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「スタートで出る選手がだけがすべてじゃない」 Vリーグ最強の仕事人、橘井友香の生きる道。

田中夕子スポーツライター、フリーライター
昨季の天皇杯、Vリーグを制したJTで橘井は欠かせぬ存在だ(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

「たとえ途中から出ても印象に残る選手になりたい」

 タイムや、直接対決によって勝者が決まる個人種目と異なり、団体種目が報じられる際はいつも「主役」と「脇役」が生まれがちだ。

 だがそれが、必ずしも真の評価につながっているとは限らない。

 目が肥えてくれば、いくらスター選手が取り上げられようと、いやいや今日はその人じゃないでしょ。そんなことも言いたくなるし、実際に「今日のMVP」とまつりあげられながらも「自分じゃないのに」と遠慮気味にインタビューに応じる選手の姿を何度も見て来た。

 そういう時、決まって真の立役者は隅っこで笑いながら、その光景に拍手をしたり、隣の選手と談笑しながら勝利を噛みしめている。

 そして、そんな勝者の姿を見ながら敗者は悔しさと苦さを味わい、隅っこで笑う選手を見ながら思う。「あのサーブさえなければ」と。

 決して主役ではなくとも、紛れもなくチームに勝利を引き寄せた立役者。JTマーヴェラスの橘井友香は、まさにその象徴たる選手だ。

 JTマーヴェラスの連覇で閉幕した昨シーズン、Vリーグの取材時に対戦相手のチームから何度も聞いた。彼女が出てくると「ヤバイ、やられる」と焦る。または「絶対にいいサーブを打ってくる」と気負う。

 緊迫した終盤。競り合った場面。橘井が投入されるのはいつもそんな状況であるにも関わらず、表情1つ変えずに、自らの仕事を果たす。

 時にサーブで。また別の時には2枚替え、違う時にはセットの途中からアタッカーとして。出てくる場面や役割は違っても、ごく当たり前に「流れを変える」ことをやってのけ、勝利につながるきっかけを彼女のサーブやスパイクが何度も演出してきた。

 Vリーグ女子、最強の仕事人で、最も嫌がられる存在。コートに立つ時とは全く違う、柔和な笑顔で橘井が言った。

「スターターで出ている人はみんなの記憶にも残るし、名前が挙がればパッと浮かびますよね。でも途中から入った選手はそれほど記憶に残らない。いつも通り、誰かの代わりに入って、何となくプレーして出ていく。そういう印象だと思うんです。だけどスタートで出る選手だからバレーがうまい、途中から出る選手だからバレーがうまくない、というわけではないじゃないですか。だから(昨季は)1つ、目標として途中から出てもスターターと同じぐらい印象に残る選手になりたい。そういう存在って新しいだろうな、と目指して取り組んできたので、もしちょっとでも“嫌だな”とか、印象に残ることができていたなら嬉しいですね」

最強のオールラウンダー。特にリリーフサーバーとして試合の流れを変える活躍を多く見せた(写真提供/JTマーヴェラス)
最強のオールラウンダー。特にリリーフサーバーとして試合の流れを変える活躍を多く見せた(写真提供/JTマーヴェラス)

「本当に強いチームは、誰が出ても強い」

 攻撃の要であるアンドレア・ドルーズのようにチーム最多の得点や打数を誇るわけではない。だが、送り出せばほぼ必ずと言っていいほど爪痕を残す。そんな彼女に吉原知子監督も全幅の信頼を寄せる。

「職人の域に達していると言っても過言ではない。たとえばサーブ1本にしても、それぐらい自信を持って打てているし、それだけの準備をしてきているので、どんな場面でも信頼して送り出すことができる選手です」

 吉原監督の言葉にもあるように、橘井の活躍を語るうえで欠かせないのがサーブ。投入される状況はその時々で異なるが、劣勢、攻勢、いずれにせよ僅差の勝負がかかる場面であるのが大半だ。

 だからこそ、いついかなる時でも自分のベストサーブが打てるように、ルーティーンを重視する。

 ボールを取ったら一度回し、左手は背に当てて脱力し、右手でトントントントントントントントントン、と9回ボールを床につく。その後手の中にボールを収め、しっかりボールがフィットしているか、感触を確かめる。サーブの良し悪しを決める大半はトスの良し悪しで決まるため、ポン、ポンと何度かボールを上げ、ここ、いうポイントを確認してから肘を伸ばし、打点の高さを維持したまま、狙ったコースへ迷わず打つ。

 自身も「今のルーティーンが一番合っている」と言うように、このすべてがハマれば打ちたい場所に打てる自信がある。 だが、唯一例外もあると笑う。

「サーブを打つ場所も特別指示されるわけではなく、自分でそれまでの試合の流れや、相手の(ローテーションの)並びを見て、“ここに打とう”と自分で考えて打ちます。でもごくたまに、『私はここに打とうと思っているけど、合っているかな?』とベンチでコーチが出す指示ちらっと見てしまう時があって。人によってはあえて目線を外すルーティーンもありますが、私の場合はないので、そういうことをする時はだいたいミスをする。昨シーズンに至っては、3回ぐらいそういうシチュエーションがあって、百発百中でミスでした(笑)」

 16年にJTへ入団してから間もない頃、急遽出場機会が巡って来た久光製薬(現久光スプリングス)戦で勝利した後、すべてを出し切った、とばかりに疲労困憊で「取材を受けるの、座ったままでもいいですか?」と笑っていたあどけなさなど微塵も感じさせず、まさに“職人”さながらにコートへ入り、一番必要な場面で、最適の仕事をする。

 たとえスタートだろうが、途中出場だろうが、チームの勝利のために貢献するだけ。「スタッフの方々を含め、いろんな人と話す中で考え方の幅が広がった」という橘井の思考は、至ってシンプルで迷いがない。

「たとえばサーブを打つ時も『ここに打てと言われたから打ちました』だけでは、崩せなかった時にも『言われた通りに打ちました』と思うだけで、次にはつながらないし意味がないと思うんです。本当に強いチームは、誰かがすごいではなくて、誰が出ても同じようにすごいし、強い。JTはそういうチームを目指しているし、その中で私自身、いろんなポジションができるのは強みでもある。ここでサーブは誰を出そうか? レフト? ライト? レシーバー? とその時必要な戦力、選手を考えた時に、橘井、と真っ先に名前が上がる選手になりたいし、そのためにはどんな時も練習ではなく試合で結果を出さないといけない。どんな場面でも『あの人がいると流れが変わるよね』『あの人が出てくると勝てる』と思われる存在。チームメイトやスタッフから信頼、信用してもらえる存在になれるように。期待を1つ上回れるようなプレーを常に見せたいです」

 次はいつ出てくるだろう。そしてどんな活躍を見せるだろう。そんな楽しみを与えてくれる選手は、なかなかいない。

 まずは2日に開幕するサマーリーグ西部大会で、彼女が最強の仕事人たる所以を、それぞれの見方で楽しみ、味わってほしい。

リリーフサーバーのみならず、前衛、後衛、まさにすべてをこなすオールラウンダー。橘井も出場するサマーリーグ西部大会は2日に開幕し3日間行われる(写真提供/JTマーヴェラス)
リリーフサーバーのみならず、前衛、後衛、まさにすべてをこなすオールラウンダー。橘井も出場するサマーリーグ西部大会は2日に開幕し3日間行われる(写真提供/JTマーヴェラス)

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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