中日ドラゴンズ偏愛の名物アナが本を出版。ディープすぎるその中身とは?
コミカルキャラだが実況技術と取材姿勢には定評が
CBCテレビのスポーツアナウンサー、若狭敬一さん。熱狂的ドラゴンズファンとして知られ、ドラフト会議の際の滝行は、今やプロ野球ファンなら知らない人はいない秋の名物行事にすらなっています。最近は朝の情報番組のレポーターとしても活躍し、お調子者のイメージが全国のお茶の間に広まりつつありますが、実況アナとしての話術や熱心な取材姿勢はファンには知られるところです。(関連記事:「『#若狭アナ』がトレンド入り。名古屋・CBCの名物アナはどんな人?」 2021年10月20日)
そんな若狭アナが著書『フェアか、ファウルか?』を3月24日に出版しました。副題に「実況アナが書いた! 中日ドラゴンズ偏愛コラム」とある通り、中身はまるまるドラゴンズの話。しかも、選手や関係者から聞き出したエピソードや、詳細な技術論も満載のディープすぎる内容。その取材・執筆秘話を若狭さん本人に、これまたディープにお聞きしました。
9割は地道な地取り取材。理解できるまでとことん聞く
―― 全編通してドラゴンズ愛にあふれています。若狭さんは岡山県出身でもともと特定のプロ野球チームのファンではなかったそうですが、今やドラゴンズ好きが全国に知られるほど。CBCはじめ名古屋の局のスポーツアナはドラファンたれ、という不文律があるのでしょうか?
若狭 「不文律はありませんが、ドラゴンズの選手と接する機会が多いので、深く知るほど情が移り、頑張ってほしいという思いが強くなる。自然とファンになっちゃいます。実況も、名古屋ローカルの放送時は軸足の9割がドラゴンズ(笑)。相手チームの地元でも放送される場合は5:5の意識にシフトします。それくらいでないとつい主語がドラゴンズになってしまいます」
――本ではドラゴンズの選手本人はもちろん、アマチュア時代の指導者や裏方など、非常に多方面に取材してすくい上げたコメントが豊富に盛り込まれています。日ごろの取材で心がけていることは?
若狭「取材は“見る・気づく・知る・覚える”のサイクルのくり返しです。練習や試合での一挙手一投足はもちろん、道具や持ち物、記者会見の言葉や表情にまで目を配る。するとバットやフォームが変わったり、人柄を表す面白い発言だったり何かしら気づきがある。それについてあらためて取材して、知り得たことを覚えておくと、次に練習風景を見る時にまた次の気づきにつながります」
――テレビのスポーツ報道の取材というと、カメラを回しながらコメントを取るというイメージがありますが、実は回っていない時の取材の方が重要?
若狭 「9割は日々の地道な地取り取材です。そこで心がけているのは理解できるまでとことん聞くこと。相手の話していることの映像が浮かぶ。うれしい、悔しいなどの感情が聞いた内容と一致する。5W1Hを丁寧に聞いてすり合わせ、相手の思いを理解できてやっと伝えることができる。そして、ファンが感動するエピソードがないかを見つけるためにウエットに聞く。例えば、怪我をして満足にバットを振れなかった時に人知れず努力していたことなど、心揺さぶられる話があったらそこからディテールを聞き出せるようグッと踏み込んでいきます。この積み重ねなので、総じて私は取材が長いです」
テレビでお蔵入りのネタをコラムに活かす情報のSDGs
――取材で得た情報の活かし方として、放送で使う、活字にする、優先順位や使い分けの基準はあるのでしょうか?
若狭「“テレビあるある”なんですが、インタビューでカメラを20分回してもオンエアできるのはせいぜい3分くらい。テレビはいくらいい話を聞けても、映像がないと使えないんですね。例えば“自主トレでこんなことをして”“ロッカールームでこんなやりとりがあって”という話が興味深くても、まさにその時の映像がなければお蔵入りになってしまいます。しかし、私はありがたいことにラジオ、Webコラムと別の形で発表する機会があるので、テレビで使えなかった話題に地取り取材で肉付けして、ラジオやコラムで使うことができる。仕入れたネタを無駄にしない。私はこれを情報のSDGsと呼んでいます(笑)」
――技術に関するかなり専門的な記述が随所に盛り込まれています。例えば藤嶋健人投手のフォームについての「体重移動が不十分な状態で軸となる右足を回すためストレートがカット気味に曲がっていた」など・・・。これはどうやって聞き出して文章化しているのでしょう?
若狭「これも先の話と同じで、理解できるまでとことん聞く。藤嶋選手の時は本人に身振り手振りまでしてもらいました。ここで活きるのは草野球とはいえ私自身がずっと野球をやっていること。ポジションがピッチャーなので、投球フォームについては興味があるし、自分なりに試すこともできる。しかも、テレビの『サンデードラゴンズ』の放送でご一緒する山田久志さん(阪急ブレーブス黄金期の大エース、中日ドラゴンズ元監督)、川上憲伸さん(ドラゴンズ黄金期のエース)、吉見一起さん(同じくドラゴンズの元エース)といったレジェンドの皆さんに文章に間違いがないか確認してもらえるんです。無茶苦茶ぜい沢なチェック機能です(笑)」
――スコアラーの取材を元にした章も興味深い内容でした。ドラゴンズは昨季、得点力不足に苦しみましたが、その原因が打球角度、打球速度、ストレート打率の低さにあると、データを元に詳細に分析していて、野球に対する興味が深まりました。
若狭「きっかけはスコアラーのスーさん(元ドラゴンズ投手の鈴木義広さん)との沖縄キャンプでの立ち話です。データの収集・分析が非常に緻密で、ひとつ質問すると十の答えが返ってくる。そのデータを選手が本当に活かしているのか?と聞くと、重視する選手とそうでない選手がいて、意外や天才肌に見える平田良介選手が一番熱心に聞きに来るというのも面白かった。もっと話を聞きたいと思って私が担当するラジオ番組『スポ音』にゲスト出演してもらい、さらに打ち合わせや放送後の話を元にして書き下ろしコラムにしました。選手やスタッフと接していて、どこに話題の金脈が転がっているか分かりません。きっかけは偶然でもたまたまでも不純でもいい。これはイケる!と思った時に仕事モードにシフトチェンジし、チャンスを逃さないことも大切です」
今日の勝ち負けにも優る立浪監督への感動、若手への期待感
――立浪和義新監督は若狭さんにとっては少年時代からの憧れの対象。立浪さんの解説者時代は共演することもあり距離が縮まったそうですが、監督就任後はまた遠い人になった、と書かれています。
若狭「遠いところへ行ってしまいましたが、勝負師の顔に戻ってくれたのがうれしい。今シーズンは試合の勝敗以上に立浪さんが監督をやってくれていることの感動の方が上回っていて、まるで甲子園の高校球児をアルプススタンドで応援する身内のようにどこかうわついて見ている、ちょっと変な感じでいます」
――本の中でも、その立浪監督が抜擢している若い選手に多くの部分が割かれています。
若狭「期待できる若手がたくさんいて、今、私たちはチームの創成期に立ち会えていると思うんです。彼らは今季たくさん失敗や悔しい思いをするでしょうが、この先の成長期、成熟期へと向かう大いなる前フリとしていつか回収して見事な果実を見せてくれるはず。だから今年はとても温かい気持ちで選手たちを見ています。試合に負けても、翌朝には悔しさが消えてまたワクワクした期待感の方が優っている。今の私の人生の最大の目標は、長生きして若い選手らの成長を見届けることなんです(笑)」
人生はファウルの連続。ファウルと思えば取り戻そうと前向きになれる
――『フェアか、ファウルか?』というタイトルにこめた思い、「ファウルは打ち直せる。人生に空振りはなく、失敗は全てファウルと捉えて、やり直せばいい」とつづったあとがきも感動的でした。
若狭「私自身、放送中“てにをは”を間違えた、こんな言い回しをすればよかった・・・と毎日ファウルの連続です。でも、それをファウルだと思えば取り戻そうと前向きになれます。私はプロ野球選手に憧れながら中学3年で挫折して、そんな私から見ればプロの選手たちは打ち損じなんてしない百発百中ヒットやホームランを打ってきた猛者ばかり。でもそんな風に見ていた彼らだって、壁にぶち当たったり怪我に苦しんだり、悔しい思いをたくさん経験してきた生身の人間なんです。だから取材ではファウルの部分をクローズアップすることで、ヒットやホームランを打った瞬間により輝いてもらいたい。放送を見てくれる人、本を読んでくれる人にもそれを伝えられたらと思っています」
―― この本をどんな人に読んでもらいたいと思っていますか?
若狭「最近ドラゴンズを好きになったライトなファン層に読んでもらいたい。一見、マニアックすぎると思われるかもしれませんが、選手の人柄や苦悩も描いているので、そこから選手やチームをより好きになってもらえるとうれしいです」
――本の帯には立浪監督がコメントを寄せてくれ、また巻末では落合英二コーチとの対談が掲載されています。おふたりの本に対する反応は?
若狭「立浪さんには『本をお送りしたいのですが球団事務所かご自宅かどちらがいいですか?』とお尋ねしたところ、『出版おめでとう。献本の件ありがとう。自宅へお願いします』とご返事があり、うれしかったですねぇ。自宅へ、というのはすぐに読むよ、というメッセージだと思うので。(落合)英二さんからは『読まないからいらない』とご返事がありました(苦笑)」
――それはもちろん冗談でしょうが、気心が知れているからこそのリアクションですね(笑)。ともあれ本が売れるためにもドラゴンズには頑張ってもらわないと!
若狭「はい。あわよくば増刷!・・・いや、私の本とは関係なく、純粋にドラゴンズには頑張ってほしいと心から願っております!」
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本のあとがきでは自らのことを「『ウソ、大げさ、紛らわしい』と指摘される軽薄なアナウンサーです」なんて書いている若狭アナですが、本の中身からも、インタビューからも、実直な取材姿勢で選手の内側に迫り、選手と野球の魅力を愛情をもって伝えようとする思いが伝わってきます。『フェアか、ファウルか?』はドラゴンズを深掘りした話題が充実するあまり、他球団のファンやライト層にはハードルが高いと思われるかもしれませんが、野球の奥深さにふれられ、プロ野球に興味があるすべての人が楽しめる内容になっています。ドラゴンズ、そしてプロ野球をより熱く観戦し、応援するための副読本として、ご一読をお勧めします!
(写真撮影/筆者 ※滝行の写真はCBCテレビ提供)