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とんかつ屋の悲劇 ~ 行列ができる人気店がなぜ廃業するのか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

・とんかつ屋の悲劇

 「とんかつ屋の悲劇って知ってますか」

 ある外食産業の幹部が、そう言った。ここ数年、東京都内の人気とんかつ店が次々と廃業しているという話である。

 長年、人気店として繁盛しており、開店前から行列ができるといったような店が多いのである。

 「実は、人気店なので、食べに行ってみたんですが」と別の外食産業の社員も話す。

 「確かに人気が出るはずで、立派なとんかつ定食が600円から800円と格安なんです。本来であれば1000円から1500円ぐらい取らないと儲けが残らないという水準でした。」

 そんな人気店が、ここ数年で次々廃業しているのだ。

・年金が形を変えた補助金に?

 

 「何十年も変わらない値段と、チェーン店ではありえない品質の高さと格安さ」などとグルメサイトでも称賛されていることが多い。しかし、それを可能にしているのは、すでに減価償却の終わった古い設備、ローンを払い終えた自社店舗、そして年金をもらいながら夫婦で切り盛りしていることなどだ。

 ある意味、年金が経営継続への補助金のようになっているわけだ。こうした経営を続けてきた場合、いよいよ世代交代の時期になると若い現役世代にはとても生活をしていけるだけの収入を得ることができない。

 「そうなってから、急に値段を大幅に上げるなどはできないし、設備更新などに多額の費用がかかるので、後継者にとっては重荷になるでしょう。」商業関係の支援事業を行う行政職員は、そう話す。先の外食産業の社員も、「夫婦二人で一人分の給与しかなく、それでやっと可能になっているような低価格がウリでは、いくら有名でも、のれん代を出してまで買収する意味はあまりない」と言う。

・ 30年前の7割まで減少

 新規出店や新規開業のニュースばかりが流れ、一見華やかに見える外食産業であるが、実際には1991年をピークに事業所数は減少の一途である。2014年の外食事業数事業所数は619,711と、30年前の7割程度まで減少し、1976年と同水準までになっている。 この傾向は、人口減少やコンビニなどによる中食産業の発展などから、当分は止まらないだろう。

 外食産業の市場規模は、1996年の約29兆円をピークに減少傾向をたどってきた。しかし、2011年から微増に転じ、2015年は約25兆円であった。微増の原因は、団塊の世代が65歳となり年金を受給するようになったことや、インバウンドが増加していることが影響しているものと考えられる。しかし、増加率は次第に鈍化しており、消費を支えてきた団塊の世代は、70歳代となり消費者市場からは急速に消えていく。今後、増加傾向が継続するとは考えられない。

 さらに市場規模が増加しても、飲食店(外食事業所)の減少傾向に歯止めがかからない一つの原因は、中食の増加である。スーパーや百貨店などの総菜売り場の充実に加え、最近ではコンビニやスーパーなどのイートインコーナーが充実し、昼食だけではなく、夕食や軽い飲酒などもそこで済ませる人が増加している。こうした従来は「物販」だった業態が、外食産業と競合する状況が生まれている。

 こうした外食産業は、競争激化の中で、労働力不足や人件費増に悩まされている。そんな中で、若い世代が後継しても採算レベルに達することが難しい「格安」がウリの店は、世代交代を機に廃業となる。

・とんかつ屋だけの問題ではない

 

 団塊の世代が細々と経営を継続してきた事業を、次世代が継承できず、そのまま廃業していくという問題は、とんかつ屋だけに起こっている事象ではない。

 昔ながらの商店街に、昔ながらの商店があり、高齢の商店主が常連客を相手に商売を続ける。自分たちの体が動くうちは、小遣い稼ぎ程度で良いからと店を続ける。関西地方のある商店街組合長は、「もちろん、それはそれで別に問題はない。しかし、それで10年後、その店はあるのだろうか。次々と閉店していき、老朽化した店舗が並ぶ商店街に客は来るのだろうか。そう考えると、商店街を救うのであれば、商店主が後継者が見つかるような経営をしようと努力するのと同時に、商店街組合や行政なども入って、身内でなくとも店舗の後継者を受け入れていかねばいけない。大型店が、役所がと、他人にばかり責任を押し付けすぎてきた」とも言う。

 一方で、「製造業でも同じこと。趣味で続けているような高齢者が、ありえないような価格で受注したりする。そうした価格を当たり前のように持ってきて、やってくれという発注者側もどうかしているが、市場価格を乱すような高齢者は早く廃業してほしい」と関西地方の中小企業の経営者は言う。「市場規模は縮小しており、そうした企業や商店がどんどん廃業し、適正規模、適正価格の水準になれば、それでいい。問題は、うちがそこまで生き残らねばならないことだが、製造業では商業より、早くにそれが進んでいるのではないか。」

・高齢者の働き甲斐と若い世代の生活の確保

 「生きがいを求めて働きたい意欲のある高齢者の働く場の確保」のために、最低賃金を撤廃すればよいという政治家の発言が話題になっている。では、「年金をもらっているのだからと、最低賃金以下で働く高齢者」を集めて、事業の継続性はあるのだろうか。

 老朽化した設備、長い労働時間と忙しさ、そして、低い利益率と低賃金。それをカバーする年金という名の補助金と生きがい。それで続けられてきた事業では、若い世代の生活を確保できないことは明らかだ。

 「自分の代だけ、安泰であれば良い」という考えではなく、次世代の生活の確保が可能かどうか、それこそが事業の継続に最も重要な点だ。そのことは、商店街問題や、さらには地域活性化問題にも繋がる。「とんかつ屋の悲劇」は、一業種の経営問題だけではなく、実は非常に大きな問題を提起しているといえる。

*参考資料

  一般社団法人日本フードサービス協会 『ジェフ年鑑2017年版』

  経済産業省 『商業統計』 各年版

  総務省統計局 『事業所・企業時計調査』 各年版

  

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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