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「AIバブルは崩壊するか」世界株急落で膨らむ懸念

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
Photo by Paul Hudson (CC BY 2.0)

AIバブル崩壊するのか――株式市場が大荒れとなる中で、そんな懸念が広がった。

8月2日、米株式市場が前日に続いて急落し、世界に波及。それに先立ち、日本もブラックマンデー(1987年)以来の記録的な株価下落に見舞われた。

米株価下落の直接の引き金は雇用統計の悪化だったが、後押ししたとされるのがインテル、アマゾンなどのハイテク株の急落だ。

背景には、この間の株価上昇をけん引してきたAIへの期待に、陰りが見えてきたことがある。

メディアには「バブル」の文字が躍る。だがIT大手のトップが口をそろえるのは、巨額のAI投資は続けるが、それに見合う成果はまだ先になりそう、との見通しだ。

チャットGPTの公開から20カ月。爆発的に広がった生成AIブームへの、市場の眼差しが一気に厳しさを増している。

●「来年ではなく数日か数週間後」

私は(テックカルチャー誌)ワイアードのために、AIバブルが2025年に崩壊すると予測する素晴らしい記事をちょうど書き終えたところだが、今はその内容に後悔している。明らかに予測の年を間違えた。それは数か月後の話ではなく、数日または数週間後のことになりそうだ。

ニューヨーク大学名誉教授で、機械学習ベンチャーをウーバーに売却した起業家でもあるゲイリー・マーカス氏は、8月2日午後8時過ぎ(米東部時間)、Xにそんな書き込みをした。

マーカス氏は生成AIブームへの懐疑派としての発信でも広く知られる。現在の生成AIの仕組みでは、幻覚(回答の捏造)などの問題は解決できず、過大評価を受けている、と見立てる。その立場から、AI規制に関する上院公聴会(2023年5月)で、オープンAIのサム・アルトマンCEOと並んで証言に立った人物だ。

8月2日の米株式市場は大荒れとなっていた。ダウ工業平均は610.71ドル(1.51%)安の3万9,737.26ドル。ハイテク株中心のナスダック総合指数は、417.98ポイント(2.43%)安の1万6,776.16となり、過去最高を記録した7月10日(1万8,647.45)から10.04%下落。調整局面(過去1年間の最高値から10%以上下落)入りとなった。

8月2日午前8時半(米東部時間)、米労働省が7月の雇用統計を発表。雇用(非農業部門)の伸びが11万4,000人と6月(17万9,000人)より減少する一方、失業率は5カ月連続の上昇で4.3%(0.2ポイント増)と、3年ぶりの高水準を示し、景気後退への懸念が一気に広がった。

すでにその前日の8月1日、米サプライマネジメント協会(ISM)が発表した7月の製造業景況感指数(PMI)が46.8と前月から1.7ポイント低下し、縮小傾向を強めていたことで、株価下落(ダウ工業平均494.82ドル安、ナスダック総合指数415.25ポイント安)は始まっていた

さらにインテルが8月1日午後4時過ぎに行った決算発表で、2期連続の赤字と1万5,000人の人員削減を明らかにしたことも、市場にインパクトを与えた。翌8月2日には、同社の株価は1974年以来となる26.06%の急落を招き、時価総額約320億ドルが消失したという

AI投資に注力するアマゾンも、8月1日発表の決算で第2四半期の売上高、第3四半期の見通しとも、アナリストの予想を下回ったことを受け、翌8月2日には株価が8.78%下落した

後述のように、これに先立って、決算発表でさらなるAI投資を掲げたアルファベット(7月23日)、マイクロソフト(7月30日)もその後、株価を下げていた。

ブルームバーグは8月2日朝、「大手テクノロジー企業はAIが利益をもたらすとウォール街を説得できず」と報じている

ロイターによれば、米株式市場の混乱は、世界的な株価急落へと波及。MSCI世界株価指数は16.19ポイント(2.02%)安の787.21。欧州のストックス600も13.98ポイント(2.73%)安の497.85となった。

これに先立ち日本では8月2日、日経平均株価が急落。前日比2,216.63円安の3万5,909.70円で取引を終え、1987年のブラックマンデー翌日の3,836円に次ぐ過去2番目の下げ幅となった。

●「シリコンバレーの妄想を信じないように」

2022年11月末のチャットGPT公開をきっかけとした生成AIの爆発的ブームには、特に2024年に入ってから、「バブル」を指摘する声が強まっていた。

巨額の投資が続く一方で、会議録の要旨づくりやプログラム作成補助を超える、本格的な利益を生む生成AIの成果は見られず、投資家はしびれを切らし始めていた。

生成AIに必要な高性能のGPU(画像処理半導体)を一手に製造するエヌビディアが、マイクロソフトを抜いて、時価総額で世界トップ企業となったのが2024年6月18日。

その2日後の6月20日、米有力ベンチャーキャピタル「セコイア・キャピタル」のデビッド・カーン氏は、「AIの6,000億ドルの疑問」と題した論考で、AI関連で期待される収益を6,000億ドルと見積もり、実際の収益は5,000億ドル不足している、と指摘した。

私たちは、シリコンバレーから他の国、そして世界へと広がっている妄想を信じないようにしなければならない。その妄想とは、AGI(人間並みの汎用AI)が明日にもやってくるから、私たちはみんなすぐに一攫千金を狙える、そのために唯一の貴重な資源、GPUを備蓄しておく必要があるというものだ。

米金融大手のゴールドマン・サックスも6月25日、「巨額すぎる投資、少なすぎる成果」とのタイトルで生成AIの現状を疑問視した。

(大手テクノロジー企業によるAIへの)巨額の設備投資は報われるのだろうか? マサチューセッツ工科大学(教授)のダロン・アセモグル氏とゴールドマンサックス(グローバルエクイティ調査部長)のジム・コヴェロ氏は懐疑的だ。アセモグル氏は今後10年間のAIによる米国経済の上昇は限定的と見ており、コヴェロ氏は、このテクノロジーはコストを正当化するような複雑な問題を解決するようには設計されておらず、そのコストも多くの人が期待するほどには減少しないかもしれない、と主張している。

フィナンシャル・タイムズによれば、7,000億ドルを運用する米ヘッジファンド「エリオット・マネジメント」も、投資家に対して、エヌビディアは「バブル状態」にあり、その株価を押し上げているAI技術は「誇張されすぎている」と伝えたという。

ブームをけん引してきたエヌビディアの株価も、ピーク時(6月18日、135.58ドル)に比べて20.88%下落(8月2日、107.27ドル)する弱気相場(直近の高値から20%以上下落)となっている。

●「マグニフィセント7」は投資継続

AI関連で株式市場をけん引するマイクロソフト、アップル、エヌビディア、アルファベット(グーグル)、アマゾン、メタ、テスラの7社を指して、「マグニフィセント7」という呼び方も広がっている。

従来のGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)にマイクロソフトを加え(GAFAM)、さらにエヌビディアとテスラを加えた呼び名だ。ジョン・スタージェス監督による『七人の侍』のリメイク『荒野の七人』の原題「マグニフィセント7」にちなむ。

いずれもAIの主要企業だ。そして、AI投資に強気の姿勢を崩さない。

その1つ、アルファベット(グーグル)は、四半期ごとに120億ドルというAI投資を掲げる。スンダー・ピチャイCEOは7月23日の第2四半期決算の発表で、アナリストからその成果を問われてこう答えたという

過小投資のリスクは、過剰投資のリスクよりも劇的に大きい。(中略)ここで先頭に立つために投資しないことは、はるかに重大なマイナス面をもたらす。

メタCEOのザッカーバーグ氏も、7月23日の決算発表で、生成AI投資の成果について、「何年もかかるだろうと私が予想しても、誰も驚かないはずだ」と持論を展開。翌7月24日に公開されたブルームバーグのポッドキャストでも、こう述べている

遅れをとることのマイナス面は、今後10年から15年の間、最も重要なテクノロジーに対してポジションを失ってしまうことだ。 

ただメタは、2023年9月に発表したセレブリティ(著名人)のキャラクターを使ったAIチャットボットサービスをわずか1年足らずで終了したという。新たにハリウッドスターたちを起用したAI音声サービスを準備中、とも報じられる

●止まれない競争

AIへの「バブル」の指摘と、止まれない競争のスピードは、2000年3月にピークを迎えた「ドットコム・バブル」と比較される。

サン・マイクロシステムズの共同創業者であり、シリコンバレーのご意見番でもあるベンチャーキャピタル「コースラ・ベンチャーズ」(2019年にオープンAIに投資)の創設者、ヴィノッド・コースラ氏は、ワシントン・ポストのインタビューにこう答えている

ゴールドマン・サックスは、ドットコム・バブルがあったという。なぜなら株価が上がったり下がったりしたからだ、と。だが私に言わせれば、その間もインターネットのトラフィックは、まったく減っていなかった。

テクノロジーの発展とそれによる社会の地殻変動は、四半期ごとの業績や株価の変動とは、必ずしも一致しない、ということのようだ。

ドットコム・バブルの崩壊で、シリコンバレーでは2000年代初めには空きオフィスが目立ち、沈滞ムードが漂っていた。その沈滞ムードの中から2000年代半ばに登場したのが、フェイスブック(2004年設立)、ユーチューブ(2005年設立)、ツイッター(2006年設立)などのソーシャルメディアの一群だった。

前述の生成AIの懐疑派、ゲイリー・マーカス氏は、2024年8月3日のニュースレタープラットフォーム「サブスタック」への投稿で、注目のチャットボットベンチャー「インフレクションAI」「アデプトAI」「キャラクターAI」の創業者たちが、相次いでマイクロソフト、アマゾン、グーグルに移籍していることを挙げ、「AIバブル」の行き詰まりを指摘する。

ただ、8月4日付のガーディアンへの寄稿では、オープンAIのアルトマン氏が掲げる汎用AI(AGI)の実現は「不当な誇大宣伝」だとしながらも、こう述べている。

とはいえ、私はAIを捨てるべきだとは思わない。医療、物質科学、気候科学など、より優れたAIを作ることで、世界は大きく変わるかもしれない。生成AIがその目標を実現する可能性は低いが、将来、まだ開発されていないAIが登場するかもしれない。

生成AIを取り巻く潮目と視線は、大きな曲がり角を迎えている。

(※2024年8月5日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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