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ゴーン再逮捕と身柄拘束手続の仕組み

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
特別背任の被疑事実で3度目の逮捕をされたカルロス・ゴーン氏(写真:ロイター/アフロ)

 今日にも保釈されるかもと言われていた日産のカルロス・ゴーン前会長が、東京地検特捜部に特別背任の容疑で再逮捕されました。ゴーン氏の逮捕は3度目になります。この件については、国民の関心が高い割に、基礎となる刑事訴訟法の規定についての解説があまりないため、本稿で簡単に説明しようと思います。

1 ゴーン氏の身柄拘束の経過

 ゴーン氏の身体拘束については、新聞記事で確認できる限り、以下のような経過を辿っています。東京地方検察庁特別捜査部を通称「特捜部」といい、特に今回のゴーン氏の件のような重要事件の捜査、起訴、公判を担います。

11月19日 特捜部が逮捕((1)10~14年虚偽記載で)

11月21日 東京地裁が30日までの勾留決定((1)で)

11月30日 東京地裁が特捜部の勾留延長請求を認め12月10日まで勾留延長決定

12月10日 特捜部が起訴((1)で)

同    日 特捜部が再逮捕((2)15~17年虚偽記載で)

12月11日 東京地裁が20日まで勾留決定((2)で)

12月20日 東京地裁が(2)で特捜部の勾留延長請求を却下

12月21日 特捜部が再逮捕((3)特別背任で)

2 刑事訴訟法での身柄拘束の仕組み

 刑事手続における身柄の拘束については、起訴前の「逮捕」「勾留」と、起訴後の「勾留」を分けるのが分かりやすいです。

 特捜部は、11月19日、金融商品取引法違反((1)2010~2014年の分の有価証券報告書の虚偽記載の罪)の被疑事実(報道では「容疑」などと言います)でゴーン氏を逮捕しました。逮捕については「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」が必要で、(事件の審理を担当するとは限らない)裁判官がそれを認めて特捜部に「逮捕状」を発したときのみできます(刑訴法199条)。

 ゴーン氏を「逮捕」(身柄拘束)した特捜部は、「留置の必要」がある場合には、48時間以内に、裁判官に対して「勾留」(起訴前勾留。これも身柄拘束。)の請求をしなければなりません(刑訴法204条)。裁判官が勾留を認めるためには以下のいずれかの要件を備える必要があります(刑訴法207条で準用する同法60条)。

一 被疑者が定まつた住居を有しないとき。

二 被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

三 被疑者が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

 ゴーン氏については、二号の「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があることを理由に、東京地裁が勾留を認めたと思われます。「相当な理由」が必要なので、条文上は、ハードルは決して低くありませんが、実際の慣行としては、僅かな抽象的可能性をあげつらって勾留が認められる傾向があります。

 勾留できるのは原則として10日間以内に限られ、実際、東京地裁も11月30日までの勾留を認めました。ただし裁判官が「やむを得ない事由があると認めるとき」は、特捜部の請求で10日以内で勾留を延長することができます(刑訴法208条)。東京地裁もこれを認めたと思われ、12月10日まで勾留が延長されました。これも「やむを得ない事由」が必要なので、条文上のハードルは決して低くありません。

 起訴前に身柄拘束が許されるのは最初の48時間(警察が逮捕した場合は72時間)と、10日+10日の20日間が限度なので、特捜部は満期日の12月10日にゴーン氏を(1)2010~2014年の分の有価証券報告書の虚偽記載の被疑事実で起訴し、ゴーン氏の身柄は自動的に起訴後勾留に移行します(刑訴法208条、60条)。重要なのは、この起訴の時点から、弁護人等によるゴーン氏の保釈請求が可能になることです(刑訴法88条以下)。保釈は基本的に認められなければなりませんが、実際には、罪証隠滅や関係者威迫の可能性を安易に認め、事案によっては保釈を簡単には認めません。

 一方、特捜部は、同じ12月10日、(2)2015~2017年の分の有価証券報告書の虚偽記載の被疑事実でゴーン氏を逮捕(再逮捕)しました。これにより、ゴーン氏は、(1)の被疑事実の起訴後勾留と(2)の被疑事実での逮捕の両方を受けていることになり、(1)との関係では保釈請求が可能ですが、(2)の被疑事実との関係では起訴前で保釈請求ができないことになり、結局、保釈請求はできないことになります。

 そして、(2)の被疑事実につき、最大合計22~3日の身柄拘束のコースを“振り出しに戻る”のが良くある日本の刑事手続のあり方です。この「事件単位説」による再逮捕の繰り返し、安易に(起訴前)勾留を認める裁判所(官)の慣行、勾留期間中の勾留取り消しや案件により起訴後の保釈を容易に認めない(事件を審理する)裁判所の慣行などにより、無罪推定が働くはずの被疑者・被告人の身柄拘束が長期に及ぶ実態があり、これが「人質司法」と批判される原因となっています。

3 慣例破りの勾留延長請求却下

 しかし、ゴーン氏については、(2)の被疑事実について、東京地裁が、特捜部の請求により逮捕、勾留までは認めたものの、勾留期限の12月20日、東京地裁が特捜部の勾留延長請求を却下しました。裁判官が特捜部の勾留延長請求を認めないのは異例のことです。一部の報道では、東京地裁が、(1)と(2)を完全に別の事件とは見ず、“振り出しに戻る”ルールを抑制的に考えたのではないかとも言われています。

 いずれにせよ、そうすると、この時点で、ゴーン氏の身柄については(1)の被疑事実についての起訴後勾留と、(2)の被疑事実について身柄拘束のない状態になり、弁護人等による保釈請求が可能な状態になりました。そこで、弁護人が保釈請求のために動き、今日(12月21日)にも、ゴーン氏が保釈により身体拘束を解かれるやの報道がされたのです。筆者も、身体拘束を解かれたゴーン氏が、何を語るのか注目していました。

4 特捜部の電撃的再逮捕

 しかし、特捜部はこのような流れを阻止すべく、12月21日、ゴーン氏を(3)特別背任の被疑事実で再逮捕しました。一部報道では、特別背任罪による責任追及は難しいとも言われていたため、筆者も驚きました。これにより、ゴーン氏の身柄については、(1)の被疑事実についての被告人勾留、(2)の被疑事実についての身体拘束のない状態、(3)の被疑事実についての逮捕という状態が発生し、(3)について起訴前で保釈が認められず、かつ、(3)について“振り出しに戻る”最大合計2日+20日の身柄拘束のコースに入りました。

5 まとめ

 従前から、形式的な虚偽記載罪で長期間身柄を拘束することや、起訴すること自体についても批判がありました。一方、特別背任罪となると、会社経営者であるゴーン氏の責任を問うのに“相応しい”罪名とも言えます。そうすると、いよいよ特捜部が“本丸に攻め入った”ようにも思えます。一方で、従前から、ゴーン氏に特別背任罪に問うことの難しさも指摘されており、慣例破りの東京地裁の判断に追い詰められた特捜部が一か八かの勝負に出た可能性も否定はしきれないでしょう。いずれにせよ、特捜部がこの罪名で逮捕した以上、起訴まで持ち込むことを想定していると思われます。

 そして、以上では、淡々と手続について流れを説明しましたが、刑事訴訟法の条文自体は、身体拘束にそれなりに厳しい要件を設けており、本来、簡単に起訴前勾留を認めたり、安易に勾留延長を認めたり、“振り出しに戻る”ルールを安易に許したりするようにはなっていません。このような「人質司法」はひとえに制度を運用する裁判所の慣行です。そして、長期の身体拘束と、被疑者・被告人の取り調べについて弁護人の同席を認めない制度が、無実の人を自白の強要により冤罪に追い込む仕組みになっています。

 ゴーン氏の件を機に、必ずしも日本国憲法の理念や刑事訴訟法の規定に沿っていない「人質司法」の慣行の非人道性にも国民の関心が集まれば幸いです。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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