中国潰しか トランプが仕掛けた米中貿易戦争 中国輸出品28兆円相当に25%制裁関税へ
対中制裁の第3弾を発動
[ロンドン発]米通商代表部(USTR)はスーパー301条に基づき知的財産権の窃取と技術移転の強制への対抗措置として9月17日、中国からの輸入品2000億ドル(22兆円)相当を対象に第3弾の制裁関税を24日から発動すると発表しました。
米中貿易戦争は収まるどころか、ますますエスカレートする一方です。
5745品目に10%の関税を上乗せし、年内に米中両政府が問題を解決できなければ制裁関税は2019年から25%に引き上げられます。制裁関税の対象になったのはこれで計2500億ドル(28兆円)相当。中国からの財とサービスの年間輸入総額は5229億ドルで、その半分近くに達する規模です。
ドナルド・トランプ米大統領は中国が報復措置を取った場合、直ちに中国製品2670億ドル相当を対象にする第4弾の制裁関税を検討すると表明しました。そうなると中国からの輸入品すべてが対象になる見通しです。
国際情報会社IHSマークイットのラジーブ・ビスバス・アジア太平洋首席エコノミストは影響をこう分析しています。「対ドルで人民元安が2月8日の1ドル=6.27人民元から9月17日時点で6.87人民元まで進んでいるので、10%の制裁関税の影響は限定的です」
「しかし制裁関税が25%に引き上げられると、中国の輸出は深刻な打撃を受けます。東アジアの製造業のサプライチェーンを構成するアジア経済にも甚大な巻き添え被害が発生するでしょう。中国の付加価値輸出の約3分の1は外国の原材料や半製品を輸入して手を加えたもので、輸入元の大半は東アジアの国々です」
その一方でアジアの貿易を多様化する効果もあるようです。中国が独占してきた対米輸出がベトナムのようなアジアの輸出国に振り分けられる可能性があります。そうした国々には今回の制裁関税はプラスに働くかもしれません。
ビスバス氏は「ベトナムは低コストの電気製品や被服、繊維を生産しており、中国製品に取って代わるでしょう」と予測しています。
【米中貿易戦争の経過】
日経新聞や時事通信の報道からこれまでの経過を振り返っておきましょう。
今年3月、トランプ政権が中国の知的財産権侵害に対して計500億ドル相当の中国輸出品に制裁関税を課すと表明。日本や中国などを対象に鉄鋼・アルミニウムの追加関税発動
4月、中国が米国の鉄鋼・アルミ追加関税に報復措置
5~6月、米中両政府が閣僚級の貿易協議を3回開くも中国側が譲らず
7月、知的財産権侵害に対する制裁第1弾として米国が340億ドル相当の中国輸出品に25%の関税。中国が報復措置
8月、事務レベル協議
制裁第2弾として米国が160億ドル相当の中国輸出品に25%の関税。中国が報復措置
9月、制裁第3弾として2000億ドル相当の中国輸出品に10%の制裁関税、19年から25%に引き上げ
米国が問題視している中国政府による知的財産権の窃取や技術移転の強制は次の4点です。
(1)米国企業のコンピューター・ネットワークに侵入し、知的財産権や企業秘密を盗み出すことを支援している
(2)米国企業への投資や買収を不当に支援している
(3)外国資本の比率を制限する一方で合弁事業を強制するなど、米国企業の中国国内での活動を規制している
(4)米国企業が市場原理に基づき中国企業とライセンスや技術契約を結ぶのを妨げている
膨れ上がる米国の貿易赤字
米国の貿易赤字は尋常でないレベルまで膨れ上がっています。このまま放置すると新たな金融危機、経済危機を招く恐れがあります。
下のグラフは米国勢調査局のデータから米国の貿易赤字の推移を示したものです。ベルリンの壁崩壊後、米国の貿易赤字が一気に増大したことが分かります。
中国が断トツで多く、その他ではメキシコ、日本、ドイツが米国の貿易赤字を生み出す「3悪人」と名指しされても仕方がないのが現状です。
米国が貿易赤字になる理由はいくつもあります。
(1)国内総生産(GDP)の7割を消費が占める消費大国
(2)基軸通貨のドルは通貨高になりやすく、輸入を促進する
(3)生産コストが高い製造業の競争力が低下、輸入依存が高まる
(4)人口増と経済発展が続いているため、投資意欲が旺盛
(5)低賃金だった中国から大量の輸入品が入ってきた
(6)北米自由貿易協定(NAFTA)で生産拠点がメキシコやカナダに移転
米国のシェールガス開発で原油輸入が劇的に減ったにもかかわらず、貿易赤字が減る気配は全く感じられません。トランプ大統領が危機感を抱くのも不思議ではありません。
いつ攻撃されてもおかしくない日本の円安誘導
10年以降の実効為替レートで見ると、中国の人民元はドルに対してそれほど安くなっていません。
それに対して、ドイツが加盟している欧州単一通貨ユーロや日本円は対ドルで安くなっています。南欧のギリシャやイタリアに足を引っ張られるユーロは強いドイツ経済に対して安くなり、日本円は安倍晋三首相の経済政策アベノミクスを支える日銀の超金融緩和策によって随分、切り下げられています。
北大西洋条約機構(NATO)が掲げる国防支出の対国内総生産(GDP)比2%目標を大幅に下回るドイツのアンゲラ・メルケル首相はトランプ大統領にあからさまに嫌われています。怒りの矛先はいつ日本に向けられてもおかしくありません。
安倍首相はトランプ大統領の「バイ・アメリカン(米国製品を買え)」という求めに応じ、米国の貿易赤字解消と防衛力強化のため最先端のステルス戦闘機F35や無人偵察機RQ4グローバルホークの調達を進めています。
しかし、いずれ日銀の超金融緩和策が円安を誘導していると攻撃される恐れが十分にあります。
米中逆転を防げるか
今回の制裁関税第3弾のリストからは米アップルの腕時計端末アップルウオッチを含むスマートウオッチ、無線通信技術ブルートゥースを使った端末、工業製品用の化学品や繊維製品、農産品など297品目が取り除かれました。
米シンクタンク、ブルッキングス研究所のデイビッド・ドラー上級研究員によると、世界貿易の約3分の2は生産プロセスのサプライチェーンに関係しているそうです。
米国の対中貿易赤字のうち700億ドルはスマートフォンの輸入です。この中にはアップルのiPhoneももちろん含まれています。グーグルの首席エコノミスト、ハル・バリアン氏はスマホのOSの価値を差し引くと米国の貿易赤字は半分に圧縮されるという推計を発表しています。
つまり、米国の貿易赤字の多くは生産拠点を海外に移した米国企業の利益だということもできるのです。トランプ大統領が貿易赤字を解消するには、まず自国のグローバル企業に対する政策を変更する必要があります。
「世界の工場」は英国から米国へ、そして日本、次に中国に移り、これからは他のアジア諸国に移って行くでしょう。こうした流れは、歴史の必然です。
米国の貿易赤字は長期的にはドルの減価によって解消されることになります。しかし、それはドルが唯一の基軸通貨ではなくなり、米国民がこれまでのようなライフスタイルを維持できなくなることを意味しています。
関税が報復関税を呼ぶ「貿易戦争」に突入すれば世界貿易に大きなブレーキがかかり、縮小に転じる恐れがあります。それでもトランプ大統領が中国に貿易戦争を仕掛けるのは、11月に迫った米中間選挙対策という側面があるものの、中国を潰して世界一の座を死守する「米国第一」の執念ではないのでしょうか。
(おわり)