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新型コロナワクチン 12月前半にも英医療従事者に接種 中国との開発競争いよいよ最終コーナーに

木村正人在英国際ジャーナリスト
英製薬大手アストラゼネカとコロナワクチンを開発するオックスフォード大学(写真:ロイター/アフロ)

「コロナ・スタッフを対象にワクチン接種を準備せよ」

[ロンドン発]新型コロナウイルスの深刻な第2波に襲われるイギリスで国民医療サービス(NHS)が12月前半にもコロナ患者の診断や治療に当たる医療従事者を対象にしたワクチン接種を始める見通しです。英大衆日曜紙メール・オン・サンデーが報じました。

自由主義国家と権威主義国家のワクチン開発競争は最終コーナーを回り、いよいよ激しさを増してきました。同紙は英イングランド中部ウォリックシャーのジョージ・エリオット病院NHSトラストの最高運営責任者がスタッフに送信したメールを入手しました。それには次のように記されていました。

「私たちのトラストは全国のNHS病院とともに12月前半にコロナ・スタッフを対象にしたワクチン接種を始める準備をするよう伝えられた。最新の情報では今年クリスマス前には優先順位の高いNHSスタッフに対するワクチン接種が可能になっているはず。ワクチンは28日間離して2回接種される」

使用されるのは英オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカが開発中のワクチンで、弱毒化したアデノウイルスベクターに新型コロナウイルスのスパイクタンパク質遺伝子をエンコードした組換えウイルスワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)とみられています。

ブラジルで参加者1人が死亡も治験は続行

ChAdOx1 nCoV-19の第1/2相試験は4月に始まり、英イングランド南部の複数の試験センターで健康なボランティア計1000人(18~55歳)以上に接種して安全性・免疫原性・有効性を評価しました。その結果、深刻な有害事象は全くなく、新型コロナウイルスに対する抗体をつくるなど免疫応答が確認されました。

イングランドやインドで第2/3相試験が、ブラジル、南アフリカ、アメリカで第3相試験が行われています。アメリカは5月に3億回分の供給を受ける代わりに12億ドル(約1257億円)の資金を提供することで合意。イギリスには1億回分が供給される計画です。

ワクチン開発プロジェクトに資金提供するCEPIやGAVIアライアンス、世界保健機関(WHO)とも協力。8月には欧州連合(EU) が4億回分の提供を受けることで合意しました。インドの血清研究所は臨床試験に使用するため数百万回分をすでに生産。アストラゼネカは20億回分の製造能力を確保しています。

しかしイギリスで 臨床試験に参加したボランティアが脊髄の炎症を起こしたため、9月8日、ChAdOx1 nCoV-19の臨床試験は世界的に一時停止しました。しかし、オックスフォード大学は「ワクチンに安全上の懸念はなかった」と判断し、9月12日に臨床試験が再開されました。

10月21日にはブラジルで参加者が死亡。米食品医薬品局(FDA)は同月23日に「ワクチン接種との関連を否定することはできないものの、直接の原因を引き起こさなかった」と結論付け、アメリカでの臨床試験再開を認めました。アメリカでは臨床試験にダミーショットも含め3万人が参加しています。

ワクチン開発競争でリードする中国

米紙ニューヨーク・タイムズによると現在、限定使用が承認されているワクチンは中国やロシアの6種類。第3相試験中が英オックスフォード大学・アストラゼネカ、米モデルナなど12種類。第2相試験中が14種類。第1相試験中が33種類です。

北京にある中国CDC(疾病管理予防センター)のウー・ギゼン氏は9月、シノファームと他のグループが共同開発した2つのワクチンが11月か12月に利用可能になると中国メディアに語っています。

(1)武漢生物製品研究所、シノファーム

不活化ワクチン。7月にアラブ首長国連邦(UAE)で、8月にペルーやモロッコで第3相試験開始。UAEが9月14日、医療従事者を対象にシノファームのワクチン使用を緊急承認

(2)シノファーム、北京生物製品研究所

不活化ワクチン。UAEやアルゼンチンで第3相試験開始。UAEは9月14日、医療従事者を対象に使用を緊急承認。シノファームは10月、上記2つのワクチンについて年10億回分を生産する計画を発表

透明性と安全性プロトコルの要請が欧米に比べて厳しくない中国やロシアはワクチン開発競争で欧米諸国をリードしています。

ドナルド・トランプ米大統領は今月22日の大統領選討論会でコロナ・ワクチン開発の見通しについて「準備できている。数週間のうちに発表される」と強弁しましたが、ChAdOx1 nCoV-19のことを指していたのでしょうか。

トランプ大統領は「WHOは中国寄り」と脱退を通告。これに対し、中国はCEPIやGAVIアライアンス、WHOによる公正で平等なコロナ・ワクチン供給を目指すCOVAXに参加しています。

新規感染者の半分は欧米に集中

統計サイト「Our World in Data」によると、新型コロナウイルスの1日当たり新規感染者数(7日平均)は10月23日時点で世界全体が39万5633人。このうちアメリカが6万1208人、EUが11万9167人、イギリス1万9549人と世界全体のちょうど半分を占めています。

医療崩壊や高齢者施設での感染を防げなかった第1波に比べて死者は減っているものの、欧州では外出禁止令などコロナ対策の再強化で人の移動や接触は大きく制限され、経済的な損失はさらに深刻になるのは必至です。約2メートルの安全距離やマスク着用、手洗い、換気を徹底しても経済への影響は避けられません。

コロナ危機を完全に脱するには効果的なワクチンや治療法を確立するしか道はありません。有効なワクチンの開発に成功すれば国内経済をフルに再開できるようになります。外交活動や軍事活動の制約もなくなり、ワクチン供給を通じて国際的な影響力を拡大することができます。

大阪大学前総長で国立研究開発法人・量子科学技術研究開発機構の平野俊夫理事長(免疫学者)は人類の歴史を5つに分けています。

【第1波】20万年~1万年前、ホモサピエンスが5大陸に拡散

【第2波】1万年前~12世紀、農業文明が始まる。野生動物の家畜化が起こり、結核や天然痘、麻疹など伝統的感染症が家畜から人に感染

【第3波】13~17世紀、モンゴル帝国、大航海時代。世界が7つの海でつながり、感染症が拡散

【第4波】18~20世紀、産業革命、大英帝国、2つの世界大戦と冷戦。政治的・軍事的覇権争い。感染症との闘い

【第5波】1990年~現在、情報伝達手段と移動手段の革新。世界が相対的に狭くなり、多様性が爆発。環境破壊の結果、野生動物から人に感染する新興感染症も爆発する?

新興感染症を克服できた国が21世紀の覇権を握ることになるでしょう。中国の国家主義が世界を制覇するのか。それとも英米の自由主義が覇権を守るのか。コロナ・ワクチンの開発競争は医療にとどまらず、国際政治・安全保障面で極めて大きな意味を持っています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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