豪華客船にお金持ちは乗って来なかった~クルーズ船寄港地の憂鬱
・百害あって一利なし
「百害あって一利なしだ」長崎市であった中小企業経営者のある集まりで、地元の中小企業製造業経営者が厳しく批判するのは、海外からのクルーズ船の寄港だ。別のサービス業経営者も「これ以上、税を投入して国際航路のバース(船の係留施設)を大型化するなどというのには疑問を持っている」と批判的だ。
彼らが批判的な意見を述べるのには、もちろん理由がある。その日も大型客船が長崎港に寄港していた。「これだけの船が三日とおかず寄港するのですから、地元には貢献しているでしょう」と話を向けると、その場にいた経営者たちが苦笑して、「とんでもない」と言い、そして先ほどの批判になったのだ。
・誘致の効果は絶大だったが
日本ではこの10年ほど、各地の自治体や商工団体などが主導して、国際線クルーズ船の寄港誘致が繰り広げられた。富裕層が優雅な船旅を楽しみ、寄港地では地元に滞在することで、観光地だけではなく商店街などでも経済効果があると期待されたのだ。
長崎県でも、クルーズ船誘致による産業振興を目的として、2009年に県内の関係市町や商工関係者で組織する「長崎県クルーズ振興協議会」が設立され、国内外の客船運航会社への営業活動や展示会などへの出展など、活発なポートセールスが行われてきた。2011年には、国土交通省により長崎港松が枝地区旅客船ターミナル整備事業が行われ、10万総トン級に対応した国際観光船ターミナルが完成した。
こうした取り組みの成果として、2017年には267隻、2018年には220隻のクルーズ船が長崎港に寄港するようになった。それに伴い、2010年頃には10万人にも満たなかった乗客数も2017年に77万人、2018年には70万人と大幅な増加を見せている。
・三日に一回の入港
中国国内の景気の悪化などから2018年以降、微減しているとはいえ、ほぼ三日に一回、大型のクルーズ船が寄港している。1隻あたりの乗船客は小さいものでも1500名、大きいものになると4千名近くになる。停泊している大型客船は、遠くからみると巨大なホテルが現れたかのようにも見える。客船が入港すると、多くの外国人観光客が下船してくる。
・期待外れ
国際観光地長崎にとっては、大きな経済波及効果が期待されていたはずだが、中小企業経営者たちのみならず、商店街の飲食店や物販店の経営者や従業員に話を聞いてみても、ほとんどの人たちが苦笑いして、「ほとんど効果などない。」と答える。客船から降りてくる外国人観光客の多くは、旗を持ったガイドを先頭にずらりとならんだ観光バスに吸い込まれていく。客船のちょうど前にあるグラバー園や路面電車を利用してでかける観光客もいるにはいるが少数のようだ。
タクシー運転手の一人は、「最初は期待したんだけどね、タクシーなんて誰も乗らないよ。儲かっているのは船から買い物客を連れていく観光バスの会社くらいじゃないの。諫早にある免税品店に向かうんだ。」と言う。観光客たちが目指すのは、観光バスで約30分ほどの諫早市貝津にある大型免税品店だ。運営しているのは、全国に外国人観光客向けの免税店を展開する韓国系企業だ。「諫早まで連れて行かれて、買物して、あとは中国系が経営する家電量販店に寄ったら、長崎市内を観光している時間なんてないよ」とタクシー運転手は笑う。
確かに長崎市内の商店街や観光地を見ても、思いのほか外国人観光客は少なく、修学旅行生のグループや女性同士の旅行グループが中心だ。「人ばかりたくさん来てもらっても、地元に金が落ちないなら迷惑なだけですよ」と土産物を扱う店の従業員も辛辣だった。
・午前到着し、夕方出発
長崎市中心部の飲食店経営者も、「船が着くのがお昼前でしょ。そして出航するのが夕方6時頃。宿泊もしなければ、飲食もしない。賑わっているのは100円ショップくらいですよ」と話す。
ほとんどのクルーズ船は、午前中に到着し、夕方には次の目的地に向かって出航する。効率よく観光をして廻るためには、夜間の移動が一番だ。しかし、そうなると滞在時間は昼間の5時間から6時間程度。乗客たちは、夕食を寄港地で食べることはない。
・豪華客船でお金持ちがくるはずだったのだが
クルーズ船というとクイーンエリザベス二世号など豪華客船で乗客も富裕層だという発想が根強い。しかし、この10年ほどで状況は大きく変わり、東南アジアや中国を発着とした低価格で一般層でも利用しやすいクルーズツアーが多く発売されるようになった。日本向けのツアーでも宿泊と飲食代が含まれて、安いものであれば一人10万円程度からある。家族で旅行するのであれば、航空機を利用しホテルに宿泊するよりもずっとお得である。さらに、「飛行機だと買い物するものを考えないと超過料金を取られてしまいますが、船旅だと気にしなくて良いのも人気の原因です」と中国人の留学生は話す。豪華客船には、もはやお金持ちばかりが乗っているのではないのだ。
・寄港地での消費をいかに喚起するか
クルーズツアーが庶民のものとなった現在、過去に富裕層が大量に来るのだと考えて作られてきた計画は、もう一度練り直す必要があるだろう。寄港地での消費を喚起するためには、日帰り停泊の寄港料を上げ、逆に宿泊を伴う停泊の方を大幅に安くするなどの補助策にメリハリを付けたり、地元商店街や観光地への観光が組み込まれていないツアーへの補助をカットするなど乗船客の誘導を図る方策が必要だろう。地元経済界も、高知市のひろめ市場のように、短時間でも名産品や酒など飲食が楽しめるような施設を充実させるなど、民間は民間なりの工夫も必要だろう。
・量より質へと迅速に転換を
行政側も、ただ寄港回数や上陸客数を競うのではなく、富裕層、優良観光客の誘致という量よりも質へのシフトを図る段階である。上陸許可に関しても、2015年1月からクルーズ船誘致を目的に、法務大臣が指定するクルーズ船の外国人乗客を対象として、簡易な手続きで上陸を認める「船舶観光上陸許可」制度を実施してきた。しかし、ビザなしで簡易な審査で入国できることを利用して、全国の寄港地でクルーズ船の乗客の失踪事件が相次いでおり、長崎でもそうしたことによる治安の悪化に不安を指摘する意見も聞いた。
行方不明者を多く出した旅行代理店、観光業者やクルーズ会社に対して、ペナルティを課すなど厳しい対応も求められる。問題があまりにも多いのであれば、現在1時間ほどで発給している上陸ビザの手続きに関しても見直しを行うべきだろう。それらを早急に進めなければ、地元住民から税金投入の意義を問われ、せっかくのインバウンド観光促進に水を差す結果となりかねない。
急激な人口減少時代を迎えた日本にとっては、海外からの観光客は重要なお客様だ。しかし、人数ばかりが増えて、お金が落ちないというのでは地元の理解は得られない。政府や地元自治体の迅速な対応が求められる。
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