「AIバブルは崩壊するか」世界株急落で膨らむ懸念
AIバブルは崩壊するのか――株式市場が大荒れとなる中で、そんな懸念が広がった。
8月2日、米株式市場が前日に続いて急落し、世界に波及。それに先立ち、日本もブラックマンデー(1987年)以来の記録的な株価下落に見舞われた。
米株価下落の直接の引き金は雇用統計の悪化だったが、後押ししたとされるのがインテル、アマゾンなどのハイテク株の急落だ。
背景には、この間の株価上昇をけん引してきたAIへの期待に、陰りが見えてきたことがある。
メディアには「バブル」の文字が躍る。だがIT大手のトップが口をそろえるのは、巨額のAI投資は続けるが、それに見合う成果はまだ先になりそう、との見通しだ。
チャットGPTの公開から20カ月。爆発的に広がった生成AIブームへの、市場の眼差しが一気に厳しさを増している。
●「来年ではなく数日か数週間後」
ニューヨーク大学名誉教授で、機械学習ベンチャーをウーバーに売却した起業家でもあるゲイリー・マーカス氏は、8月2日午後8時過ぎ(米東部時間)、Xにそんな書き込みをした。
マーカス氏は生成AIブームへの懐疑派としての発信でも広く知られる。現在の生成AIの仕組みでは、幻覚(回答の捏造)などの問題は解決できず、過大評価を受けている、と見立てる。その立場から、AI規制に関する上院公聴会(2023年5月)で、オープンAIのサム・アルトマンCEOと並んで証言に立った人物だ。
8月2日の米株式市場は大荒れとなっていた。ダウ工業平均は610.71ドル(1.51%)安の3万9,737.26ドル。ハイテク株中心のナスダック総合指数は、417.98ポイント(2.43%)安の1万6,776.16となり、過去最高を記録した7月10日(1万8,647.45)から10.04%下落。調整局面(過去1年間の最高値から10%以上下落)入りとなった。
8月2日午前8時半(米東部時間)、米労働省が7月の雇用統計を発表。雇用(非農業部門)の伸びが11万4,000人と6月(17万9,000人)より減少する一方、失業率は5カ月連続の上昇で4.3%(0.2ポイント増)と、3年ぶりの高水準を示し、景気後退への懸念が一気に広がった。
すでにその前日の8月1日、米サプライマネジメント協会(ISM)が発表した7月の製造業景況感指数(PMI)が46.8と前月から1.7ポイント低下し、縮小傾向を強めていたことで、株価下落(ダウ工業平均494.82ドル安、ナスダック総合指数415.25ポイント安)は始まっていた。
さらにインテルが8月1日午後4時過ぎに行った決算発表で、2期連続の赤字と1万5,000人の人員削減を明らかにしたことも、市場にインパクトを与えた。翌8月2日には、同社の株価は1974年以来となる26.06%の急落を招き、時価総額約320億ドルが消失したという。
AI投資に注力するアマゾンも、8月1日発表の決算で第2四半期の売上高、第3四半期の見通しとも、アナリストの予想を下回ったことを受け、翌8月2日には株価が8.78%下落した。
後述のように、これに先立って、決算発表でさらなるAI投資を掲げたアルファベット(7月23日)、マイクロソフト(7月30日)もその後、株価を下げていた。
ブルームバーグは8月2日朝、「大手テクノロジー企業はAIが利益をもたらすとウォール街を説得できず」と報じている。
ロイターによれば、米株式市場の混乱は、世界的な株価急落へと波及。MSCI世界株価指数は16.19ポイント(2.02%)安の787.21。欧州のストックス600も13.98ポイント(2.73%)安の497.85となった。
これに先立ち日本では8月2日、日経平均株価が急落。前日比2,216.63円安の3万5,909.70円で取引を終え、1987年のブラックマンデー翌日の3,836円に次ぐ過去2番目の下げ幅となった。
●「シリコンバレーの妄想を信じないように」
2022年11月末のチャットGPT公開をきっかけとした生成AIの爆発的ブームには、特に2024年に入ってから、「バブル」を指摘する声が強まっていた。
巨額の投資が続く一方で、会議録の要旨づくりやプログラム作成補助を超える、本格的な利益を生む生成AIの成果は見られず、投資家はしびれを切らし始めていた。
生成AIに必要な高性能のGPU(画像処理半導体)を一手に製造するエヌビディアが、マイクロソフトを抜いて、時価総額で世界トップ企業となったのが2024年6月18日。
その2日後の6月20日、米有力ベンチャーキャピタル「セコイア・キャピタル」のデビッド・カーン氏は、「AIの6,000億ドルの疑問」と題した論考で、AI関連で期待される収益を6,000億ドルと見積もり、実際の収益は5,000億ドル不足している、と指摘した。
米金融大手のゴールドマン・サックスも6月25日、「巨額すぎる投資、少なすぎる成果」とのタイトルで生成AIの現状を疑問視した。
フィナンシャル・タイムズによれば、7,000億ドルを運用する米ヘッジファンド「エリオット・マネジメント」も、投資家に対して、エヌビディアは「バブル状態」にあり、その株価を押し上げているAI技術は「誇張されすぎている」と伝えたという。
ブームをけん引してきたエヌビディアの株価も、ピーク時(6月18日、135.58ドル)に比べて20.88%下落(8月2日、107.27ドル)する弱気相場(直近の高値から20%以上下落)となっている。
●「マグニフィセント7」は投資継続
AI関連で株式市場をけん引するマイクロソフト、アップル、エヌビディア、アルファベット(グーグル)、アマゾン、メタ、テスラの7社を指して、「マグニフィセント7」という呼び方も広がっている。
従来のGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)にマイクロソフトを加え(GAFAM)、さらにエヌビディアとテスラを加えた呼び名だ。ジョン・スタージェス監督による『七人の侍』のリメイク『荒野の七人』の原題「マグニフィセント7」にちなむ。
いずれもAIの主要企業だ。そして、AI投資に強気の姿勢を崩さない。
その1つ、アルファベット(グーグル)は、四半期ごとに120億ドルというAI投資を掲げる。スンダー・ピチャイCEOは7月23日の第2四半期決算の発表で、アナリストからその成果を問われてこう答えたという。
メタCEOのザッカーバーグ氏も、7月23日の決算発表で、生成AI投資の成果について、「何年もかかるだろうと私が予想しても、誰も驚かないはずだ」と持論を展開。翌7月24日に公開されたブルームバーグのポッドキャストでも、こう述べている。
ただメタは、2023年9月に発表したセレブリティ(著名人)のキャラクターを使ったAIチャットボットサービスをわずか1年足らずで終了したという。新たにハリウッドスターたちを起用したAI音声サービスを準備中、とも報じられる。
●止まれない競争
AIへの「バブル」の指摘と、止まれない競争のスピードは、2000年3月にピークを迎えた「ドットコム・バブル」と比較される。
サン・マイクロシステムズの共同創業者であり、シリコンバレーのご意見番でもあるベンチャーキャピタル「コースラ・ベンチャーズ」(2019年にオープンAIに投資)の創設者、ヴィノッド・コースラ氏は、ワシントン・ポストのインタビューにこう答えている。
テクノロジーの発展とそれによる社会の地殻変動は、四半期ごとの業績や株価の変動とは、必ずしも一致しない、ということのようだ。
ドットコム・バブルの崩壊で、シリコンバレーでは2000年代初めには空きオフィスが目立ち、沈滞ムードが漂っていた。その沈滞ムードの中から2000年代半ばに登場したのが、フェイスブック(2004年設立)、ユーチューブ(2005年設立)、ツイッター(2006年設立)などのソーシャルメディアの一群だった。
前述の生成AIの懐疑派、ゲイリー・マーカス氏は、2024年8月3日のニュースレタープラットフォーム「サブスタック」への投稿で、注目のチャットボットベンチャー「インフレクションAI」「アデプトAI」「キャラクターAI」の創業者たちが、相次いでマイクロソフト、アマゾン、グーグルに移籍していることを挙げ、「AIバブル」の行き詰まりを指摘する。
ただ、8月4日付のガーディアンへの寄稿では、オープンAIのアルトマン氏が掲げる汎用AI(AGI)の実現は「不当な誇大宣伝」だとしながらも、こう述べている。
生成AIを取り巻く潮目と視線は、大きな曲がり角を迎えている。
(※2024年8月5日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)