」設定にしたのはなぜなのか。

「これも長田さんのアイデアですね。実を言うと、台本上で見た時には『里見八犬伝がすごく好きな女の子』で『文学オタク』だという印象はあって、万太郎は植物オタクだから、そこで共鳴するんだということは図式的にはわかっていたんですけど、実際演じてもらって、出来上がって、放送後の反響を見て、『ああ、こういうことだったんだ』と初めて実感として理解できた感じなんです。余談ですが、『里見八犬伝』で登場人物の犬塚信乃戌孝と犬飼現八信道が悪者を成敗する場面を読みながら、興奮した様子の寿恵子が『私、草むらになりたい。草むらになって、二人を見てたい』というセリフがありましたよね。これはもともと『竹藪になりたい』というセリフを長田さんは書かれたんですが、助監督が調べたら『その場面に竹藪がない、どうしましょう』『では草むらになりたいにしましょうか』と変更になったんですね。でも、長田さんがオタク文化に精通されているため、実はそれは本歌取りというか、『壁になりたい』(存在感を消してカップルのあれやこれやをずっと見て消費したい)というBL的用語があることを僕自身は知らなくて。後になって、長田さんがそういった仕掛けをしていることを知ったというものも実は多いんです」

画像提供/NHK総合
画像提供/NHK総合

『らんまん』世界で行われている「ヒロイン選手権」とは

また、寿恵子が「支える女性」でない一方、万太郎の「保護者」で「親友」で、ときに「母」で「パートナー」で、誰より深い「理解者」として登場しているのが、竹雄(志尊淳)だ。

「僕もプロットを読んだとき、『竹雄はオイシイ役だな』と思いましたが、ここまでオイシイ役になるとは思っていませんでした。SNSでは『万竹カップル』『BL』とか騒がれていますが、僕としてはそこまで自覚がなく、男の友情はすごくいいなと思って見ています」

しかも、その関係は「従者」から「相棒」に変わり、さらに万太郎の結婚を機に変化しようとしている。男性主人公の朝ドラにおいても、こうした存在は今までほとんどなかったのでは。

「確かに、男性主人公自体が少ないから、バディになるような人はあまりいないかもしれないですね。正直に言うと、竹雄が従来の奥さんみたいな役割だという難しさはあるんです。親もやっているし、奥さんもやっているし。神木さんがよく面白がって言うんですよ。『ヒロイン選手権をやっているんだ』と。綾と寿恵子と竹雄で、誰が本当のヒロインかトーナメントをやっている、その中で俺はヒロインになる、と(笑)。竹雄の存在が非常に大きいことが、実は難しい点でもあるんです。史実では富太郎さんは東京に単身で行き、一緒について行って面倒を見た人はいなかったわけで、そこで壽恵さんと出会うので。第12週で万太郎は寿恵子と結婚し、いよいよ夫婦生活が始まるわけですが、それはつまり竹雄を切り離すということ。高知に挨拶に行って、いろいろなことが起こりますが、裏テーマは竹雄を切り離す儀式なんです。それは、万太郎と寿恵子を結び付け、夫婦としての規定路線に戻すという意味でもあるんです」

大きすぎる存在・竹雄との別れは、寂しいけれど、万太郎・寿恵子夫妻が夫婦になり、また、万太郎が大人になっていく上でも必要なこと。“万竹カップル”の別れを惜しみつつ、それぞれが見つけた道を応援していきたい。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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